悲観1



      ブルッ…


一舞
「ぅ…寒っ!」


 ちょっとした肌寒さを感じて目が覚めた。

 ボーっとする頭をなんとか持ち上げて、辺りを見回す。


一舞
「………………あ」

(あたしまた、翔の家に泊まっちゃったんだ…)

(…とにかくタオル借りて顔洗おう。そんで家に戻って、シャワー浴びて、合宿の荷物作らなきゃ)


 うっかり眠ってしまったことを後悔しながら、ぼんやりする脳をなんとか働かせる。そして立ち上がろうとして、体を勢いよく起こそうとした。


      グイッ!!


一舞
「へっ!?うわっ!?」


 起こそうとした体を何故か引き戻されて狼狽える。


        ドサッ


 そして勢いよく、再びソファーに腰を落とすと、その原因が判明した。


一舞
「きゃっ!!?」



 目の前に翔の顔。思わず飛び出した悲鳴のような声が、室内に反響している。

 しかし……



一舞
「……」


「……z」


 翔は寝ている。


一舞
「…もう…びっくりした」


 おかげで顔は火が出そうに熱いし、両手は、寝ている翔がガッチリ握ったまま。

 …起こしたいけど…起こせない。






       ガチャ…




 そのとき突然、リビングの扉が静かに開く音がした。


一舞
「?」

透瑠
「…あれ?一舞ちゃんだぁ」





 まるで自分の家のように入ってきたのは、透瑠くんだった。


一舞
「あ、と…透瑠くんおはよ」

透瑠
「おはよ〜。なんか困ってる系かな?」

一舞
「…あ〜、えへ」

透瑠
「まったく…翔は…」


 そう言いながら、あたしの手を掴んでいる翔の指を、一本一本剥がしてくれた。


透瑠
「はい、いいよん」

一舞
「ありがとう…」

(あれ?なんか変だな…)


 リビングに入ってきた瞬間の、あたしに気づくまでの透瑠くんの表情…それに今も。なんだか様子が変な気がする。



透瑠
「…珈琲飲んでもいい?」


 そんなあたしの不思議顔も気にもとめず、珈琲を飲むと言って彼はキッチンに向かって行く。


一舞
「あ、…それなら淹れてあげる」

透瑠
「…ホント?やった」

一舞
「………」


 あたしの声に振り返った表情が一瞬、やっぱりいつもと違った。

 笑顔を作ってはいるけど……今見てる透瑠くんがいつもと違って見えて、なんだか心配になった。








 眠っている翔を起こさないようにそっとソファーを離れ、透瑠くんに珈琲を淹れる。

 翔の寝息を聞きながら、透瑠くんと2人でダイニングテーブルの椅子に座って珈琲を飲む。その間中、彼の様子が気になってつい…無口な透瑠くんを見てしまうんだけれど、それに気づかれて目が合うと、フッと微笑んでくれるのが何故だか痛々しい。



透瑠
「…ゆうべは大変だったね」


 品のある微笑みでそう言ってくる透瑠くんは、確かに綺麗で童話の中の王子様みたいなんだけど…いつも通りのその笑顔が逆に不自然で、リアクションに迷う。

 するとその細い手が、あたしの左頬を撫でた。





透瑠
「痛そう…」

一舞
「…?」

(…やっぱり、いつもの透瑠くんじゃない気がする)


一舞
「…透瑠くん」

透瑠
「ん?」

一舞
「…なんか元気ないね」

透瑠
「……そう?」

一舞
「…うん」

(笑顔だけだよ、完璧なのは…)


一舞
「…何かあった?」


 せっかくの完璧な笑顔に、あたしが不安顔で返すから。透瑠くんは観念したように薄く笑いながら答えてくれた。


透瑠
「……あのね」

一舞
「…うん」

透瑠
「透瑠くんね…バンド抜けるんだ」

一舞
「……え」

透瑠
「…やめて、本格的にピアノに専念することになったんだ」

一舞
「……え…じゃあ」

透瑠
「……」


 思ってもいなかった答えに愕然とする。元気が無い原因が、バンドを抜けることだったなんて、正直言ってショックだ。


一舞
「そんな…透瑠くんのキーボードが無いと…」

透瑠
「仕方ないんだよ。それが元々の俺の役目なんだから」

一舞
「…………」

透瑠
「そうじゃないと…涼が可哀想だから」


 そう言って微笑む顔はやっぱりいつも通りで…でもなんだか今日は、悲しく見える。


一舞
「…透瑠くん」

透瑠
「そんな顔しないでよ、抱きしめたくなるでしょ」

一舞
「…冗談言ってる場合じゃないよ」

透瑠
「言ってる場合だよ。てか本気だけど」

一舞
「…あのねぇ」

透瑠
「だって、俺のためにそんな悲しい顔してくれるんだもん」

一舞
「…だって…………」

(悲しいもん…)






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