覚醒7



―深夜1時過ぎ―――――――――side 一舞


 学校をサボったことをママからキツく叱られて、部屋でちょっとぐったりしていた。そんなあたしのケータイが、涼ちゃんからの着信を知らせる音楽を奏でた。



一舞
「えっ!?…わっ!わっ!どうしよ!?」



 1人きりの部屋の中でそんなことを口走りながら、慌てて電話に出る。



一舞
「もっ、もしもし…」


『……ども』

一舞
「…ど…ども」


『…遅くにごめんね』

一舞
「…ううん…大丈夫」


(…なんか緊張する)


 だけど…涼ちゃんの声は、いつも通りの優しい声で。少しだけホッとした…。


一舞
「……涼ちゃ」


『今ちょっと出れない?』


 彼の名前を言いかけて、言葉を遮られる。


一舞
「え?…」

(どうしよう…)



 今日はもう外に出るな…ってママから言われてたからちょっと迷った。



『…ダメかな?』

一舞
「………」


 あたしの予感は、今出なきゃいけないって…そんな空気を感じている。だから…


一舞
「ちょっと待ってて、何とかするから」


『わかった…俺、家の前に居るから…』






 電話を切ってすぐ、音を立てないように部屋を出る。

 階段の手すりに隠れて下の様子をうかがうと、さっきまで玄関で見張っていたパパの姿が無くなっているのがわかった。




(今だ!)




 落ち着いて、ゆっくり。物音をたてないように階段を下り、なんとか外に出た。


 門のところまで出ると…



「こっち」


 涼ちゃんの声がした方を向くと…ちょうど、翔の家とあたしの家の境目のところに涼ちゃんがしゃがんでいた。


一舞
「……」


 なんだかよそよそしく見えるその雰囲気。


(…あぁ…なんかこの感じ…知ってる。……涼ちゃんも決めたんだね)



「無理言ってごめんな…」


 遠慮がちにそう言って軽く笑う。その表情に、あたしが悲しくなる事は、許されないんだろう。


一舞
「…ううん、大丈夫。…それよりちょっと場所変えていいかな」


「…あぁ…うん」



 さすがに玄関の前で話してたら見つかってしまうから、あたしと涼ちゃんは近くの公園へ移動して話すことにした。




……………



………








一舞
「…ここならいいかな」



 あたしはそう言って、街灯の近くにあるベンチに座る。

 何気なく涼ちゃんの方を見ると、彼は空を見上げていた。


一舞
「…涼ちゃん?」


「…ん…あぁ…」


 そう言って、目線を一瞬あたしに向けて、すぐに逸らす。



「…呼び方…変えないでくれるんだな」

一舞
「え…だって…涼ちゃんは《涼ちゃん》だもん…」


「…まぁそうなんだけど」



 そう言って微笑んで、涼ちゃんの視線は再びあたしへ移った。




「…今更《先輩》とか言われたらどうしようかと思ってた」

一舞
「…え?」

(なんで?)



「……」



 よくわからないって表情のあたしに向かって柔らかく微笑み、次の瞬間フッと表情を変えた。




「ごめんな……この前。ビックリしたよな…」


一舞
「……」



「…せっかく家まで来てくれたのに。結局、、、…ごめん」

一舞
「………」

(謝るのはあたしの方なのに…)


一舞
「…あたしの方こそ、涼ちゃんの気持ちに追いつけなくて…ごめんなさい…」


「……」

一舞
「正直言って、あたしこのまま…」


「別れような」

一舞
「………」



 あたしの言葉を遮って、ハッキリと言った。



「もう何も言わないで、友達に戻ろう」

一舞
「……………友達で………いてくれるの?」


「……だって………友達ですらなくなるのは…寂しいだろ?」

一舞
「……うん」


「…だから今度は…友達として、ちゃんと守るから」



 そう言ってゆっくりと隣に座り、まだ生々しく残る…あたしの手の絆創膏に触れる。



一舞
「…気づいてたの?」


「………ごめん」



(…知ってたんだ)


(…でも…………気づかないフリ、してくれてた?)




 あたしの手に触れ俯く涼ちゃん。長い前髪が、その表情をかくしている。



 …きっと、色々苦しかったに違いない。たぶん、あたしが想像するよりずっと。





「………」


一舞
「…涼ちゃんはモテるから〜」


「は?別にモテねーし」



 空気を壊すようなあたしの言葉に、涼ちゃんは怪訝な顔をした。あたしはただ、そんな涼ちゃんの目を見て言葉を続ける。



一舞
「…涼ちゃんは優しいから、仕方ないんだよ」


「……」

一舞
「それにあたし…守って欲しかったわけじゃないから」


「…………」

一舞
「涼ちゃんと居る時の、幸せな気持ちを大切にしたかっただけなんだ」


「…………」



 言い終わると彼の顔は、今にも泣きそうな…それでいて苦しげな顔になった。



一舞
「泣くなよなー」


「はっ!?泣かねーし!」

一舞
「ふはっ」



 笑ってほしくて、悲しい空気を冗談にした。

 涼ちゃんの焦り顔をあたしが笑うと、涼ちゃんも照れて笑った。






 大丈夫だよね。

 ちゃんと、友達に戻れるよね…。



 …また、出会った頃みたいに笑い合えるよね。






















 涼ちゃんに送ってもらって、家の前まで戻ってきた。

 これからはもう…こうやって2人で歩くことも無くなると思うと、ちょっと寂しい気もする。




「…これからは…部長として、よろしく」



 そう言って差し出された涼ちゃんの手をそっと握る。



 これで…《恋人》は終わりだ。

 たくさん時間を使って、たくさんの想いを知れた。すごく幸せで大切な思い出が出来た。




「…ふっ……ここは泣いとけよ」

一舞
「あ〜……そうだね〜…………ふふっ…でもあたしには無理だよ」


「…ま…一舞らしいけどさ」



(…そうだね)



 あたしは結局…涼ちゃんの前では弱さを隠したままだった。



(…可愛くない女だなぁ)


 少しは成長できたかな……できてるといいな。



一舞
「ありがとう………で、これからもよろしく…」


「あぁ。………じゃ、おやすみ」

一舞
「…おやすみ」




 去っていく背中を見送る、今の気持ちは、数分前より悲しくない。

 だって…今度の別れは前とは違う。優しい別れだから。



(涼ちゃん…………ありがとう)




 あたしを大切に想ってくれた分、たくさんお返しするから。





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