- ナノ -


コズミック・パルス-1



 自称別の星からやって来たというその女は、自らをナマエと名乗った。その自己紹介を彼女が口にできるまでには、中々に時間を要した。何せ、お互いに言葉が一つも通じなかったからだ。
 最初、彼女が俺の喉を指し示した際には正直防衛体制を取るところだった。得体の知れない、一般的に見慣れない格好の女が目の前に突然現れたのだし、人間の急所を指でさしているのだから当然の反応だと思う。
 しかし、指をさしながらも自分の口をパクパクと開閉する様子を見て、もしやと閃いたのだから、自分の頭の回転の速さを称賛してもいいだろう。

「喋ろ?」

 俺が口を動かす度に、まったく無表情の彼女がこくりと小さく頷く。どうして?と続けた言葉に今度は反応が得られない。訝しんで閉口していると、再度口をパクパクとさせて、再び喋ろと催促してくる。その口から何の音も出てこないのは、単に彼女の発する言葉が何一つ理解できなかったからだ。自分が何かを喋ったところで俺には何一つ通らないと早々に判断した彼女は、俺の前に突如現れて聞き慣れない言語を僅かに使って以降言葉を発していない。

「……君は誰だ?」
「一体、何者だ?ガラルの人間ではないだろ」
「その恰好は?」

 ぴったりと、華奢な体に張り付きボディラインを惜しげもなく見せるそれは、フィクションなどで似たようなものを見た覚えがある。SFジャンルの、例えば宇宙船の中で過ごす人間が活動補助の為に着るスーツ。それを着てヘルメットを被れば宇宙空間でだって動けるというハイテクな代物だった。現実での宇宙服はもっともっさり、野暮ったいシルエットで、あくまでフィクションだから許されるデザイン。
 それなのに、目の前の女は、正にフィクションから出てきましたと言わんばかりの恰好。ヘルメットを被ったまま、バイザー越しにこちらを無感動な瞳がじっと見つめている。見つめているというよりも、見定めていると言った方が正しいかもしれない。警戒を解いていないのは俺も同じだが、全身を警戒心で包み、一挙手一投足を見逃さないという、そういう確固たるものだけは透けていた。

「……OK、もう十分だ。お陰で言語パターン検索と設定が完了した。言語収集の協力に感謝する。これで、私の言葉が通じているだろうか」

 ヘルメットの中から、少々くぐもっているが女の声が、確かに聴こえた。それにはつい目を瞠ってしまう。本当に、先程までがまったく嘘のように言葉が理解できる。

「ミスターの質問に答えさせていただく。私の名はナマエ。所属する機関はない。ただの一般渡航者である。この格好は、私が乗った航宙艦がシステムトラブルを起こし、止む無く搭乗者を艦外に逃がす際に渡された宇宙服である」

 あんぐりと、口が開いてしまいそうだった。受け取った印象通りフィクションのストーリーのような話を臆することなく語る女に、それを謗られることとは我ながら思えない。

「……宇宙?」
「イエスだ。私は、こことは別の星よりやって来た。予定外ではあるが」
「……宇宙人?」

 ポロッと思わず零したそれに、女は――ナマエは淡々と口を開いた。

「やはり、この星は前時代的な文化のようだ。私から見れば、貴方も他の人間も、全てが宇宙人である。そういう考えを抱くことは、文化も思想も未開としか言いようがない」


  ◇◇


 一先ずヘルメットを取ってくれとお願いしてみると、ほんの数秒思案する様子を見せた後に、「了承する」と答え、丸いそれを外すナマエ。
 バイザーを介さないその顔は、いたって普通の人間である。ガラルにはない系統の顔立ちながら、大人しそうなのに凛とする佇まい。耳も尖っていないし、目が三つあるわけでもないし、肌の色が青とか赤とか、そういうわけでもない。普通の、女性。
 大袈裟かもしれないが、陽にも透けそうなくらいに白い肌をしていた。

「こうしてミスターを驚かせてしまったことには大いに謝罪したい。私も、不測の事態でいささか動揺していたようだ。恥ずかしい限りである」

 ナマエの顔を呆然と見つめていることに気が付きながらも、ヘルメットのせいで乱れている自身の髪を片手で梳きつつ、呆けている俺を意に介す気遣いも見せず、彼女はひとりでに話を続けた。

「私は、この星に特定の目的があって降り立ったわけではない。本来の目的はこことは別の惑星であり、先程述べた通り搭乗した艦が不測のトラブルにより航路を進むことは難しく、私は脱出ポットに乗せられ艦外に出た。最も近いステーション付近にワープする筈だったが、何故かワープを抜けた先はこの星の圏内だったため、仕方なく降りざるを得なかった。この地点から目的のステーションまでワープするためのエネルギー不測のせいで、である」

 脱出ポット。ワープ。本格的にSFじみてきた。それをさも当然のように、既知の事実のように語る彼女は。

「街に出て、偶々通りがかったミスターを見つけ、簡略的にミスターの分析を行い、ここら一帯においてはミスターが最も話をするに適しているとシステムが判断した。やはり、判断は正しかった」

 無機質。無感動。そんな言葉が、なんだかぴったり当て嵌まるように見えた。

「好奇心旺盛。しかし分別もつけられる思慮。正当性を持ちながら、それでも勝るは自身の益。現に司法警察等にすぐに連絡する素振りも見られない」
「……ダンデだ」
「ミスター・ダンデ。私のことはナマエと」

 何にも動じそうにはない瞳。ナマエからは、感情というものが伝わってこなかった。
 反対に、俺の心は、踊っていたかもしれない。嘘か真か。信じる信じないをすっ飛ばし、この、未知なる存在への、ひたすらな好奇心で。



 紆余曲折もなく、ナマエを家に暫く住まわせることにした。どこにも、誰にも連絡せず、俺が決めたことだ。この不可思議で未知な存在をよそに露見させるのはどうにも惜しく感じられて、匿ってくれという言葉には自らの口で了承の意を示していた。

「救難信号は既に送信してある。この惑星の近辺をどこかしらの所属艦が拾ってくれれば、私の端末が知らせてくれる」
「どこかしら?君の星のではなく?」
「今この宇宙を漂う艦は全て同盟関係にある星の物しか存在しない。なので、どこの艦であろうと問題はない」
「驚きだ。宇宙にはそんなに人の住む惑星があるのか」
「全てを教えることは宇宙憲法に反するため出来ないが、イエスだけ答えておこう。……ミスター・ダンデ、これはなんだ?」
「紅茶だぞ」
「紅茶……」

 マグカップの中身をじとりと覗き込むナマエは、失礼、と一言告げて懐から何かの機械を取り出し、カップの上に翳す。

「ダージリンティー……ダージリンの茶葉にお湯を注ぎ抽出した飲料……もしや本物か?」
「本物?」
「合成品などではないだろうか」
「少なくとも、紅茶にそういう概念は知らないなぁ」
「ふむ……」

 機械をしまった後に恐る恐るカップを手にして、匂いを嗅いだ後にまた恐る恐る口を付ける。ぴくっ、と能面のように動く気配のなかった眉が一瞬だけ動き、ゆっくり喉が上下して飲み込んだのがわかる。

「ミスター・ダンデは、あの陶器を使って自分でこれを作っていたようだな」
「ティーポット?」
「そうだ。なるほど、前時代的」

 そんな、全部納得したみたいな反応。自分だけ事態を腹に納めたような顔。反射なのか、眉間に皺が寄った。その言い方では、まるで馬鹿にされているような気分になる。

「先程から前時代的とやけに口にするな。俺はただ紅茶を淹れただけなのに」
「我々からすればどうしてもそう感じてしまう。不快な思いをさせたのならば謝罪しよう」
「なら、ナマエはどうやって紅茶を飲むんだ?」
「飲まない」
「え?」

 カップをそっとテーブルに戻し、棒でも入っているかのように真っ直ぐにも背を伸ばし、ナマエは再び俺をその無感動そうな瞳に映した。

「こういったものは嗜好品であり、生きていく上で必要不可欠は物ではない。この飲み物からは確かに微量ながら栄養素は検出できたが、普段の食事でそれは得られるもの。わざわざこういった嗜好品を体に入れる必要はない。我々の星は、贅沢を排除している」
「贅沢?紅茶が?」
「紅茶に限らない。あらゆる贅沢を、である」

 ますます眉を顰めてしまう。しかし、興味がそそられないかどうかは、別の話だった。

「例えば?」
「例を挙げるなら、そうだな……禁止されているのは、文学、音楽、美術といった芸術」

 その後のナマエの話を纏めると、概ね以下の通りだ。

 ナマエの母星は、とにかく効率を重視し、それに特化した星であること。
 娯楽は禁止され、定められた通り生活をするよう義務づけられていること。食事なども合成品がほぼ100%であること。効率を追求した結果、普段は機械が調合、精製したものしか口にしていないこと。栄養が取れさえすればよいという話だ。情報は個人に与えられる端末を介して収集可能なこと。公平性をきすため、テレビといったメディアも規制がされ、国営のニュースしかないこと。
 特に厳しく禁止されていることは、文学、音楽、芸術。人を惑わす悪しき文化であるとして、彼女が生まれるよりももっとずっと昔に排除されたこと。

「人を惑わす?」
「そうだ。かつて私の星は、いくつもの国が独自に繁栄し、言語も文化もバラバラだった。しかし大規模な戦争が勃発し、世界総人口に著しい損害が生じたことで、ようやく己の愚行を戒める考えに至った。その後各国代表が一度に集まった長い世界会議により、国制度の廃止が採択され、人類は一つになった。言語、文化は統一され、戦時下の民衆を扇動したと判断されたことで、芸術は禁止された。芸術は悪しきもの」

 それは、この星の歴史でもあったことだ。過激なものは国民の感情を左右したり煽るとして取り締まりもなされたし、著しい場合は作者に死を与えたケースも少なくない。
 けれど、それは。

「やり過ぎじゃないか?効率を重視することには賛同できるが、人間は文化なくして生きてはいけない。現に、俺はポケモンバトルという文化の先導者であると自負している」
「だからこそ私は前時代的と繰り返すのである。個人を尊重、各文化の存命。そうやって長い時間同時存立させた結果が大戦争だ。そういったことを撤廃したことで世界は平和となり、以降戦争は起きていない。人種差別も消え去り、国という垣根を失くしたからこそ新たな技術が生まれ、我々は宇宙へ出る術を手に入れて、他の惑星と交流だって得ている。それを抜きにしても、権力や自身よりも強者に迎合するは恥ずべきことであるが、受容はしかして、こうして我らに急進的な発展をもたらした」

 ああ、なるほど、とようやくナマエについて納得できたことがある。自分達の何が可笑しいのだと心よりの主張している眼差しを認めて、つい目を細めた。
 無機質。無感動。効率を第一にする世界で生きてきたナマエは、まるでよくできた機械のようであると、今更ながら思い至った。



 この星は未だ惑星外生物との公式的な接触事例がないために、自分の存在を公表する所存はなし。同盟下の航宙艦が信号を拾いこの身の保護をしてもらうまではここで匿って欲しい。そう請うと言うよりも毅然と言い放ったナマエを受け入れてしまったのは、偏に彼女を一目見た時よりずっと身の内で大きな声を上げていた好奇心がゆえんで。
 受け入れた俺に満足そうに顔を綻ばせることもなく淡々と「ミスター・ダンデならばそう言ってくれると予想していた。こちらの解析は優秀であるからして」と、恐らく懐にしまった端末のことを指しているらしいナマエにそれを見せてくれと頼んでみると、案外あっさりとそれを触ることの許可を得られた。
 パッと見たところ、それはスマホを一回り縮小したような機械だ。この小型の端末でありとあらゆることが可能であると、ナマエは得意気な声音でもなくやはり淡々と、彼女にとってはただただ面白みもないのだろう既知の事実を述べる。紅茶の成分を分析したのは直接見たが、どうやら俺を分析したのもこれらしかった。母星において政府発信のニュースを受信するのもこれで、こうして異星人同士の言語を翻訳し理解できる音に変換しては耳に届け、難なく会話ができているのもこれのお陰らしい。そう説明を受けてみると、それはそれは便利な代物だ。
 ポケモンの言葉もわかるかと問えば、できるがそれはこの場ではできないという、なんとも意味が掴みづらい返答があった。

 こちらでは線引きが予測つかないが、機密情報に触れそうになればナマエは途端に口を噤んだ。前時代的人類たる俺達にはもたらしてはならない文明。ナマエはその都度抑揚無く口にした。
 とはいえ、実際にナマエと共同生活という名の保護の日々を送ってみると、それは存外悪くはないものであった。
 効率を優先するナマエは、俺の日常にとやかく口を出さなかった。特に、食事においては。人の前で食べ物を飲み込むように胃に納めると大抵顔を顰められたり注意を受けるのだが、彼女からは一切その素振りはなかった。
 ナマエにとっては、固形のものをそのままいちいちナイフとフォーク等を用いて、家族や知人と団欒でもしながら口に運ぶことなど非効率以外の何物でもない。食事の時間になるとAIが計算して自動で作る、その日その時必要な栄養素を混ぜあわせたペーストで体を満たすナマエ達の星からすれば、確かに俺達の営みは前時代的と呼べてしまうのかもしれない。それが時たま癪に障ることもあれど、基本的に俺の生活に肯定的なナマエを前にすると、そんな論争すら時間の無駄に思えた。
 ナマエはテレビや雑誌にも一切触れなかった。何せ、発信されている中身は忌むべき文化であるから。当然音楽もそうで、ネズの新曲をもらって部屋で流しているとこれでもかと眉を潜め、さっとナマエの部屋にした自室へ引っ込んでいく。元々テレビにも音楽にも傾倒する性質ではないから、家の中にそういう音を出さないようにすることに抵抗はなかったので、気遣う訳ではないけれど、自然と家の中から音が消えて行った。それに特段、不満もない。

 唯一困ったのはポケモン達の世話だ。目に入る場所で手持ちを出すと表情の起伏が基本的に乏しいナマエに似つかわしくないくらい、それはもう嫌そうな顔をするのだ。こればかりは譲歩できないので気にせずポケモン達と触れ合う他ないが、それにしたって、俺が世界で一番愛している存在を前にして、あんな顔するとは。
 ナマエの星にもポケモンがいないわけではないらしいが、バトルもしなければ特定の層にしかポケモンが与えられないらしい。特定の層とは、政府が選別したより良い国民を指すとのこと。定義はぼかされたが、要は上流層であろうとは察しがついた。男女交際も子供をつくることにも、政府に対して少なくはない許可や申請のプロセスが必要らしいその星においてはさもありなん、と言うべきか。
 しかし、異なる環境どころか異なる星のポケモンだ。興味がそそられないわけがなく、結構しつこく話を促してしまった。

「命とは、簡単に生み出してはならないものだ。命には責任が必ず付き纏う。我らは皆がより良い国民と言えるが、こと命においては特に慎重になるべきと考える。増え過ぎても、減り過ぎても問題が生じる。命を預かれるのは、より良い国民の中の更なるより良い国民であるべきだ。ポケモンにおいてもそれは同様」
「じゃあナマエは自分のポケモンを持ったことがないのか?」
「父が所持している。だが、許可を受けているのは父だけだ。私は触れたことがないし、ほとんど目にしたこともない」
「ボールや図鑑は?そういうのも持ってないか?」
「ボールという概念も存在しない。家の中の、許されたスペースに父のポケモンは置かれていた。図鑑とは、彼等のパーソナルデータのことか?それもまた関係者にしか所持を許されない物だ」
「野生のポケモンはいない?」
「人類と異なる生物を野放しにできるとでも?」
「……もったいないな」
「もったいない?」

 ポケモンの話になると、面白いくらいにその表情が動く。否定的な要素が散りばめられる類ではあるが、それにはなんだか得も言われぬ感情が生まれ、けれどそれの正体も名前もわからない。だから持て余すそれを今日も胸の中に秘め、常に瞳と平行する眉が弓なりになる様を、正面から見つめる。

「ポケモンに関わることこそ、ポケモンバトルこそ、世界で一番楽しいことなのに」

 ナマエとの生活はとても楽だ。効率を謳う日々は歓迎できる。余計なことは省いてしかるべき。だけどそれは、あくまでポケモンを最優先するためだ。唯一それだけは理解できないという顔をする彼女に、ポケモンと生きる素晴らしさだけは伝えたいと、その時初めて思った。どうかせめて、それだけは。



 手始めに普段はボックスに預けている比較的体の小さく大人しい性格のポケモンに触れてみるよう提案してみたが、ばっさりと断られてしまった。だけどめげない。少しでもポケモンに対するいい印象を与えたい。

「ナマエ。一緒に外を歩かないか」
「物資の調達か?」
「そうだな、そろそろ食品を買わないと」
「しかしミスター・ダンデ。貴方は普段、自分の携帯端末から物資の発注をしていたように思うが」
「……たまには自分で買いに行くのもいいかと思って。それに、君はほとんど外に出たことがないだろう。陽の光を浴びて外を歩いた方がいい。郷に入っては郷に従え。君の生きる文化を否定はしないが、少しはこの星の……いや、この地方の環境に触れてもいいんじゃないか。効率云々は抜きにして、歩いた方が健康的だ」
「なるほど。適度な運動か。体を動かすだけならばミスター・ダンデのマシンを使わせてもらえば事足りるが、陽の光を浴びる必要性はもっとも。この星の生活様式では家の中にいながら陽の光を身に浴びることは難しい。OK、お供しよう」

 いちいち大袈裟だなぁとは思うが、生きる星が違うのだから致し方ない。そう自分で納得し、数日前に通販で買い与えた服に着替えたナマエが、さっと支度を終えて俺の隣に並んだ。本当に、てきぱきと動けるものだ。
 外を歩く目的とは、実際は買い物ではない。買い物と銘打った手前どこかで食材は買わなくてはならないが、正しい目的はナマエに街の様子を見せるためだ。幸いここは活気あふれるシュートシティであるから、人の行き交いは頻繁で、そうとなればポケモンも同じ。人とポケモンの暮らしをその無機質・無感動な瞳に映してやりたい。触れようとしないならば、触れる必要なく安全な距離で見られる術で。

 ダンデと即座に見抜かれないようある程度頭部をカバーして家を出ると、ナマエの顔には「何故そんなことを?」と書かれているような気がしたが、敢えて黙っておいた。感情に疎く、テレビも見ず、バトルの価値や熱さを知らぬナマエには、まだガラルのチャンピオンというネームバリューが世間にどう効いているのかあまりわからないだろう。
 早速街中に出て、どうナマエが反応するか。わくわくとも不安ともつかない心地でいたが、意外や意外、キョロキョロと辺りを見渡している。落ち着けないだけとも思えるが、自分達で排除と制限してきたものに触れた瞬間の彼女の反応には、いたく関心があった。
 シュートシティは住民も多いが、観光客も多く訪れる。今やガラルの要とも言える地であり、生まれた場所がまったく異なる人間が一日数え切れぬ程に行き交う街。商業施設だって山ほど並んでいるのだ。人々の熱気を感じるにはもってこいの場所。

「大丈夫か?」
「……問題、ない」

 かしましい雑踏に入ると、わかりやすく萎縮している。俺についてきたことへの後悔が少なからず滲んではいたが、滅多なことでは動かない表情が動いているという早速の反応に少しばかり心が躍る。この街に限らず、この世界はナマエにとっては未知なる光景と言えるのだろう。彼女の話しぶりだと、彼女の星の人々がこうして好きに歩いて暮らしている生活とはどうしても思えなかった。耳に馴染んでいない音の奔流に気分を悪くしてしまうかもしれないと注意は向けていたが、今のところその気配は感じられない。
 ナマエの目には、それぞれの足の速さで道を往く人間達と、その隣にいるポケモンに向けられている。最早釘付けと言ってもいいだろう。

「何故、彼等はああしてポケモンと共に歩いているんだ」
「ポケモンが好きだからさ」
「ミスター・ダンデ、そういう感情論ではなく、正確な理由が欲しいのだが」
「正確も何も、それが全てさ。俺も、ポケモンが好きだから一緒にいるんだ」
「どうして、異なる種族たる生物と、衝突なく生きていける。人間同士でさえ手を取り合えない歴史があったというのに」
「ボールがその役割の一つだが……。ポケモンだって知性がある。性格がある。感情がある。意思疎通には時間が要るが、パートナーを信頼してくれているんだ」
「パートナー……配下にはせずに?」
「ポケモンを自分達よりも下等だなんて思っていない。生まれた時からポケモンはそういう存在だからいざ言葉にすると難しいが……、結局、やっぱり好きだから、に落ち着いてしまうな。特に俺達ポケモントレーナーにとってはかけがえのないパートナーだ。共に戦ってくれるのだから」
「……共に、戦う」

 いかにも「理解不能」といった顔に苦笑が漏れた。興味を持ってくれているのはわかるが、まだまだ理解には及ばない。生きてきた環境が全く違うのだから、急いても詮無い話。本当は今すぐ理解して欲しいけれど、こればかりは難しい。
 だけど、肌の色も顔の系統も言葉も全く異なる人たちと、ポケモンと擦れ違う度に一々びくっと肩を跳ねさせる様は、なんだかおかしくて、急にナマエをただの人間のように思えるのだから、今更な感覚である。最初からナマエは星が違えど、人間であるはずなのに。

 等々、ナマエにばかり注意を向けていたからかもしれない。

「ミスター・ダンデ、物資の調達所にはまだ着かないのか?」
「……いや、スーパーに、とっくに着いている頃なんだが」

 スーパーどころか家が一軒も見当たらない、ここは森の中。またやってしまった。

「もしや、道に迷って?だったら私の端末を使おう。周辺の地形図は既に登録済である……ミスター・ダンデ?」

 そんな機能俺のスマホにも入っている。別に、ナマエの文明機器に頼らずとも解決策はいくつかある。目的が目的なのでさっさと森を抜けるべきだ。それは、ようくわかっているが。

「もう少し、このまま歩かないか」
「この先が見通しにくい森の中を、あてどなく?」
「ああ」
「時間のロスに繋がる。非効率だ」
「そう、だけど」

 いざとなればリザードンに乗ればいい。だけどナマエは、絶対に嫌がるだろう。擦れ違うことにさえビクついていたのだから、面白い反応は得られるかもしれないが、もう少し慣れさせてからの方がいい。

「そういう気分なんだ」
「……貴方は、とても不可解な人間だ。普段は私と同じ意見を持ち、賛同することも多々あるのにも関わらず、こうして非効率な手段を選ぶことがある。貴方も非効率を厭うというのに。予測不能」
「人間なんて予測不能な生き物だろう」

 ナマエの星ではそうかもしれないが、この星に生きる人のほとんどは、そうじゃない。予測可能なことなんて、この世界にはありやしないのだ。


20201027