宴席1 ―[藍原邸]――――――――――side 一舞 午後6時30分。 藍原邸のリビングに、メンバーがほぼ揃って食事会が始まった。 まだ来ていないのは由紀ちゃんと蓮ちゃんの2人だけ。 (どうしたんだろう、何かあったのかな…?) 香澄 「ユッキー遅いねぇ…」 香澄も心配そうに、リビングの扉を見つめて呟いた。 みんなが席についたあたりで、学ちゃんが勢い良く立ち上がった。 学 「よしお前ら、食いながらでいいから聞け」 (あれ…?雰囲気がいつもと違うかも…) そう思って、恐る恐る挙手。 一舞 「が…じゃなくてオーナー」 学 「なんだ一舞」 一舞 「…まだ全員揃ってません」 学 「時間が無い。遅れた奴にはお前が話せ」 一舞 「……はい」 (うわ、やっぱり《仕事モード》だ) 《仕事モード》とは、数ある学ちゃんのモードチェンジのひとつ。頭も口調も固い俺様タイプに変身してしまう厄介なスタイルだ。 こうなってしまったら何を言っても通じない。こんな宴席で問題を起こしたくないので、ここはあたしが折れるしかないのだ。 渋々手を下したあたしを確認して、澄ました顔で話し始める。 学 「今日は休日返上で作業にあたってくれて感謝する。お前達も承知の通り、このバンド部は、単純にお遊びのバンドを組んで楽しむためにあるわけじゃない。他にバイトをしなくても良いように給料も出るのは、部活の領域を超えて、社会に出るための準備が出来るよう、俺と、理事長との間で話し合った末の配慮があるからだ。…それを踏まえて聞いてもらいたい」 一呼吸置いて、みんなの顔を見回して、さらに学ちゃんは続けた。 学 「これまで店の看板としてステージに立ってきた俺達《APHRODISIAC(アフロディズィーク)》だが、今夜のライブが最後になる」 一舞 「!!」 (えっ!?…なんで?) 学ちゃんのその言葉に辺りはざわつき、空気は不安の色に染まった。 (…翔がもう歌わなくなるってことなのかな…?そうだとしたらそれは凄く悲しい) 確かにこれまでのライブを思い返せば、翔達がステージに立たなくなることは経営面での潤いは見込めない。 部員一人一人にお給料を出している以上《仕事モード》での演説にもなるだろう。 (個人的には、あの歌声が聴けなくなるのが何より寂しいんだけど…) あたしまで若干落ち込みかけていると、再び学ちゃんの声が響いた。 学 「まだ話は終わってない!黙って聞け!」 室内に響いた怒鳴り声。ざわめきはピタリと止み、代わりに…静かに話を続行する学ちゃんの声が響いた。 学 「俺達は、かねてから話をもらっていたレーベルと契約し、デビューする事が決まった。来週からは曲作りのための合宿。その後はCD制作のためのレコーディング。そしてレーベル側との絡みでメンバー各自の都合を考慮しながらプロモーション活動をすることになる。だから店に出ることは出来なくなる」 一舞 「……」 (…そっか…そういう事情だったんだ) あまりに突然の話に驚いた。そして学ちゃんがずっと思い描いていた夢が実現したことに嬉しくなった。 嬉しくてドキドキしながら、翔の方に視線を移すと目が合った。 あたしが口パクで『おめでとう』と言うと、翔は少し困ったような顔で微笑みながら右手を上げた。 一舞 「…?」 (…嬉しくないのかな?) リビング内は、学ちゃんの突然の発表に再びザワザワとざわめいて、みんな食事どころでは無い。 学 「時間が無いから手短に話すけどな…」 …オーナー演説は続く。 学 「お前らには少し覚悟しておいて欲しいんだが…。まず俺が留守の間、店の経営は弥生に任せる。言っておくが、弥生は経営のこと以外何もわからない。だからライブやイベントを仕切れるのはお前らだけだと思え」 (そうか…学ちゃんも純くんも翔もみんな店から居なくなったら、ライブだけじゃない、色んな事が今までと変わっちゃうんだ…) 学 「それと、…そろそろバンド部としても代替わりを考える時期のはずだよな?つーわけで、現3年生部員は今後、裏方の作業から手を引いてもらう。3年生側から指示を出すことも控えろ。後輩を育てる良い機会だ。我慢して見守れ」 学ちゃんの真剣な表情にみんな黙って聞いていた。 Novel☆top← 書斎← Home← |