嗚呼、
「みょうじ!今手空いてるか!?」
何故、
「ちょっ、私も処置中なので厳しいです」
世界はこんなにも残酷なのだろう。
「誰でもいい!縫合の手伝いしてくれ!!」
***
昔からアメストリス人とイシュヴァール人には宗教問題で対立していたけれど軍将校がイシュヴァール人の少女を誤って発砲してしまい小さな内乱が始まった。イシュヴァール人の予想以上の屈強さや隣国による支援によって内乱は数年に及び戦火も東部全域へ広がってしまった。事態を重く見たブラッドレイ大総統はイシュヴァール殲滅戦を指示。
負傷者も内乱以上に出ると予想され慢性的に人手不足の東方国軍病院で軍医をしていた私もこの戦争に駆り出されたのだ。
「…1日が過ぎるの早っ」
ようやく一段落した頃には日が暮れて、辺りは真っ暗だった。
「今日で四徹目、か。人間寝なくても案外やっていけるもんだね」
他の人達は普通に寝たりするけど私は出来ない。
今にも死にそうで苦しんでいる担当患者たちを放っておいて自分だけ寝るなんて出来ない。銃を扱えるということからたまに殲滅戦にも駆り出されるから担当患者の状況を日中把握出来ないこともあるから寝る間も惜しんで夜は患者を診ていることもある(まぁ不眠症ってのもあるけど)。そんなことをしていたらいつの間にか『イシュヴァールの天使』なんて言われるようになってしまった。
そんな天使だなんて言われるようなことは何もしていないのに。
私は医者として当然のことをしているだけなのに。
「こんな戦争の中で心が壊れない軍人さん達は本当尊敬ものだね」
こんな程度しか殲滅戦に参加してないのに不眠症になってしまうような私だったら無理だろう。
だから、そんな中頑張る彼らの手助けを少しでもしたいのだ、少しでもケアをしたいのだ。
「こんな夜中にイシュヴァールの天使に会えるとは」
「誰?」
運がいい、と気配もなく暗闇に現れたその人物に銃を向ける。
いつ何が起こるかわからないから常に銃は隠して持っている。
戦わなくてもいいから、と軍医に。人を傷付けるのではなく助ける為に此処にいる筈なのに自分の銃の構え方がいかにも軍人みたいで驚いた。突然パチッと音がして辺りが明るくなり声の正体がわかった。
「…ロイ・マスタング少佐!?失礼しました!」
別名焔の錬金術師が私の目の前にいて自分のしていることに血の気がさーっと引いていくのがわかる。
国家錬金術師様に銃を向けたなんて。
「いや、いいよ。むしろ咄嗟の反応、構え方が素晴らしい」
だけど気にする素振りも逃げる素振りも無く、多分褒められた。
まぁ医者である私からしたら皮肉にしか聞こえないんけど彼はそんなこと知らないのだろう。
「ありがとうございます。あ、」
「何だ?」
とりあえずお礼だけして、ついいつもの癖で全身チェックをしてしまう。
人と話す時はついつい怪我をしていないか見てしまういわゆる職業病だ。
「怪我してますね」
マスタング少佐の腕を取り確認する。
「あぁ、こんなかすり傷大したことないだろう」
「手当てします」
軍人は擦過傷くらい大したことないと思っている人が多い事を私は知っている。
何のために私達軍医がいるんだと思っているんだろう。
治療を否定されたら私たち軍医の存在理由がなくなるというのに。
「大丈夫だ」
「大丈夫?なわけないでしょ。貴方達軍人は怪我を甘く見すぎ。こんな砂漠みたいな所、破傷風にでもなったらどうするつもり?それに擦過傷が一番感染が起こりやすいって言われてるの。感染症になったら貴方だって苦しむだろうし大変なんだから!!」
手当を拒否したマスタング少佐に少し強く言うと目を丸くして黙ってこちらを見ていることに気付き自分の無礼さに気づいた。
「無礼を申し訳ありません。あの…処置させて下さい」
改まって頭を下げて、でも処置しないわけにはいかないから腰の救急ポーチに手を入れ生理食塩水を取り出せばマスタング少佐の笑い声が聞こえてくる。
「君、面白いな。いや、私も悪かったよ。怪我を治療するのが君の仕事なのにそれをいらないだなんて。是非手当てをお願いしよう」
「ありがとうございます」
これが私と彼の出会いだった。
愛しさで抱き合えたなら、この手に銃など要らないだろうに
(確か…名前はなまえ・みょうじだったかな)
(はい。ちょっとじっとしてて下さい)
(なまえ)
(何ですか)
(君に惚れた。付き合ってくれ)
(は!?)
-END-
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