願い もうすぐ三度目の夏休みが来る。 教室の窓際にある自分の席で、初夏の風を感じながら、涼に出会ってからの事を考えていた。 入学してから色々あった。特に1年の夏休みまでは…。 結局、恋人ひとり出来ないまま。恋愛に逃げ腰になったまま。涼とも友達のまま。 月日は流れ、もう高校最後の年。 …あの時、裸のまま泣いていたら涼が来てくれた。 今考えると物凄く恥ずかしいけど、あの事件からしばらくの間…涼は私を守ってくれてた。 1人で眠れない日は、眠れるまでただ側にいてくれた。 (涼のおかげで私、立ち直れたんだよ…) その涼は今、せっかく取り戻した元カノとの時間を…ちょっとしたすれ違いで、再び無くしてしまった。 涼が私を守ってくれたみたいに、私も涼の力になりたかったけど、何も出来なくて…。 美樹 「………」 (蓮…うまく話してくれたかな…) 蓮の顔を見るとあの最悪な思い出が蘇るから、いつも強めに話すしかできなかったけど。 涼にとって蓮はきっと、仲間以上に意志を通わせられる相手なんだと思うから…蓮にしか頼めないって思った。 許すとか許さないとかじゃなく、ただ涼のため…。だからまた涼と、どんな形でも前みたいに一緒にいられたら…。 ガタン… (!) 涼 「……おっす」 美樹 「………………おはよ」 困ったような笑顔で、親指で教室の外を指差しながら涼は言った。 涼 「ちょっと…いいか?」 美樹 「…うん」 私の返事を聞いて無言で立ち上がり、教室を出て行く涼について行く。そして私たちは屋上に向かった。 屋上に出た私と涼は少しの間 無言で、柔らかく吹く風を感じながら、フェンスの前に並んで立っていた。 涼 「……ごめんな」 美樹 「…え?」 「本当にごめん!」 美樹 「!?」 急に涼が、大声で謝罪しながら深々と頭を下げたから、物凄く驚いて体が少し跳ね上がった。 美樹 「う〜急に大声出さないでよ〜」 涼 「あ、ごめん…てか、どうしても精一杯謝んなきゃなんねーと思って…」 美樹 「……悪いと思ってるんだよね」 涼 「…あぁ……お前が一番傷つくことした」 美樹 「……傷ついたりなんかしてないけどさ」 涼 「……ごめん…なさい」 美樹 「……」 涼には悪いけど、こんな風に素直に頭を下げてくれる姿はとっても可愛らしい感じがする。思わず、その頭を撫でたくなってしまうけど、ちょっと動きかけた手を抑えて返事をする。 美樹 「…許してほしい?」 涼 「…うん」 …とは言っても、ただ許すって言ったって納得しない感じがする。 涼 「…殴られる覚悟はできてるし…何でも言うこと聞くよ?」 美樹 「…………じゃあ、私のためにピアノ弾いてくれない?」 涼 「……?」 美樹 「涼のピアノ…聴いてみたい」 涼 「……そ…んなことでいいのか?つか、思いっきりぶん殴ったっていいんだぞ?」 美樹 「私は涼じゃないんだから殴るなんて無理だよ。ただ、私のために何かしてほしいだけ…だったらピアノがいいって思ったの」 涼 「……わかった…ただし、お前にしか聴かせないからな?」 美樹 「うん」 涼 「あぁ……あと………随分練習してないから、準備期間くれないかな?」 美樹 「いいよぉ。その間たっぷり私の事を考えてね」 涼 「…」 困ったような、照れたような表情で私に約束してくれた。精一杯謝ってくれた涼がなんだか可愛くて、ついイジワル言ってしまったかもしれない。 (…また前みたいになれるかな?……私は何も変わってないんだから、なれるよね?) 私たちはその後も、しばらく屋上で色んな話をした。 思い出話やこれからの話。今までもこうして、2人で色んな話をしてきたから。涼がピアノをやめた事情も私はわかってるけど……今の涼には必要なものだと思うし、言った言葉に迷いは無い。 きっと、素敵な演奏を聴かせてくれるはず。 美樹 「……」 隣で話している涼の顔を見ると、やっぱりどこか悲しそうだ。 ゆうべ、涼から『一舞と別れた』ってメールが来た。『蓮のこと…悪かった』とも書かれてたっけ。 (私から蓮に近づいたなんて…驚いただろうな……) いつの間にか、私の身長をはるかに追い越してしまった涼を見上げるようにして、真っ黒になったその髪に、ほんの少し触れた。 涼の肩がピクンと跳ねて 涼 「擽ったいんすけど」 そう言って赤くなる。 美樹 「敏感ポイントですか?」 涼 「違います」 美樹 「じゃあもう少し触らせて」 手を伸ばすと、赤くなりながらそっと頭を下げてくれた。 私はそんな涼の頭を優しく撫でる。 涼 「………………なんか…触り方が違くね?」 美樹 「いいじゃない。誰かに撫でてもらうのって、意外に気持ちが落ち着くんだよ」 涼 「…………なるほど、確かに」 美樹 「……てか…私の前ではカッコつけちゃダメだよ。わかっちゃうんだから」 涼 「…………そっか」 ![]() 長い黒髪の隙間から雫が落ちて、涼が泣いていることに気づいた。 美樹 「…」 (そうだよね、悲しいよね…) (でもずっと、悲しい気持ちさえ、強がって閉じ込めてたのだろうから。今は黙って泣かせてあげるよ) 私はそっと涼を引き寄せ、頭と背中を撫でた。 涼 「………っ…」 涼は、私を拒むでもなくそっと、肩に顔を埋めて静かに嗚咽を漏らしている。 大丈夫。 悲しいのなんか、涙で流しちゃえばいい。 だからまた、脳天気な笑顔…見せてよね。 震える体を抱きしめながら、強く願った。 ――――――substory@ 《桜井 美樹》編 to be continue… Novel☆top← 書斎← Home← |