短編
- ナノ -


 かわいい人


「ジニアくん」
「……」
「ジニアくーん、こっち向いてよ」

 広いけどちょっぴり薄い背中にぴったり張り付いて、つんつんと頬を後ろからつついてみたけれど、ジニアくんは頑なにこっちを向いてくれない。ほう、反抗的、と目を細めた。様子を見ていた感じまだ寝たわけではないから、これはただの聞こえないふりだ。無視って言い方をするのは自分で傷つくが、行動だけ見ればそうとも言えちゃう。だから、わざと声を震わせながら、おでこだけ縋るみたいに背中にくっつけた。なにせむっとしていないわけではないのである。

「ひどいや……終わった途端無視するんだ……」
「っちがいます!」
「無視してるもん……もう気持ちが冷めちゃったんだ……それとも、がっかりさせちゃったかな」
「そんなことありません!!」

 ぐるっと、慌ててこっちに向き直ったジニアくんに、えへ、とぎこちなく笑って、ぎゅって抱きついた。がっかりしたわけじゃないんだって少し安心する。抱きついた、あんまり筋肉がない体は胸板も立派ではないけれど、あったかくて、好きな人の体だからこんなにも嬉しくなる。さっきまでこの体に包まれていたのだと、また恋しくなって胸の奥が柔らかに締まる感覚。
 でも無視してたんだよなって、結局面倒くさい女を飼い殺しておけず、胸板に頬を寄せたままぼやかずにはいられない。

「よくなかった……?」
「……い、え」
「ほんとに?」
「ただその……」
「その?」

 すりすり頬を擦り付けながら、敢えて互いの顔を見えないようにした。ジニアくんはしっかり相手の目を見ながら話をしてくれる人だけど、言いにくそうなことは直接顔が見えない方が言いやすいかと思って。少なくとも私はそうだから。

「は、……」
「?」
「はず、かしくて、ぇ」

 ぼそぼそとこぼされた告白に、私はにまっと笑っちゃうのを堪えられなかった。なんだ、そっか。恥ずかしくなっちゃったんだ。さっきまで汗を垂らしながら、時折我慢できずに声を漏らして私の上に乗っかってたのに。ぎこちないながらも、たくさん私にキスしてくれたのに。私達の初めてだったもんね。なんだ、そっか。良くなかったわけじゃなくて、終わったから疲れてもう寝たいとかでもなくて。なんだ、そっかぁ。
 くふくふと声をとうとう漏らしてしまうと、ジニアくんは急に泣きそうな声で「ええ!?笑ってますう!?」と叫んだ。それからあわあわと巣をつつかれたように落ち着かなくなる。ぺた、と大きな掌で私の肩を抱いたと思えば、次の瞬間には弾かれたように手を離して、でもくっつけたそうにはしてる。許可なく触ってもいいのかまたわからなくなっていて、多分私に幻滅されたかも、なんて焦っているのかもしれない。妙なとこで男っぽさとか、意外とそういう陳腐で曖昧なものを気にしているらしい。かわいいね、私のジニアくん。