短編
- ナノ -


 鉢植え


 鉢植えの花を買った。緑の葉っぱと小さな黄色い花のついたやつ。棚の上にも飾れるくらいの大きさ。
 最早半同棲状態のダンデの家に合鍵で入ったら、鉢植えを並べるスペースにそれも置いた。彩よりも鉢植えを置くことに意味があるので、あまりバランスとかは考えていない。ダンデは多忙のせいか、それとも花に興味がさほどないためか、あまり水をやっていないようだから私が全部に水をやる。コダック型の如雨露も私が買ってきたものだ。そういえば、唯一コダックの顔だけは楽しそうに見つめていたや。
 増えた鉢植えに対してダンデは全く文句を言わない。増えたなぁ、くらいしか感想はないようだった。それに覚える妙な感情は、安堵のようで、焦燥のようで、自分では言葉にしづらさがある。へんてこりんなアンビバレントとの付き合いはもうそれなりに長い方だが、それくらい私がダンデと共にいることにもなるのだ。

 ダンデはシュートシティの家について関心がほとんどない。ローズ委員長が拠点になるようにと子供の頃に用意してくれたらしい此処は、ダンデに安心はもたらしてくれなかったようで、初めて招かれた際はその殺風景に驚いてしまった。物に興味がないのかと思いきや、帽子だとかポケモンの研究書なんかは集めて大事にしている。キャンプ道具にもこだわりがあって、せっかくの家を空けてワイルドエリアでポケモン達とよくキャンプしていたらしい。だから、ダンデが興味を抱かないのは集めたものをしまう家具だったり内装だったり。食事もこだわりがないから、ある意味淡白なのかもしれなかった。
 だけど、ポケモンとバトルに対してだけはその眼差しを大きく変化させる。ダンデの生きる意味そのもののような、生き甲斐でありながら呼吸するのと同義なような。でも、言い換えればそれ以外に興味の矛先が中々向かない。
 私を側に置いてくれるようになっても、根っからの部分は変わりやしなかった。愛してくれるのに、薄い何かを間に感じる。チャンピオンとして家を空けがちなダンデは、かろうじて残している私の家に来たとしてもあまり変わらない。夜が明ければダンデは、大衆が求めるチャンピオンとして歩いていってしまう。
 だからこそ、私は鉢植えをダンデの家に置いていく。一つ置いたらすぐに二つ目を。もう一つ。またもう一つ。そうして、今やベランダだけに置ききれなくなって、広い部屋の中の一スペースまでもらうようになってしまった。物に頓着しないダンデは当たり前のように鉢植えにも関心を向けず、寧ろ鉢植え以外にもレイアウトを私に任せてしまう。それがたまらなく虚しいのは、本当は嘘じゃなかった。

 愛されていると思う。でも、どこをどういう風に説明すればその証明と足るのかは、自分ではわからなかった。言葉だとか、贈り物だとかでそういうのは基準になるのかもしれない。誕生日を忘れられたこともない、だけど、どうしてか、胸を張って愛されていると言えないのは、自分でも不可解だった。
 鉢植えを置くようになったのは、いつからか正体のわからない不安に苛まれるようになったからだ。彩を殺風景な家にそえてやろうと思って置くようにしたわけではなく、ただ、花瓶に生ける花よりも鉢植えであることが重要だった。ダンデは全くその意図に気付かぬまま、増えたなぁ、などと、呑気に笑うばかり。それに安堵したり、余計に不安に陥ったり。

「また買ってきたのか?」
「うん。かわいいでしょ」
「君は本当に花が好きだな」

 一応帰ってくるダンデは、増えた鉢植えを見てやはり呑気に笑っていた。ダンデにとってはこれは全て私の趣味としか目に映らないらしい。結局人の気持ちにどこか鈍感なダンデは、私が抱える形もあやふやなもやなど気付けない。でも、気付かれたらきっと困るのは私だ。
 ポケモンもバトルもダンデの生きる意味そのものだ。私が愛されていないわけでもない。ダンデから切り離せないものを切り離したら、それは愛するダンデではなくなってしまうのに。ただ、もう少しこの家で一緒にいたいだけ。きっと、もう少しだけ私を向いてほしいだけのこと。馬鹿だな私は。