進化8




 涼ちゃんと並んで地下スタジオを出て、階段を上がり、リビングへ辿り着くと、蓮ちゃんがソファーに座っているのが見えた。



「…何故その2ショットなんだ?」


 2人揃って上がってきたあたしと涼ちゃんを見て蓮ちゃんがそう言うと、涼ちゃんは…



「色々とね…別れたなりのお話があるのよ蓮くん」


 そう言って蓮ちゃんの向かい側に座った。



「…ふっ、意味不明だな」



 蓮ちゃんも何も無かったみたいに笑っている。その笑顔を見て、またちょっとだけ不安になった。


 あたしの答えは間違っていないだろうか。蓮ちゃんを大切だと思ってる気持ちは、ちゃんと伝わっているだろうか。

 さっきあれだけフォローしてもらったのに、あたしの心は不安定だ。


一舞
「……?」


 その時、蓮ちゃんがあたしの目を見て微笑んでくれた。

 その目が、大丈夫だ…って言ってくれているように見えた。


一舞
「………」

(…ごめんね蓮ちゃん…ありがとう)


 心の中でそう思いながらあたしも微笑み返すと、なんだかすごく、ホッとした気持ちになった。



 ソファーの2人が談笑する姿を眺めながら、何気なく時計を見ると、そろそろ食事の支度しないといけない時間…。

 あたしはエプロンを取りに行くため、1人で二階に上がった。





……………






………












 自分の部屋に入って、さて何を作ろうか…って考えようとする。

 だけど…


一舞
「…ん〜」



 どうしても、ストレートにご飯のことだけを考えられない自分に気づいた。




『…翔さんのことが好きなのか?』


『…翔くんはハードル高いよな』






 なんだって揃いも揃って翔の事ばっかり引き合いに出されるのか不思議でならなかったけど。献立を考えながら、翔は確か和食が好きなんだよな〜…とか。一緒に食べたオムライス、真似して作ってみようかな〜…とか。

 あたしが一番、翔を基準にしてしまっているんだよね…。


一舞
「………?」

(…何だろコレ?)

(はぁ…なんか自分が気持ち悪いな…)


 おかげでなんだかモヤモヤしながら、エプロンを手に部屋を出た。



























一舞
「……ん」

(あれ?…)



 数日後、暗闇の中で目が覚めた。


一舞
「…ん〜」

(いつの間に寝ちゃったんだろ…?)


 涼ちゃんが元気を取り戻し、蓮ちゃんとの関係もスッキリしたあの日から、あたし達の曲作りは順調だ。おかげでバンドの方向性も見えて、音出したり、ワイワイ騒いで、楽しく作業が出来ている。

 今日もそんな感じで、ワイワイと相談しながら、騒ぎながら。これぞ合宿って雰囲気で、夕食後もみんなで居たはずなんだけど…気がつくとあたしは、自分の部屋のベッドの上で目を覚ましたわけで…。


一舞
「?」


 どうにかここまでの経緯を思い出そうとするのだけれど、全然記憶が無いのだ。

 服もそのままだし、きっと居眠りでもしてしまって、誰かがここまで運んでくれたんだろうけど…


(あたしみたいなデカい女。しかも二階の部屋まで、誰が運んでくれたのかな…)



一舞
「…???」


 記憶が無い以上、考えても答えが出るわけもなく。

 あたしはベッドを出て、シャワーを浴びるために一階へ降りた。



……………



………








 時刻は真夜中。

 静かな室内を、物音をたてないように移動する。


 階下に降りると、リビングからテラスに続く大きな窓から月明かりが差し込んで、真夜中なのにやけに明るい。

 おかげで、障害物が分かりやすくて都合がいい。

 とにかくあたしは、少し汗ばむ体が不快に感じて、そそくさと浴室に向かった。





 …数分後。

 シャワーを終えて浴室を出ると、リビングのソファーの辺りに人影があることに気づいた。

 先ほど通った時は気にも留めていなかったから、発見してしまった光景に少々驚きも交えつつ、その人影に近づいてみる。

 月明かりで逆光になっているから、遠目じゃ誰なのかわからないのだけど、静かに近寄ってみると、月光を反射させる美しい髪が目に留まる。


一舞
「!!」


 数メートルの距離まで近づいたところでハッとした。



 すー……すー……と寝息をたててそこに居たのは…


一舞
「………翔…?」


 考えもせず、あたしの口から声が漏れた。

 月明かりに照らされた翔の寝顔…気持ちよさそうに眠っている。…だけど、久しぶりに見たその顔は、暗がりのせいなのか少しやつれて見える。

 キラキラしていたはずの髪も、少しパサついているような、艶が足りないような…なんだか儚げで、本物かどうかさえ怪しく思えてくる程だ。


一舞
「………」


 無意識にそっと伸ばした手。指先に触れた翔の頬は、ほんのり温かくてスベスベしている…。

 ここに来た初日、あの悲しげな表情で、あたしの手のひらに押し当てられた頬。



一舞
「…〜っ!」

(まただ…!)


 あの時みたいにギュウッ…っと、あたしの胸は、締め付けられた。






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