短編
- ナノ -


 たとえこの世界を愛せなくても


 別に、あのままあの家で息絶えても良かったんだ。もってあと数十年。ようやくそういう待ち望んでいた予感を覚えることができたから。
 一人で死ぬつもりだった。もう誰にも覚えられていない、存在を認知されていない私には、孤独こそ必要なものだった。人の営みに入れない私は、そうあるべきで。だからあんな森の奥深くに家を建てて、人が寄りつかないようにしてきたのに。
 なのに、お前が来てしまったから。お前が何度も何度も、やって来るから。どれだけ追い返そうとしても、どれだけ憎まれ口を叩いても、お前が少しも懲りた様子を見せなかったから。屈託ない笑顔を向けてくれて、無邪気に名前を呼んでくれるから。定期的に名前を変えてきたからそれは私の本当の名前ではないし、本当の名前なんてもう思い出せないけれど、お前に呼んでもらえるその名前を、いつしか失い難いと、思うようになっていて。
 誰にも知られず死のうと思っていた。もう、誰かと関わるのはこりごりで、看取るのだってこりごりで、だからひっそりといつかくる自分の死を待っていたのに。
 馬鹿な話だ。私はお前に私の死を晒したくないと思ったんだ。何も知らないと思っていたから、いつものように呑気に訪れたお前が前触れなく私の遺体を発見したらと、そういう心配を覚えるようになってしまった。何も知らないと思っていたお前が、突然私の死に直面した時、お前が悲しむんじゃないかなんて、そんなことを。
 悲しんでもらえるのは、悼んでもらえるのは、本来なら悪いことではないのだろう。私だってかつては誰かに死を惜しんでほしかった。でも私は、一番どうしようもないことでお前を傷つけたくなかったんだ。自惚れかもしれなくとも、あれだけ言ったのに、お前が何年も私の元から絶対に離れようとしないから。
 誰とも違った超理論には呆れ返ったけれど、でも、まだまだ側を望んでもらえることが、こんなにも嬉しいことなんだって、ようやく思い出したような気がした。世界に愛されるお前の望む通り、私はお前と同じくらいに死ねるのだと、信じてもいいと馬鹿みたいに思えて。
 とりあえず、まだこの地に留まってやろうと決めた。だから、お前の我儘でそうするんだからあの家のネット環境揃え直すの手伝えよ。ゲームもまた新しいの始めるから、絶対に登録して育てて私の代わりにボスに突貫しろ、クソガキ。