- ナノ -


・ifエンド直後


「いいの。大いに結構。私も嬉しいわ」
「顔と言葉が合ってない」
「貴女達が元鞘に納まるのは歓迎すべきこと。だけど、だけど…!」

 額に手を置いて演劇めいた身振りをしていたアメリアがくわっと目を見開いたと思えば、私の膝の上でつぶらな瞳をしているププリンをさっと奪い抱き込んだ。「ププちゃん…!」と甘く切なさげな声を上げている。名残惜しくて辛抱ならないようだ。

「私からププちゃんを引き離すのだけは堪えがたい…!」
「彼女、こういうタイプだったのか?」
「私もこっちに来てから知りました」

 隣のダンデさんもおっかなびっくりしている。澄ました態度が標準なアメリアの今の姿は、豹変したようにすら見えるだろう。私だって最初は驚いた。親馬鹿な自覚はあるが、アメリアだってこれじゃあ人のことは言えない。

「そもそも元に納まる鞘はない」
「細かいこと気にする人ね」

 私とダンデさんは付き合っていたわけではないからその表現は適切ではなくて訂正しても、アメリアの態度はつれないままだ。かと思えばとろけるような笑みを浮かべてププリンに頬ずりし始めた。ププリンはププリンでこうしてかまってもらうことが大好きだからご満悦の様子である。カロスにやって来てからアメリアもこうしてププリンを可愛がってくれていたから、すっかりと懐いているのだ。

 ダンデさんが会いに来てくれて、数日かけて今後の話をして、これからのことを決めた。
 報告の為にもアメリアに連絡をすればうちに寄ってくれるというので迎えると、これだ。ププリンをめいっぱい可愛がるために私の家に来ることが多かったが、今日もその魂胆のようだった。
 しかし、アメリアは急に表情を改めた。相変わらずププリンを抱っこして、細長く綺麗な指で頭を撫でているが、今の今までと打って変わって真剣そうで、それでいて眉を下げる控えめな笑みに、私は目を外すことはできなかった。

「…正直ね、ずっと気掛かりだったの。小骨が喉に引っかかっているような感じ。カロス行きを勧めたのは私だったから」
「別に、アメリアのせいじゃ」
「そうね。話をする前から貴女はガラルから出ることを決めていたし、最後に私と共にここまで来ることを選んだのは貴女。でも、私だって冷徹な女じゃないの」

 気にしていたなんて、知らなかった。カロスに行くから、ダンデさんとはさよならをした。それは、カロスは、ただの口実だった。何処でもいいと思っていたから、いいタイミングでもたらされたアメリアの話に最終的に乗りかかった。中身がまだなかった一つの選択肢に実態を持たしただけで、アメリアが私達を引き離したわけでもないのに。

「ねぇ、ダンデ」
「なんだ?」
「今度こそ、この子のこと、宜しくね」

 ダンデさんに微笑むアメリアは、とても美しい。その優しい笑みに、どうしても胸が苦しくなった。

「ああ、もちろん」

 はっきりと言い切るダンデさんは、膝に乗る私の手に大きな手を重ねた。ギュッと力強く、握り込んでくる。私は唇を結ぶ力を込めて、込み上げるたくさんのものをなんとか抑え込んだ。

 ありがとうアメリア。ありがとうダンデさん。私は、なんて果報者なんだろう。

「それで、いい?貴女は向こうに戻ったらププちゃんの写真を毎日送ること、いいわね?」
「結局ププリンかぁ…」





・if同棲直前


「むりむりむり」
「無理じゃない」
「むり」
「往生際が悪い」

 何度首を横に振っても聞き入れてもらえず窮地に立たれてしまう。あまりにも首を振っていたから若干気持ち悪くなってしまった。馬鹿か私は。

「同じベッドに寝るのにどうしてそんなに抵抗を持つんだ」
「抵抗しかないんですけど」
「同じ家に暮らすんだ、当然じゃないか?」
「私にとっては当然じゃないです」

 ダンデさんの家に二人で暮らすことを決めて部屋を整えていたのだが、大問題が勃発してしまった。ダンデさん、当たり前に二人で同じベッドに寝ると思っていたらしい。ダンデさんの寝室の、ダンデさんが今まで使っていたベッドに、である。

「むりです」
「しつこいぞ」
「貴方にしつこいって言われる日が来るなんて…」

 その…同棲する場合において、それは確かに大いに有り得るケースなのだろうな、とは思っている。好き合う男女が共に生活するのだ、自然なことかもしれない。雑誌やドラマではそういう話は頻繁に登場していた。それでも、いきなり私がダンデさんと、これから毎夜同じベッドに寝る、のは。

「寝られる気がしない…」
「俺は楽しみだ」
「楽しまないで…」

 何を想像しているのかは聞かないが、それがあるなしに限らず、私には無理だ。
 偶になら、いいかもしれない。だけど毎夜は、きつい。

「何がそんなに嫌なんだ。以前も話し方でごねたし、俺だって譲歩したくないことはあるんだぞ?」
「……」

 腕を組んで見下ろされ、気まずくて目を泳がせてしまった。

 同じベッドに、二人。
 ダンデさんはきっと夜まで仕事だろうから、私が先にベッドで寝る事が多くなるかもしれない。寝ずに帰りを待っているのもいいかな。ダンデさんのベッドは大きな体に合わせた作りをしているし、ふっかふかだった。二人で寝ても問題はなさそうで。だけど、私は、多分耐えられないだろう。

「…だって、ダンデさんの匂いがするんだもの」
「………なんだって?」
「だから落ち着いて寝られる自信ないです…」

 鼻が慣れてしまえば気にならないかもしれないが、少なくともすぐにはできない。ダンデさんとぴったり寄り添って、あるいはたったの一人きりで、ダンデさんの匂いに全身包まれながら、どうして安眠できようか。

「たまにならいいですけど毎日はむり…ダンデさん?」

 泳がせていた目を戻せば、顔が覆われていた。髪から覗く耳が、林檎のように赤い。それを目の当たりにして、ようやく自分がとんでもないことを言ったことに気が付き、一瞬で顔が熱くなった。ティーンでも初心でもないのに、いい歳こいて、何をしているんだ私は。
 できるものなら私だってずっとダンデさんの側にいたい。年単位で離れていたのだ、こうして向かい合って話をして、名前を呼び合って。それどころか同じ家に暮らすというのだ、不安は少なからずあれど浮ついた頭にだってなる。同棲の醍醐味はそれかもしれないが、そんな状態で同じベッドに毎夜寝てみろ、浮つくどころではなくなるぞ。

「君は…時々……くそ…」
「言うなら最後までちゃんと言ってください」

 いっそのこと一思いにとどめを刺してくれ。

「…たまには、いいんだな?」
「………はい」
「その条件を飲もう」

 かくして私の部屋にきちんとベッドを置いてもらうことになった。ププリンのベッドも用意したし、これで安眠は確保されたのだった。