進化3




 別荘での合宿に入ってから一週間が経過した。

 今日も朝からテラスの窓を全開にして、海からの心地良く柔らかい風を感じながらの作業。だけど…透瑠くんの事でなかなかテンションが上がらないあたしたちの曲作りは難航していた。


 翔や学ちゃんなどの大人チームは、離れにある別のスタジオに籠もりっきり。だから、ここに来た初日あの悲しげな翔を見て以来会っていない。


(まぁ最終的には爆笑してたけど…)


 悲しくても必死に何かを生み出そうとしているんだろうけど、ちょっとだけ心配だ。

 ご飯いつ食べてるんだろう…とか、ちゃんと寝てるのかな…とか。

 まるで何かみたいな思考だ。


一舞
「………」

(あたしまで悲観的になっちゃダメ…)


 気分を変えよう。そう思って…キッチンスペースの棚にあるカップを手に取った。


一舞
「コーヒー煎れるけど飲みたい人いる?」



 みんなの方に振り向いて声をかけてみるけど…










     「…」








 誰も答えてさえくれない。



一舞
「………」



 このモヤモヤした空気の一番の元凶は涼ちゃんだ。

 涼ちゃんが負のオーラを出すと、他のメンバーにも伝染するらしく。陽気なキャラで売ってる洋ちゃんさえも素の暗さが出ちゃうという有様。


(…はぁ困ったな)



 あたしは居た堪れなくなって、カップを戻して外に出た。







……………






………














  ザザー…ン……









  ザザー…ン……










 波の音に、ほんの少しだけ救われる。





      パシャ…





 波打ち際で少しだけ、海水の温度を確かめるように足を浸した。


一舞
「…泳いじゃおうかなぁ……」

(…寂しいな)




 足元から伝わる水の温度を心地よく感じながら、それでも振り払えない寂しさに、とても悲しくなっていると、突然ポケットの中のケータイが鳴った。


(?)


 海に落としてしまわないように、慎重にポケットから取り出し、開いてみると…





―――――――――――

おっつかれ〜(^O^)/
透瑠くんだよん♪

合宿はどぅ?曲作り進んでる?
俺はそろそろ仕上がりそうだよ★
みんなと別なことやってんのわやっぱり寂しいけど…お互い頑張らないとね!

一舞ちゃん
元気出してね〜♪

―――――――――――





一舞
「………」

(しょぼくれてんのがバレちゃってるよ)


 さすが透瑠くん…遠くに居ても、みんなの事が見えてるみたいだ。



一舞
「!…そうだ」


 急に、思いついてしまった。

 …涼ちゃんは、あたしが透瑠くんとメールしてる事知ったらどう思うだろう?しかも、こんな透瑠くんのメールを見たらどう思うだろう?



 きっと、落ち込んでなんかいられないって、そう思うはずだ。


 あたしは勢いよく水辺から上がり、みんなの元へ走った。





……………






………














 砂だらけになった足を洗って別荘に戻ると、さっきと同じ空気のまま、まるで置物のようにそのままの形で、4人がそこに居る。

 相変わらずそこだけ空気が重いのはこの際仕方がない。でも、これ以上このままで良いわけがないのだから。


 あたしは意を決して、涼ちゃんの前に立った。


一舞
「…涼ちゃん」


「……?」


 あたしは涼ちゃんの前に立つと、すぐにケータイのディスプレイを開いて見せた。



「……………何コレ…」


 涼ちゃんは、意味が分からないという表情でそれを見た。


一舞
「透瑠くんからのメールだよ」


「……なんで一舞が…兄貴と?」

一舞
「透瑠くんが寂しくないようにって…最初はそのつもりだったんだけど…」


「…」

一舞
「透瑠くんが…こうやって時々送ってくれるんだ。元気出して…って」


「…」

一舞
「涼ちゃん…意味わかる?」


「…兄貴が一舞を?」

一舞
「違うよ…そんなんじゃない」


「…」

一舞
「そうじゃなくて、あたしを通して涼ちゃんを心配してるんだよ…」


「……」


 そう。そうじゃなきゃおかしい。

 きっと透瑠くんには、今の涼ちゃんの姿が手に取るようにわかるのだろう。でもたぶん、直接言葉を交わすには、2人の間にある蟠りが邪魔をするのだと思う。

 透瑠くんは平気でも、涼ちゃんが素直に受け取らないと、あたしでさえ思うのだから…。


一舞
「…涼ちゃんが返信して」


「……俺が?」

一舞
「早く…」


「…いや…でも」

一舞
「……」


「………」

一舞
「……はぁ」


「……いや、俺は」

一舞
「うっさい!ウダウダ言ってないでちゃんと兄貴に応えなよ!」


「!!」


 若干苛立って荒げたあたしの声に、涼ちゃんは一瞬驚いた顔をした。

 だけど次の瞬間、あたしの手からケータイを受け取った。






 …なんて返信するのかなんてあたしにはわからない。

 ただ、涼ちゃんの負の感情を正常に戻せるのは…



 翔じゃなければ、透瑠くんしかいないと思ったんだ…。





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