短編
- ナノ -


 それを愛と呼べるのか-1


※ダンデの父親をめちゃくちゃ捏造しています




 父が亡くなったらしいと聞かされても、そうか、なんて平淡な気持ちのまま母さんには答えた。よそで家庭も作っていたらしいがそちらともとっくに疎遠になっており、向こうの友人に囲まれて看取られたらしい。そこまで教えられてもあまり気持ちが揺れず、何しろ自分で自分の薄情ぶりに戸惑うというか、自分に対して戸惑うというのもまた可笑しな話で。
 ホップが母さんのお腹にいるとわかる前にガラルではないどこか遠くへ行ってしまったらしい父の顔は、もうほとんど覚えてはいない。全てが十歳にも満たない幼い頃の話だし、家の中では父の残像は綺麗にしまわれてしまっているから、自らの手で掘り起こさねば写真一つ見られやしなくて、ならば自ら進んでそうしたかと言えばそうでもなく。
 毎日遊んでもらった父がいなくなってしまったことは当時、素直に悲しかった。けれど家に帰らないことの意味がまだきちんと理解できない幼少期の頭では、その後妊娠がわかった後具合の優れない母の手伝いをすることの方が大事で、ホップが無事に産まれてからは弟の誕生に愛しさが募り、そちらに自分を当てることも多くて。ふとした瞬間にそういえば、と顔を思い出すこともあれど、寂しさがなかったかと言えば嘘になるが、父さんは、と誰かに聞けるような雰囲気でもなくて。

 父のことは好きだ。けれどこの世界は俺の一等好きなポケモンで溢れ返っているし、俺の人生はポケモンで構成されているのだし、最早遠くにいるであろう顔もぼやけた人間と家で俺のことを応援してくれている人間とで天秤に掛けたら、あっさり傾くのは俺の手が届く場所で応援してくれる家族だった。
 思い出の中でしか息をしない父の死を、静かに偲ぶくらいの気持ちはあるけれど、大きく膝から崩れ落ちて嘆き悲しむだとか、それ程までの激情には、残念と言うべきか苛まれなかった。
 ただ、たったの一つだけ、不意に思い出したことがある。ある日突然届いた差出人も書かれていないポストカード。見たことのない地の風景がプリントされたそれは宛先しか書かれておらず、けれどその字は紛れもない父のもので、どうしてだかあのメッセージの一文字もない薄い紙のことを思い浮かべた。


 父がどこで暮らしていたのか知りたいとも思わないまま時だけは過ぎて、此度リーグ委員長の就任に際してカントーとジョウトの間にあるリーグ本部にまで遥々と挨拶にやってきたわけだが、その後付き添いのスタッフと逸れてしまったのだから困り果てていた。ここが運の尽きか。などとくだらない諦念にも駆られる始末で。
 逸れたのはきっと俺の方だろうが、旅行ガイドでしか情報を得られていない異国の街中で立ち往生する俺は、きっと観光客の一人くらいにしか見られていない。体がこの地方の人間と比べてもかなり大柄であることと、恐らくは肌の色が正反対なので気軽に声も掛けてもらえないらしい。
 こんなことなら本部の案内に甘えてそのままホテルに連れて行ってもらえば良かった。でも俺は自分の足でこの地を歩いてみたかったのだ。滞在期間の後半に観光日は設けてあるが、もう早速初めて足を踏み入れたジョウトのポケモンと自分の足で遭遇したかった。今更数時間前の自身に恨み節を吐いても詮無いのだが、ここコガネシティの街中の往来ど真ん中で立ちつくしていると、少々頭痛がするというものだ。
 最悪なのがスマホのバッテリーも切れていること。これではスタッフと連絡も取れないし、街の人間にホテルまでの道を尋ねるため翻訳の機能も使えない。多少はジョウトの言葉も使えるが、下手くそな片言だから僅かばかり悩む。
 そうして、今頃半泣きかもしれないスタッフを思って申し訳なさに溜息を吐いたところに。

「わっ」
「とっ」

 突然背中に何かがぶつかり、それと同時に跳ね返る感覚。慌てて後ろを振り向けば、小柄な女性が地べたに尻もちをついていて、目をまん丸にして驚き露わな顔で俺のことを見上げていた。これは状況から察するに、俺にぶつかったその反動で後ろに倒れ込んだのだ。

「失礼、俺が立ち止まっていたから。怪我は?」
「え、と……“いいえ、平気です。すいません、こちらこそ余所見をしていたもので”」
「……!君、ガラル語が?」
「はい。もしかして、貴方はガラルの人?」
「そうだ」

 咄嗟の事で自国の言葉で話し掛けてしまったのだが、返って来たこの地では一切聞けなかった故郷の言葉に、つい目を瞠ってしまう。少々興奮して問うてみれば彼女はこくりと頷いてみせ、立ち上がろうとするので手を差し伸べると「ありがとうございます」と、一つ淑やかな笑みを浮かべたら俺の手をそっと取る。
 ――その瞬間、何故だろう。何故だか、得体の知れない何かが指先から生まれて、全身の末端まで走り抜けたような、そんな気がした。ジョウトに来てから時折好奇心の目で見られることも多々あった白くはない肌に、産毛立つ感覚。高揚とまではいかないが、少しずつ、少しずつ、心臓が波打つような、あまりに奇妙な。この世のあらゆる言語をかき集めたとして、はたしてうまく言葉で表せるのか自信がない、それくらいの。

「……あの、こんなこと初めて会った人にいきなり尋ねるのは、失礼かもしれないけど」

 不思議なものを生んだ手を重ねたまま、ぼんやりと可笑しな感覚に身を支配されて固まる俺に、立ち上がったのにも関わらず服に着いた薄い汚れを払う素振りもなく、彼女は少しだけ瞼を伏せて言い淀む。
 もしかしたら、彼女も同じなのではないかと思えた。憶測でありながらも、どこかで確信めいたものを感じられて。ここらで見かけるジョウトの人よりも僅かに白さの強い肌を薄く紅色に染めて、しかしそれは異性へと向けるそれとは別のような。
 触れた手の先から全身を駆け巡った得体の知れない何か。痺れるようでいて、決して不快ではないそれ。
 点と点が、たった今繋がって線になり、実像となったような。

「お名前をうか、」
「ダンデだ。君は?」
「……イリス」

 逸る気持ちがどうしても抑えきれずに問いかけに被せる形で先手を打ってしまったが、彼女は気を害した様子もなく、自分の名前を赤い唇で紡いだ後に、ダンデ、と、俺の名前を噛み締めるように数回呟いた。


  ◇◇


「ダンデさんは方向音痴なの?」
「……否定できる言葉がないな」

 ホテルの名を覚えていたお陰でこうしてイリスが道案内を買って出てくれたわけなのだが、並んで歩く二人の間には微妙な隙間が確かにも存在した。だけどそれはあまりにもどかしくて、自己紹介をし合った後にお互い急に我に返り、手を慌てて離したのが可笑しいと思えるくらい、どうしてだろう、今隣にいる相手に触れられないことをもどかしく思った。触れた瞬間の、あの、奇妙な感覚をきっと全部しっかりと覚えているからに違いなく、何も言わないがイリスもそれは同じであると妙に確信を持っていた。
 それこそ可笑しな話だった。偶然出会った初対面の異国の人間を、ものの数分と経たずに二人して意識し合っているのだから。それを男女の色恋に似た意識と捉えるにはどうにも違和感があり、けれどそれ以外にこの感覚をどう言い表していいのかもてんでわからず。
 ただ、頭何個分も下にあるイリスの手に、もう一度触れたくてしょうがなくて。あわよくば、彼女の肌に丁寧に触れてみたくて、どうしようもなくて。性的な欲求というよりも、手探りで何かを見つけたいような、これまた何とも言えない不可思議な感情。

「ダンデさんは観光でコガネシティに?」
「仕事で。ここには宿泊しか予定はないんだ」
「ジョウトにはどれくらいいるんですか?」
「一週間の予定なんだ。イリスはここに住んでいるのか?」
「そうです。生まれはアサギなんですが、仕事の都合でここに一人。ダンデさんは?ガラルのどこの生まれ?」
「ハロンタウンという小さな町だ。家では牧羊のウールーを飼っている」
「牧場?」
「そこまで大規模じゃないさ」
「アサギには牧場があるんです。モーモー牧場。向こうにいた頃は毎日おいしい牛乳を飲んでました」

 道中故郷の話が思いの外盛り上がり、二人の口は止まることを知らなかった。途中うっかりとイリスの隣から離脱しかける場面もあったけれど、彼女は最初こそ驚いたりしていたものの、すぐに「しょうがないなぁ」と穏やかに笑ってくれる。嫌がるでもなく、そうやって。土地に不慣れな人間だと思っているからかもしれないけれど、懐の広さと言うべきか、兎にも角にも彼女には大らかさもあって、ハキハキと喋る人間が多いコガネシティの中ではいささか浮いているようにも感じた。出身がこの街ではないからだと話の中でわかったが、この大らかさは何分嫌いではない。
 そうしてホテルの近くまでとうとうやって来た頃だ。ホテルの入口の前で顔を可哀想なくらい真っ青にしているスタッフが右往左往していたのが見えて、こちらも「あ」と冷や汗が出てきた。本当に申し訳ないが、彼のことをイリスと出会った瞬間から忘れていたのは紛れもない事実だった。
 右往左往してスマホを半泣きで睨むスタッフは、じきに距離もまだある俺と目が合い、ハッとした顔をした後にすぐさま「委員長―!」と大声で叫ぶのだから。

「もっ、どこにっ!どれだけ探したとっ!連絡も取れないでああでも無事で良かったですっ!!!」
「すまなかった、スマホのバッテリーが切れて……」
「あれだけ俺から離れないようにと注意をしたのに!まぁでもこうして合流できたのでもういいです……貴方の迷子癖はガラルの人間が皆知ることですし……ところでこちらの方は?」
「ここまで道案内をしてくれたんだ」
「そうなんですね!委員長をここまで送っていただきありがとうございました!」
「……委員長?」

 途端にイリスが不思議そうな顔で、スタッフと俺の顔を見比べる。そう言えばそんなことまでは話していなかったから何のことかと話についていけないのは当然だろう。

「ええ、この方は――」
「迷惑を掛けて申し訳なかった。それで、チェックインをお願いできるだろうか?」
「え?あ、ああ、そうですね。お疲れでしょうしお休みになられてください」

 スタッフにお願いすれば彼はすぐに了承してくれて、くるりと踵を返してホテルへと入っていく。イリスを見やればまだ不思議そうな顔をしていたから、それに少しだけ笑いつつ口を開く。下心とは呼ばないで欲しいが、似たり寄ったりではあるのだろう。

「連れてきてもらった礼をしたいんだが、この後ホテルのレストランで食事でもどうだ?もちろん奢りだ」
「え?」

 目を丸くするイリスは相変わらず不思議そうな顔のままで、きっと頭の中では未だに俺の肩書やらに気が向いているのだろうが、その話を続ける気はこちらにはなかった。さっき会ったばかりのイリスに肩書きの話をしたくはなくて――彼女の前では訳もなくハロンのダンデでいたくて。

「もう少し君と話がしたいんだ」
「……ごめんなさい。少し、用事が」
「……そうか」
「あのっ、……明日、なら」
「……!わかった、なら連絡先を教えてくれ」

 眉を下げ、まるで痛そうな顔をしながら断りを入れてくるものだから、それもまた不思議な光景だった。でも、本当は誘いに乗りたいのに、という気持ちが若干透けた拒否の後には続きが出てきたので、こちらの気落ちしかけた気持ちが現金なことに即座に上向く。
 番号を教え合い、また、と声を掛け合ってその場で別れようとした。だが名残惜しさが二人の間には漂っていて、しばしの間その場で馬鹿みたいにまごついていたのだが、ようやく二人揃って足が動けたのはスタッフが俺を呼びに来た時で、とうとう搾り出したような「それじゃあ」という声が、一体どちらから言い出したものだったか。
 弾かれたように背を向けたイリスの揺れる髪の一本一本までが、まだその艶やかさに触れてもいないのにこの上なく離しがたかった。


  ◇◇


 ホテルの部屋にてスマホでイリスと明日に落ち合う時間を決めたら、こんなにも気が急いて仕方なくなるとは。明日からは朝からバトル施設一連への視察が始まるので落ち合うのは夜になったらと決めたのに、早く早くと、まるで子供が駄々を捏ねるような衝動が自分の中に大きくある。バトル施設へ赴けることにはもちろん楽しみが強くあるし、何よりここまで遥々とやって来た目的の大半であるのに、その一方で明日の夜をもうこんなに待ち侘びている。
 ふと、自分の手が視界に入ってそれをじっと見つめる。あの時、得体の何かが生まれた、指先。今までに感じたことがない、奇怪な現象。
 だけど、今こうして一人で冷静になってみると、あの、手を重ね合った感覚を、感触を、どこかで感じたことがあるような気もしてきたのだ。いつか、どこかで。いや、そんなに遠い昔の話でもないような。だけど俺とイリスは正しく今日が初対面で、俺は今日までにガラルを出て異国を訪れたことはないし、イリスの方は知らないが、仮にかつてどこかで出会っていたとして、はたして俺が彼女を忘れるだろうかと、そうとだけはどうしても思えなかった。
 どちらにせよ、一秒でも早く、イリスと会いたい。会って、たくさん話をして。
 その時、物思いに耽る俺の頭を乱したのは偏に俺のスマホのせいである。鳴り響く着信音と、そして画面に表示される名前。呼吸もまた乱れたのは自然なことだ。
 イリス。その名前を目にしただけで、こんなにも体のあちこちが正常ではいられない。出会って少し話をしただけの女が、もうこんなにも、どうしてか。

「イリスか?どうしたんだ一体」
『……』

 応答して、しかし向こうからの言葉はない。息遣いは聞き取れるからしっかりとスマホを耳にあてているのはわかるのに。只事ではないと直感でわかった。数度「どうした」「何かあったか」「明日のことか?」と声を諭すように続けると、微かに口を開きかける音。口から呼吸に近い音を声に変換するために、大分時間を要している様子。背を向けるまで見せた、言い淀むかのような。

『……ダンデ、さん』
「ん?」

 ようやっと届いた声に、なるたけ優しく応える。けれどしかし、直後間髪入れないイリスの声が、完全に俺の頭を空白にした。

『会いたいの』

 息を呑んだ俺がわかるだろうに、イリスは続けた。

『おかしいとわかってる、わかってるんですっ、今日会ったばかりなのに、少し話をしただけなのに、明日の夜会おうって約束したのに……今すぐ、貴方に会いたいのっ、あいたくてあいたくて、どうしたらいいかわからなくて……っ』

 下手をすれば握ったスマホを壊していたかもしれない。それくらい自分の中で巻き上がる感情が、衝動が、みるみると張り詰めていって、いつ破裂するのかとおぞましい。

「……370だ。角の部屋。フロントには伝えておくから」

 今度はイリスの方が息を呑んだ。震えているのか、微かにそういう息遣いが漏れている。

「俺も、会いたい」




 イリスを部屋に迎え入れたと同時、部屋の扉が閉まり切るよりも早くその体を強く抱き寄せた。イリスの細い腕も背中に縋るように回って、これにてようやく互いの体温を知った。唇を寄せたのはどちらからなのかわからない。寄せるなんて生温い、求め合うというのが正しい表現かもしれない。寄せては離し、離しては食んで。するとどうだろう、世の中のこととか、自分の事とか、何もかも頭にはもうなくなった。ただ、目の前のイリスしかわからない。
 合わせた唇はとても柔らかくて、風呂を済ませたのか化粧も落ちて昼に見た時よりも幼く見えるのに、そこにいるのはどうしようもなく女だった。ジョウトの人間にしては少し鼻が高く肌も色白い。震える睫毛の下にある瞳が濡れた、俺のことしか見えていないかわいい女。

「……はぁ……、へんなの、私」
「んっ……、俺も、なんだ」
「ずっと、貴方のことが頭からはなれなくてっ」
「……俺も、君のことばかり考えていた」
「本当は用事なんかなくて、でもあのまま側にいたらだめな気がして……っ」
「でもこうして会いに来てくれた」

 明日を待ち切れなかったイリスが、己が、相手に触れたくてたまらなくて、どうしようもなくて。感情をうまく制御できないまま、唇を食む隙間で二人の身を突き動かす激情の吐露をし合って。性急に抱き締め合いながらお互いの顔を引き寄せあい、情熱的でいて、なのに酷く滑稽な行いのようで。正解なようで、間違いのようで。わからないまま、とにかく互いを強く強く求め合った。
 だけど、これだけは確かなのだ。イリスを抱いて、何度も何度も重なり合って、それが自分の世界にぴたりとはまり込んだような気がした。相性がいいなんて下世話な問題ではなく、何かをとうとう探り当てたような。まるで行き着いてしまったかのような。
 運命なんて、幻想的な単語が熱に侵される脳裏をちらついては燃えていく。でもこれをそんな言葉で簡単に済ませていいのかもわからない。それでいいような、そうではないような。一向に二律背反ばかりで、はっきりとした答えがどうしても出せない。
 だとしても、イリスをもう手放したくないと、本気で思ったのだ。

「アサギシティはね、港町なの。異国からやって来る人が毎日たくさん。色んな言葉が行き交ってとても賑やか」
「ハロンタウンは南部の外れの小さな町だ。住人は少ないが、のどかで牧歌的な町さ」
「ふふ、ゆっくりと生活できそう」
「そうだな。俺は小さな頃に出てしまったけれど、帰ると空気がのどかすぎて昼寝が長くなりがちなんだ」
「迷子でお寝坊さんなの?」

 俺の腕を枕にして、くすくすと、向き合って抱き締め合うイリスが笑う。身じろぐと髪がはらりと前へと落ちて素肌に流れたので、それを梳きながら戻してやる。擽ったそうに、でも嬉しそうにするイリスが、とにかく愛しくてたまらない。深夜も更けるいい時間まで無我夢中に求め合って、その後シャワーを浴びる時でさえ互いから終ぞ離れられなかった。出会えるまでにかかった年数をひたすらに埋めるように、ずっとそうしていることが幸せでたまらなくて。
 信じられないかもしれないけれど、初めて会った男とこうしてすぐに寝るような女じゃない。それにこんなにあられもなく男の元へやってきたこともない。そう最中に涙ながらに否定しては、余計に俺の荒々しい衝動を煽るのだ。

「大きかったり小さかったり、色も形も様々な船を見るのは結構楽しかった。父もそうしてやって来たって。船に乗ってやって来た人」
「もしかして、ガラルから?」
「そう。私はジョウトとガラルのハーフ」
「だからガラル語が話せるんだな」
「家の中でしか使わなかったけどね」

 体で求め合うことを終えたら、ベッドの中で延々と話を続けた。抱き締め合って、手を握り合って、時々唇を啄みながら。さっきまで激情にまみれるまま睦みあっていたのに、それでもまだ足らない。こうして人間同士らしくちゃんと言葉でも睦みあうのだ。

「ならガラルのことは詳しい?」
「ううん、それほど。父はあんまり故郷の話をしなかった」
「そうなのか」

 残念なような、良かったような。知っていて欲しい気持ちと、俺がこれから教えてやれる喜び。いつまでたっても二律背反から逃れられない。

「仕事は?何をしているんだ?」
「自分の仕事は教えてくれないのに?」
「……歳は?」
「誤魔化し方が下手くそなんだね」

 ふはっと笑った後素直に歳を教えてくれた。俺よりも三つ下。歳下だと思ったと言えば、何それ、とまた笑う。また愛しさがどんどん募る。ベッドで婀娜な顔をしていたのと打って変わって無邪気に笑って見せるイリスが、明確に歳下だとわかったせいなのか殊更可愛く思えて、別に歳が同じだろうと上だろうと関係ないが、こんなにも際限なく愛しくて。
 堪え切れずにまた唇を食んだら、食み返された。ちゅっと戯れの音を鳴らして、目が合ったら同時にくすくすと笑い合う。
 本当にどうしてなのか。惚れた腫れたの単純明快な話ではやはり早々に片付けられない。遺伝子というか、細胞というか、本能というか。俺の全てが余すことなく、何にも抗えない程にイリスを求めていた。


20210218