衝動4




 正直言って、何をどう話せばいいのか…頭の中はまとまっていなかった。だけど今まで、あたしの様子をわかっていても何も聞かずに、何も言わずにいてくれた翔に…どうにか分かるように言葉を選びながら少しずつ話した。

 涼ちゃんと出会ってから今日までのこと…。時々言葉に詰まるけど「…ちゃんと聞いてるから、ゆっくり話せ」…って、翔が優しく言ってくれたから。溢れようとする涙をグッと堪えて、話を続けた。


一舞
「あたしね?…涼ちゃんにキスされる度、妙な感覚になるの」


「…」

一舞
「嬉しいと思えない…その意味がわからなくて…でも拒むことも出来ないし、ずっと引っかかってたんだけど…さっき涼ちゃんに会った時も、同じくやっぱりそんな気持ちになって」


「…」

一舞
「…その時、うまくごまかして帰れば良かったのかもしれない。…でも出来なくて。あたしのそんな気持ち、涼ちゃんは知らないから…その先に、進みたかったみたいで」


 …ここまで話してちょっとためらった。

 あたし今、おかしなこと言ったりしてない?本当ならこんな話、するべきじゃないんじゃないかって、不安になった。

 すると、黙ってしまったあたしの手を握り、翔は言った。



「…大丈夫だから、馬鹿にしたりしない」

一舞
「…………」


「話して?」

一舞
「……うん」


 優しい声色…手から伝わる温かさ。こんなに安心させてくれる人だったなんて知らなかった。

 その優しさに甘えるように、あたしは再び話始めた。


一舞
「……その先に…涼ちゃんがね?進もうと…して…」


「…うん」

一舞
「…あたし、我慢出来なくて…涼ちゃんを突き飛ばしちゃって…」


「…そうか」

一舞
「どうしても、涼ちゃんとそうなる事があたしの中ではダメで。好きなはずなのにどうしてそんな風になるのか、自分で自分がわけわからなくて。涼ちゃんを突き飛ばしたまま、逃げるみたいに帰ってきたの…」


「…」


 今までの自分を自分自身が否定するような行為。一気に話して、少しだけ胸のつかえが楽になった気がした。

 なのにすぐに戻ってきた不安感が体を震えさせる。

 あたしは涼ちゃんを傷つけてしまった。大切に想ってきたはずの人を…。

 彼との時間を取り戻すために努力してきた、この数年間の意味も見失って…黙って耐えてきた色々な事を、あたしはまた同じように問題にせずにいられるのだろうかとか、これからどんな気持ちで過ごせばいいんだろうとか。

 何をどう考えればいいのかさえ、わからない。



「…大丈夫か?」

一舞
「…わ、かんない」


「………」


 再びあたしの肩が、翔の腕に抱かれる。震えを止めてくれようとしているのか、グッと込められた力が痛いくらい。



「…それが、泣いた理由?」


 さらに頭を引き寄せ、宥めるように髪を撫でながら、翔は静かに尋ねた。


一舞
「…色々ある…けど、これが一番…かな」


「…まだあるなら、気が済むまで話せばいい」

一舞
「…ほ、他は…大したことじゃないし」


「そうは思えないけどな」

一舞
「………」


「恥ずかしがる必要も、遠慮する必要も無いぞ」

一舞
「………」


「俺の事は、枕だとでも思っとけばいい」

一舞
「…………」


 翔はいい人だな…。そう感じたら、温かくなった気持ちが少しずつ身体の震えを鎮め始めた。

 枕は、肩を抱いたり、頭を撫でたり、こんな風に優しく諭してはくれないと思うけど…なんて思いながら、その優しさに感謝した。そしてあたしも、翔の背中に腕をまわして、いよいよ甘える体制になる。



「!……お、まえ?」

一舞
「…抱き枕」


「………」

一舞
「もう大丈夫。今はこれがいい」


「……そ…そうか」

一舞
「…うん」


 遠慮なんか既にどこかに行ってしまった。

 今だけ。今だけでいい。離れたらいつもの自分に戻るから、それまでは許して…。

 薄暗いままの香澄の部屋であたしは、その後数分間を、翔という抱き枕に守られて過ごしたのだった。




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