進展9




――[CLUB.J.S]――――――――――――side 由紀


 時刻は午後6時を回った。

 お店の方の準備も整い、翔さんのお宅に向かうため店を出る。


??
「おい!」

由紀
「きゃぁっ!!?」



 不意に呼び止められて、自分でも驚く程の大きな悲鳴を上げてしまった。

 …というか。わたしの腕が突然、強い力で掴まれたのだから、これは驚いても仕方ないんじゃないかと納得してしまうほど急だった。


 しかし、このまま腕を掴まれたままでいるわけにもいかない。

 わたしは意を決して、自分の腕を掴んだその手から、恐る恐るその主を探るように目線を移動さた。






由紀
「あ…先輩…」



 目線の先には蓮先輩がいて、少しだけホッとする。




「…変質者扱いをされるのは初めてだ」


(!!)


由紀
「そっ!そんなつもりじゃ…!!」

(急で驚いただけなのに…)



「そんなことより貴様…1人で移動する気か」

由紀
「えっ…?と、あの…」



 ギロリと睨まれて返事に詰まる。だけど、次に先輩の口から出た言葉は、わたしにとってとても意外なものだった。




「お前……店に来る時もそうだが…あまり単独で動くのはやめろ。お前に何かあったら一舞に殺される」

由紀
「……」


「…なんだ。つーかわかったのか?」

由紀
「あっ!はっはい!…すみません」



 わたしの言葉に納得してくれたのか、先輩はわたしの腕から手を離し、ゆっくりと前を歩き始めた。



由紀
「………」



 心配してくれたわけじゃないのはわかっているけれど、なんだか今日の先輩は何時になく優しく思えて、なんだかとても嬉しいのです。

 …先輩が、たとえ誰を好きでも。こんな風に先輩の背中を見ながら歩ける今の自分が、とても幸せに感じるのです。



 心の中で、けして言えない言葉を繰り返しながら、置いて行かれないように着いて行く。




「…今日は悪かったな」

由紀
「…え?」



 突然の先輩の言葉に、何が《悪かった》なのかわからなくてうまく返事ができない…。




「いきなりあんな事を任されたんじゃキツかっただろう。…なぜ学さんが、お前にあの仕事を任せたのかは知らないが…実際、今日の俺はそこまで気がまわらなかったからな…」

由紀
「……」

(先輩…なんだか落ち込んでる?)


由紀
「…いえ…先輩が助けてくれて嬉しかったです。…わたし、オーナーから電話をもらった時は本当に…不安だったので…」


「………よく1人であそこまで出来たな…驚いた…」

由紀
「ひゃっ!?」



 突然大きな手で頭に触れられて、おかしな声が出てしまった。




「一舞が言う通り…頑張る奴なんだなお前は…」



 そう言って先輩は、わたしの頭にぎこちなく手を触れながら、優しく微笑んでくれている。

 まさかこんな先輩を見られる日が来るとは夢にも思わなかった。


 嬉しくて…胸の中がとっても温かくて。その笑顔に見入ってしまった。

 そんなわたしを、わかっているのかいないのか。先輩の手はわたしの頭を離れ、目の前に差し出される。



由紀
「………えっと」


「手を出せ」

由紀
「あ!はい!」

(!!!)



 先輩に言われるまま差し出したわたしの右手は、とても強い力で握られた。



(なっ!?なっ!!?)


 あまりの事に驚いて、声も出せずに口をパクパクとしてしまっている自分がわかる。



「…キョドるな」

由紀
「だっ!だっ…!」

(だって先輩!)


 とんでもなく取り乱しているのはわかっていても、これはどうしようもないのです先輩。

 言葉も話せないわたしを見ながら先輩は軽くため息を吐いた。



「まぁいい。今から言うことは、二度と聞けないと思ってしっかり耳にいれておけ。いいな?」

由紀
「…っ…っ」


 言葉にならないので必死に頷くと、先輩は意を決した顔で口を開いた。





「お前が入部したての頃は、怒鳴ったりして悪かった。…俺はああいう状況でも、優しさなんてものを出せない性格だから、酷く恐ろしかったかもしれない」

由紀
「………」

(先輩…?)



「だが俺は、俺の中で認めた人間には気を遣う事ができる。頑張れば優しさも出せるかもしれない。そして今日、俺は…正直に言うが、お前を凄いと思った。だから、お前を仲間として認める」

由紀
「………?」

(…え?)



「仲間と認めたからには、俺が責任を持って一人前に育ててやる。俺も精一杯努力はするから、ついてきてくれ。…これから、宜しく頼む」

由紀
「……は、はい!」

(…信じられない。先輩が認めてくれた。わたし…頑張って良かった!)



 あまりの嬉しさに、泣きそうになるのをなんとか堪えて、再び歩き出した先輩の後ろを着いて行く。そして何気なく、歩く速度を合わせてくれているのがわかって、また泣きそうになる。





「…それでだが、由紀」

由紀
「へっ!?」


「これからそう呼ぶから、ビビるな」

由紀
「うっ、はい!」


「ふっ……今日の食事会で、オーナーから重大な発表があると聞いたんだが、お前知ってるか?」

由紀
「え?いえ…知らないです」


「オーナーは、何も言っていなかったのか…」

由紀
「…はい」


「そうか…なんだか水面下で色々動いてるらしいと涼も言っていたからな…気になるが仕方ない…」

由紀
「そ…ですね」



 話題はともかく、穏やかな声色でたくさん話してくれる。そして一舞ちゃんにそうするように、わたしの名前も呼んでくれる。

 それがどうしようもなく嬉しくて、泣くのを堪えるのが
大変…。



 いつか、わたしから先輩に、こんな風に話題を持ちかけられる日が来るといいのに…。


 はい…とかいいえ位しか言えない自分が、もどかしかった。





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