恋病3




――――――――――side 涼


 一舞が地下スタジオを出ていってから数分。

 メインヴォーカルが居ないまま、練習を続けていた。


 メイン曲が出来ない分、他パートの曲を重点的にやってはいるが、今歌っている蓮の声には覇気が感じられない。


 俺たちBabies'-breathは、メンバー各自がヴォーカル曲を持っているから、一舞一人が抜けたとしても活動に支障は無い。が、メンタルは落ちる…。

 俺たちにとって、一舞はもはや掛け替えのない存在なのだ。

 出て行った時の様子が気になって練習に集中できないとか言ってる場合じゃないのは百も承知だが、蓮の気持ちはよくわかる。




「…ダメだな」


「…休憩にすっか」


「さんせーい。一舞が居ないと楽しくない」


「だな。俺、香澄に電話してくる」


「長電話すんなよ」


「わかってるよ」


 蓮のヴォーカル曲を演奏し終わって、納得のいく出来ではなかったが仕方なく休憩をとる。

 こういう時は気分転換も必要だ。





「はい、まいど〜」



 会話もなく床に転がって休憩しようとしていた俺たちのもとに、突然、純さんがやってきた。



「…あれ?どしたんすか?」


「学さんから差し入れや」


 そう言ってガサガサという音とともに、持っていたコンビニ袋からお茶を取り出す。



「あざっす」


「一舞はまだ戻ってないんやな?」


「会いましたか」


「おー、会うたで。なんや覇気のない顔しよったけど、なんかあったんか?」


「それがわっかんねーんすよ」


「とにかく落ち込んでいるということしか…」


「ふうん…どないしたんやろな?いっつも元気なんが一番の取り柄やのに」


「そうなんすよ…」


 防音の効いた室内に俺たちのため息がシンクロする。そんな俺らを見て、純さんはふっと笑った。



「ふっ…もしかしてアレちゃう?」


「…なんですか」


「恋の病?」


「!」


「わっ!?涼きたねー!!」


 俺は思わず、口に含んだばかりの茶を噴き出した。

 今、恋の病とか言ったか?…一舞が?…ついこの前まで恋愛感情がわからないと言っていた一舞が?



「そんな驚くようなことちゃうやん。一舞かて立派な女子やで」


「そうっすけど…」


「あり得ない話じゃない」


「せやんなぁ?」


「でも相手は?」


「…何故俺を見る?」


「だって告ったんでしょ?」


「!」


「洋!」


「え、なんかマズイ事言った?」


「なんや告ったんか」


「……」


「でもその顔やったら玉砕したんやな。かわいそうに」


「かわいそうじゃありません」


「……」


「ほんなら誰やと予想しますかー?」


「……」


「ま、涼では無いわな」


「…それより、こんなところで油売ってて良いんですか」


「ええねん。ちょぉ学さん、面倒なってん」


「煮詰まってんすね」


「ええから予想しなさい」


「蓮じゃないなら翔さんかなぁ」


「お、ええとこ突くやん」


「……」


「無くは無いけど…純さんはどう思ってんすか?」


「俺の予想はなぁ…」


「てか純さんは一舞に興味ないの?」


「俺は熟女が好きなんや」


「あ、あー…」


「一舞かて俺みたいなん興味持たんやろ」


「俺も、無いと思う」


「俺も」


「は、なんやそれお前ら…俺や思て」


「だって熟女好きなんでしょ?」


「うん」


「ならば、そんな雰囲気にはなりえない」


「…俺、こう見えてもハートが弱いねん、気づいてる?」


「いや、モサモサだと思ってました」


「…まぁええわ、そんなんは置いといてやな」


「てか純さんってなんで彼女作んないんすか?」


「……今はそんなんどうでもええねん言うてるやろ」


「……すいません」


「…一舞、どこに居るかわかりますか?」


「あー…どうやろ…そんな遠くには行ってへんと思うねんけど」


「俺、探してきます」


「……」



 一舞の身に起きている変化。

 俺の前では一度も見せたことが無かった弱さを、こんなにも簡単に見せられるほど、それは深刻なのかもしれない。

 純さんの憶測が当たっているなら、見つけ出して、話くらい聞いてやらなきゃならない。

 蓮には悪いが、これは俺の仕事だから。


 勢いよく地下スタジオを飛び出し、俺は、一舞を探しに走った。























 探すと言っても、いったいどこに行けば見つかるんだろう。

 うっかりしていたが、俺は一舞の行動パターンが読めていないらしい。



「……」


 とりあえず外には出たが、まさか敷地を出たわけじゃないよな?

 高台から見える海岸にその姿が確認できず、少し不安になる。



「おい」


「あ、なんだ、お前も出てきたのか」


「気になるからな」


「一舞の好きな奴が誰なのか?」


「…純さんの言っていることが当たりなら」


「なんや俺が嘘言うたみたいなっとるやんけ」


「!」


「でも予想ですよね?」


「まぁそうやな。けど、JKの悩み言うたら恋愛くらいしか浮かばへんもん」


「……安易な」


「あ?なんやて?」


「俺たちを煽って楽しんでるのかと思いました」


「…俺はそんなに捻くれてないで。お前もう少し素直なれよ」


「……」


「とにかく。俺はこのまま一舞を探すから」


「俺も」


「お前はいいよ」


「どちらかといえばお前には関係のない話だろう」


「関係あるんですー。一舞との約束なんだよ」


「…こんな時に元彼アピールをするとは」


「アピールなんかしてねーだろ」


「はいはいもー、喧嘩すな」

一舞
「なにしてんの?」

涼&蓮&純
「!!!!!」

一舞
「練習終わり?」


「……いや」


「……」


「…お前が遅いから、探しにきたんだ」

一舞
「あ、そっか。ごめんね」


「……」


「…ほんなら俺は戻るわ」


「…あ、差し入れありがとうございました」


「かまへんよ」


「……」

一舞
「純くんばいばい」


「おー。あ、そういえば。翔の奴も覇気がないねんけどー、誰か喝入れたってくれへんかなぁ。学さんが機嫌悪なってめんどいねん。ほななー」


「……」


「……」

一舞
「……」


 まるで申し合わせたかのように、一舞どころか翔くんまでこうなのか。

(それじゃ純さんが言ってたまんまじゃんか…)



「……一舞」

一舞
「……ごめん、もう少し休みたい」


 蓮の気遣う声も避けるようにして、一舞は別荘の中に走って行った。


「……」


「……どうするよ?」


「……どうすればいいんだろうな」


 結局何も聞き出せないし、慰めることもできない俺たちは、その後の練習を再開できないまま、地下に籠ってウダウダ時を過ごすしかできなかった。






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