例えば、
「なまえ」
誰が信じるだろうか?
「はぁ…」
「今日も綺麗だな!それよりそろそろ私と付き合わないか?」
この男が彼の有名な焔の錬金術師だなんて。
「…」
「なまえ?」
威厳なんてそんなもの存在しない。
***
初めてマスタング少佐と会った日からこうして彼は毎日私の所にやってくる。日中は暇がないことを知ってるからかストーカーなのかは知らないが私が休憩している夜更けに来ることが多い。
「だから、お断りしますってば」
「私の何処が悪いんだ!?」
「何処って…」
別に悪いところはない、と言いそうになるのを堪える。多分言ったら調子に乗るだろうし。
一部ではイシュヴァールの英雄と言われていて私も戦い方を見たことがあるけど反則なくらい強い彼が…こんな人だなんて知らなかった。
もうちょっと誠実なイメージだったんだけど人を見た目で判断できないっていうことを思い知る。
「…と言うよりまずこの状況で付き合ってとかおかしいですよね」
此処は戦場なのに。
「いや、こういう状況だからだろ。心にオアシスを求めているんだよ」
「私には、理解できません。それに私である必要はないし。他を当たって下さい」
そうだ、何で私なんだ。こだわる必要はないだろう。
口上手いもん。絶対モテそうだもの。
というか『私の何処が悪いんだ』ってどれだけ自信過剰なんだこの男。
「いや、私は君がいいんだ」
「何でですか?」
「ずっとイシュヴァールの天使は気になっていたんだ。こんな腐った戦場で必死に頑張って私達軍人の治療をしてくれているなまえ・みょうじという評判の良い女性はどんな人なんだろうって。実際会う機会なんてないと思っていたのに偶然にも君に出会っていきなりタメ口でかすり傷について怒るし。でもそうやって私達軍人の為を思って怒ってくれる君がいるから、治療してくれるから、私達が今こうやって戦えてるんだろう。そんな君を守りたいって思ったんだ」
「…そんな臭い台詞じゃ私は落とせないですよ。私は軍医として当然のことをしているだけですし自分の身は自分で守ります。ご心配なさらずに」
「臭い台詞!?」
落とせないとか言った割に、少しときめいてしまった自分に嫌悪。
でも真っ直ぐ私を見て話すマスタング少佐が冗談を言っているようには見えなくて、少しだけ心が動きそうになる。
だけど、
『必ず帰って来るから待っててくれ』
ふと、思い出す言葉と過去。
もうあんな思いはしたくない。
「すいません、そろそろ仕事に戻るので」
泣いてしまう前に話を終わらせようとしたのに、
「なまえ。無理だけは過ぎないでくれ」
最後に少佐が小さな声で言った言葉は聞こえなかったふりをした。
***
「今日も俺の『美しい未来』から手紙がきたんだ!羨ましいだろ!」
「…お前とその手紙、塵にしても良いか?」
「駄目に決まってるだろ!ところでロイの方はどうなんだよ?」
イシュヴァールの天使とは、と今最も聞かれたくない話題を簡単にヒューズは聞いてくる。
「大分苦戦してるよ」
「ロイにしては珍しいな。でも毎晩口説き落としに行けてる所を見るとまったく脈なしって訳でもないんだろ?」
なまえの顔を思い出す。
今日だって彼女の何処に惚れたかを熱弁したとき、少し顔を赤くしていたしすごく嫌いって訳ではないんだろう、多分。第一嫌いなら毎日会わないだろうし。
別に自分に欠点がないと言うつもりはないが、
「はぁ…。何が悪いんだろうな」
「何がって。お前モテる癖に意外と女心わかってないからな」
「そういえばなまえに『そんな臭い台詞じゃ私は落とせないですよ』って言われた」
「やっぱ脈なしなんじゃねぇの?」
「いや、…そんなことはないはず」
何だか少し自分に自信が無くなってきた。
「彼女この時間に行くと休憩をしてるんだ、笑いながら今からも仕事だって。まともに寝てないみたいだし身体は無理してるんじゃないかと思うよ」
本当に
「ロイ…」
心配でたまらないのに
「お前、本気でストーカーなのか?」
愉快そうに笑うヒューズを見てもうこいつに相談なんてしてやるもんか、と心に決めるのだった。
***
「『無理し過ぎないでくれ』か」
少し悲しそうな顔をして戻って行ったマスタング少佐。
私の事をあまり知らないはずなのに全てを見透かされた気分になった。
「確かに休憩も睡眠もあんまり取らないから疲れてるのかも」
無理しているつもりはなかったしそんなこと今まで言われたこともなかったけど
世界が破滅する瞬間になら、貴方を素直に愛せるだろうか
(マスタング少佐って意外と人の事見てるのかな)
-END-
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