恋病5




―――――――side 翔



「……」

(眠れない…)


 学さんがせっかく体調管理に配慮してくれても、眠れないんじゃ意味がない。

 隣のベッドでは、純のいびきがけたたましく響き、余計に俺の眠りを妨げる始末。

 たまらずベッドから抜け出し、部屋を出た。


………





 廊下に出て、一階へ降りる階段へ向かう途中。誰かがその階段を上ってくるのに気づいた。



「……?」


 人影は2人。


(…妙に密着してるな)


 俺はただ、廊下に佇んで見ていたんだが…



「!」


 その密着した人影は、俺の存在に気づくこともなく、一舞の部屋へスルリと入って行った。

 訳が分からない俺は、一舞の部屋の前まで行き。そのドアの前で息を潜めた。




 立ち聞きなんてカッコ悪いが、正直凄く気になるんだ。

 部屋の中からは、一舞の涼やかな声と、居ないはずの透瑠の声…。

 何を話しているのかまでは聞き取れないが、その声はすぐに止んで静かになった。





……………



………








 すこしの間、聞き耳を立てていた俺だったが、自分がなんだか情けなく思えて、静かにドアの側を離れた。



 階段を一段一段降りながら、どうしようもなく苦しくなった。



 俺が間違ってるのはわかってる。一舞に酷い事を言った。傷つけた自覚もある。


(あれは完全に俺の……)


 俺はどうすればいい…?

 一舞はまだ15歳だ。俺と深く関わるには、幼すぎるようにも思える。

 だったらこのまま蟠ったままで、関係を切ってしまった方がアイツのためかもしれない。

 俺の気持ちなんか、闇に葬ったほうが…その方が、傷は浅く済む。

 無垢なまま、幸せな恋愛を知った方がいいに決まってる。

 だけど…




       キィ…





   ………パタン…





「………」


 階段を降りる途中、立ち止まったままの俺の耳に聞こえたドアの音。

 ゆっくり振り返ると、手すりに手を掛けて俺を、ニコニコと見つめている透瑠がいた。



「…来てたのか」

透瑠
「うん……お姫様と、孤独嫌いの王子が心配でね」


「…………出るか」


 透瑠に促して、外に出た。



……………



………







 ザザー…ン……








   ザザー…ン……








 別荘を出て海辺まで降りた。

 特に何を話すわけでもなく真っ暗な海を眺める。


 今隣に立っている透瑠は、特に変わった様子は無いように見えるが、実際はどうなのか、思った瞬間声になった。



「…体は?」

透瑠
「…大丈夫だよ」


 いつも通り裏を見せない微笑みで、透瑠は答える。


 聞いたところで正直に答える筈もないのに、そんなことは分かり切っていたのに、つい聞いてしまった自分が信じられない。

 それに、本当に聞きたいことはコレじゃないんだ…今度は本当の事を言えよ。



「…つーか一舞の部屋で何してたんだ?」


 痺れを切らしたような俺の声に、透瑠はニヤリと微笑んだ。


透瑠
「…やっぱ気になるんだ?」


「真夜中に2人で部屋に入って行ったんだ…普通に気になる」

透瑠
「入って行くところから見てたの?実は立ち聞きとかしてたんじゃないの?」


「……」


 わぁ!というジェスチャーを交えながら、フザケタ調子で俺をからかっている。


(そんな使い古した遊びになんか乗ってたまるか)


 ふざける透瑠に対して、怒るでも慌てるでもない俺を見て観念したように、素に戻る。

 滅多に表に出さないコイツの素顔。見るのは久しぶりだ。

 ただ、いつでもふざけてやろうという魂胆は見え見えだから油断できない。


透瑠
「何してたのか知りたい?」


「は?知りたい?じゃなくて話せっつってんだよ」

透瑠
「妬くなよ」


「妬いてねー」

透瑠
「ふっ…ごめん冗談。何も無いよ。てか今の俺にそんな体力無いから」


「…お前」

透瑠
「…ほんの一瞬、お姫様抱っこするだけで精一杯だったよ」


「……」

透瑠
「彼女があんまり元気無いから飛んできたら…テラスで倒れそうになってたから、部屋まで連れて行ってあげただけ」


「……」

透瑠
「ずっと眠れないでいたみたいだよ。だから眠るまで居てあげたんだけど……翔が原因なんだろ?」


「まぁ…何が原因かと考えれば俺しか無いけどな…」

(だけど…そこまで悩ませていたなんて…)


透瑠
「…ずいぶん彼女と近くなったみたいだね?変化に気づかなくなるなんて典型的」


「…そうかもな」

透瑠
「…ちゃんと謝りなよ」


「………」

透瑠
「…わかってると思うけどこういう場合、俺は女の子の味方だからね」


「わかってる…悪いのは俺だ」

透瑠
「…それは認めるんだ?」


「……」

透瑠
「……あの子、良い子だよね」


「…そうだな」

透瑠
「…ちゃんと仲直りしないと」


「……」

透瑠
「迷うだけ時間の無駄だ」


「……」

透瑠
「俺なら後悔しない選択肢を選ぶよ。人生は短いんだから」


「…お前のその台詞は重過ぎる」

透瑠
「軽くしようと思うのが浅はかなんだって、バカだな翔は」


「……」

透瑠
「……」


「……」

透瑠
「…さて、透瑠くんは帰ろうかな」


「…大丈夫なのか?」

透瑠
「大丈夫、タクシー使うから」


「げっ!家までいくらかかるんだよ?」

透瑠
「さぁ〜?」



 その言葉を最後に、待たせていたタクシーに乗って、透瑠は本当に帰ってしまった。





(…俺……ちゃんとしないとな…)




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