「あの、わたし行っても大丈夫ですかね」


「大丈夫じゃないか?同じ部活だし怪しまれないと思うが…」


「…それならいいんですけど」




今吉先輩が風邪を引いたらしい。諏佐先輩が教えてくれた。
諏佐先輩はわたしたちの関係を知らないけど仲良くしてるのは知ってるから心配なら見舞い行ってやったらどうだ、と言ってくれたのだ。




「今吉、みょうじ来たから開けるぞ」


「お邪魔しまーす」




わたしを部屋に入れると諏佐先輩は自室に戻った。
適当に座ってええから、と言われとりあえず今吉先輩のベッドの前に座ることにした。




「具合どうですか?」


「みょうじの顔見たら良くなったわ」


「…」


「なんやねんその顔!?」


「いえ、軽口たたく元気あるんだなら大丈夫そうだなって」


「軽口って!ひどない!?」




実は大丈夫そうには見えなくて。
すごく無理してる感じがあって。
普段なら無理しててもわたしにはわからないだろうにそれが伝わるってことはやっぱり具合悪いんだろうな。
今日だけは優しくしようかな。



***



「なーみょうじ」


「何ですか?」


「りんごはうさぎさんな」


「えっ!?もうほとんど普通に切っちゃったんですけど」




こんな他愛のない会話が楽しくて普通の恋人同士みたいで。
自分は本当に今吉先輩のことが好きなんだなって実感して、幸せで。




「じゃあ食べさせてや。はい、あーん」


「…一応病人ですからね、今回だけですよ。はい」




今吉先輩の一番はもしかしてわたしなんじゃないかなって勘違いしてしまいそうで。




『ブーブーブー』




突然バイブの音が部屋に響く。
ポケットに入った自分の携帯に触れるけどわたしの携帯じゃなかった。
今吉先輩の目線の先には彼の携帯。
ディスプレイに写っていたのは彼女さんの名前。




「…」




こういう時は何て声をかければいいんだろう?
『電話出なくていいんですか?』いや、『わたしのことは気にしないでください?』いやいや別に気にしてなかったらわたしどんまいだし自意識過剰ですか、ってね。




「あの、」




お手洗い貸してください、と言おうとした瞬間、今吉先輩は携帯を手にとって電源を切ったのが見えた。
その時の今吉先輩の目は怖かった。




「何や?」


「いえ。…電話出なくて大丈夫だったんですか?」


「あぁ、別にええんや。」




今吉先輩はニコッと笑って言うけれど、普通に考えたらいい訳ないだろう。だって本命の彼女だよ?




「彼女さんじゃなかったですか?」


「何や、見えたんか?」


「はい、…すいません」




さっきまでの楽しい気分が嘘みたいに重い沈黙が流れる。
夢の世界から一気に現実に引き戻された感じ。




「あの、早くかけ直した方がいいんじゃないですか?それならわたし帰りますし」


「は?何言ってるん、自分」




心底不思議そうな顔をする今吉先輩を見て




「何で不思議そうな顔…するんですか?」


「だって今みょうじといるんやし、あいつのこと気にする必要ないやろ」




みょうじに悪いし、という今吉先輩。




「いやいやいや、気を使うとこ間違ってますよ?」


「間違ってないやろ。みょうじの方が大事やし」


「え?」




何を言ってるのこの人は。わたしが一番なんてそんなことありえない。




「…わたしは今吉先輩の浮気相手で、彼女さんが一番でわたしは二番目?ですよね」


「は?」


「…」


「…」




今吉先輩がおかしい。よく見ると顔がほんのり赤いように見える。
額に触れてみれば思ったよりも熱くて持ってきていた冷えピタを貼って布団を被せる。




「熱上がってるみたいなんで早く寝たほうがいいですよ。わたしがいると寝れないだろうし今日はもう帰ります」


「みょうじ待ってや」


「すいません、帰ります。まだ熱あるので安静にして下さいね」


「なまえ!」


「おじゃましました!!」




この先に待つものを教えて



何で?何であんなこと言ったんですか?
わたしの方が大事だなんて。
何で、わたしのこと名前で呼んだんですか?
いつも名字で呼ぶじゃないですか。
熱のせい、とはいえ絶対に言っちゃいけないことでしょ?



だってわたしは浮気相手なんですよ?






-END-




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