豹変2




美樹
「……れっ…」


「……あ?」

美樹
「!!」


 声にならない声で呼びかけた私を、恐ろしいほどの鋭い視線が射抜いた。


美樹
「…あ…あの」


「……あぁ…桜井さんか…っ…ってぇ…」



 一気に震えあがった体を隠すように、再度、恐る恐る声をかけると、私だと気づいてくれた様子で、彼の表情が穏やかになった。




「…何…また授業サボるの?」

美樹
「……え、ちが…」



 壁にもたれながら、傷だらけの蓮くんが、私に向かって冗談めかして言ってくるけど…私はもう、その光景に驚きすぎてへたり込んだまま声が出なくなった。




「……はぁ…チッ、面倒くせぇな…」



 蓮くんはそう言うと立ち上がり、腰が立たなくなっている私の腕を掴んで引っ張り起こす。



美樹
「ひゃっ!?」



 あまりにも軽々と引っ張るから、変な声が出ちゃって赤面…でもおかげで少し落ち着いたかも。



美樹
「あ…あの…大丈夫?」


「……」

美樹
「……?」


「すげー痛ってぇよ」

美樹
「!」



 ワザとらしく言った彼の顔にはまた、ブラックな笑みが広がっている。思ったより大丈夫なようだ。




「…涼の地雷踏んだんだってな」

美樹
「ごめんなさい…私のせいで喧嘩に…」


「これは喧嘩じゃない」

美樹
「…?」


「鉄拳制裁」

美樹
「!?」

(こっ…怖っ!!)



「…なんだ……涼をマスコットか何かだとでも思っていたのか」



 怯える私を、黒い笑顔で見つめながら、とても楽しんでいるようにも見える。



美樹
「蓮くん私の反応、楽しんでるでしょ」


「…ふっ、別に」

美樹
「………」

(あぁ…黒い羽根が見える)



「そんなことより、暇ならコレ。手当てしてくれないか」

美樹
「…え?」



 蓮くんは自分の怪我を指差して言った。



「…ほら」

美樹
「…あ…うん‥じゃあ保健室行かないとね」



 気を取り直して一緒に屋上を出たんだけど、階段を下りる途中で、蓮くんが足を引きずっている事に気づいた。



美樹
「…ねぇ蓮くん?」


「…?」

美樹
「…足…痛いの?」


「………」

美樹
「ちゃんと病院で診てもらったほうが……」


「…後でいい」

美樹
「?」



 何故なのかわからなくて、でも心配で…彼の顔を覗き込むように見ていたら




「…大丈夫だ」



 一言だけそう言ってくれた。
















 翌日。登校した私は、普通に廊下を歩いている蓮くんを見かけた。



美樹
「蓮くんおはよー」


「…あぁ…おはよう」

美樹
「足…平気そうだね。良かった…」


「…心配どうも」



(…あ、行っちゃった)


(素っ気ないな…もうちょっと話してくれてもいいのに…)



 なんだか前以上に余所余所しい蓮くんの後姿を見送って、残念な気持ちで、教室の窓側にある自分の席に座る。


 いつもならヘラヘラ笑いながら話しかけてくる涼が、今日は自分の席から動かない。

 机の上に足を上げて、腕を組んで、険しい顔付き。その異様なまでの近寄るなオーラに、クラスメイト達も困惑している。




 涼の雰囲気は、1限…2限…と授業が進んでも変化が無く、先生でさえ、涼に対して何も言えないでいた。

 あまりにも変化の無い涼の態度に痺れを切らし。休み時間になったと同時に私は、意を決して涼の前に立った。




「………何?」



 険しい目つきのまま私を睨み上げてくるその顔は、金色に染められた長い髪の毛で多少隠れているけど、それが余計にキツい表情に見える。



美樹
「…何?…じゃないよ」


「あ?」

美樹
「…そんな凄んだってダメだよ。てか周りに当たるのやめてよね」


「…別に…何もしてねーだろ」

美樹
「……したじゃん」


「してねーって」

美樹
「した!」


「してねー」



 した、してないのやり取りが何度か繰り返される。次第に涼が苛立ち始め…




「…お前何が言いたいの?」

美樹
「……」


「俺が何したのか言ってみろよ」

美樹
「…ここじゃ言えないよ」


「何もしてねーもんは言えねーよな」

美樹
「したもん」


「だから何をだよ」



(あー!これじゃ埒があかない!)


美樹
「っ…ちょっと来て!」


「なんで!」


「もうっ!いいから来いって言ってんの!黙って言うこと聞いてよ!」

「うるっせーなテメェ!なんなんだよ指図すんな!」




 私が荒げた声よりも涼の怒声は大きく響いて、次の瞬間、辺りは静まり返った。





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