短編
- ナノ -


 勝てば官軍


 性欲が強い程出世しやすいらしい。統計学で数字が出ているのか眉唾なのか怪しいネットの情報を目を眇めながらスクロールする。下世話な文字の羅列を目で追うことも最早慣れてしまった。

「出たぜ!」

 バスルームから飛び出てきた、出世といえばそうとも言えなくないダンデがにこにこと笑いながら私にアピールする。スマホを置いて、コンセントに一番近い場所へ座るよう促すと、うきうきと表情を弾ませながら言う通りに座ってくれる。ダンデの髪を乾かすのがいつの間にか私の役割になってしまっていた。ご機嫌なダンデは――大抵私の前ではそうしているのだが――鼻歌でも歌いだしそうなくらい、子供のように嬉しそうにしている。それに、妙なこそばゆさと、一抹の不満が首を擡げる。
 私の指が髪を梳かし、頭皮を擽ることにいつだって満悦するダンデは、今日あったことを楽しそうに話してくれる。それに相槌を打ちつつ話を拾う私。端から見れば微笑ましい光景と思われるのかもしれない。こういう穏やかな時間が、別に嫌いではなかった。けれども、人は欲をかく生き物であるということも、ここのところは痛感せざるを得ない。

「おやすみイリス」

 乾かし終えて、手を繋ぎながらベッドに入り、私を抱きしめて健やかな寝息を立て始めたダンデは、本当に安心しきっていた。強すぎず弱すぎず、私が簡単に腕から抜けないように、でも必要な時はきちんと抜けられるように。適度な力加減で私を腕に抱いたダンデは、こうしないと安眠が出来ないのだと昔眉を下げて私に吐露した。以降、都合がつく限りは私の家にやって来て、私の家でご飯を食べて、私の家で体を洗って、私の家で眠りに就く。ガラル中にその存在を知られるダンデには、五体を無心で投げ出せる程の安住の地が少ない。その、少ない安住の地に選ばれたのが私。昔馴染みだという点も大きく作用しているのだと思う。ダンデを好きな人は世界にごまんといるのだから、そんな中で私を選んでくれたことに喜びは確かにあった。
 でも、不満が胸を痺れさせていることも、残念ながら事実だった。


  ◇◇


 カップル特集、と謳う番組は早々に消した。下ネタばかりの前回を思い出して余計に気が滅入った。別に潔癖症で、そういう話が苦になる性質ではないのだが、カップルとイコールでさも当然のように結び付けていることに腹立たしさがあった。
 いや、違うかもしれない。これは腹立たしさであるかもしれないが、どちらかといえば、嫉妬なのだと思う。羨ましいのだ、私は世の恋人達が。

「イリス!出たぜ!」

 リプレイみたいだ。昨日はダンデが家に来なかったので、一昨日の繰り返し。ご飯は食べたがゆっくり眠りたいというダンデのためにシャワーを貸して、私が髪を乾かしてやったら同じ布団で健やかな眠りに就くのだ。私を安眠道具のように抱きしめ、そうして安全な世界へ落ちていく。
 一昨日と同じ位置にダンデを座らせてから、長くて豊かな髪にドライヤーを当てた。私の指が掠めるのが気持ちいのか、少しばかり覗いたダンデの顔は緩み切っている。メディアやファンの前では絶対に見せない、安堵しきった顔である。それに優越は否めない。ダンデにこんな顔をさせられるのは、きっと私だけ。家族の前でも兄という役割に徹するダンデの、心からありのままでいられるのは、世界中を探しても私だけ。それだけで満足できた時期もあったけれど、二度目になるが人間は欲をかく生き物なのだ。

「ねえ」
「ん?」
「私のこと、好き?」

 ダンデが態勢を変える姿勢を見せたので、ドライヤーを止めた。体ごと振り向いて正面に座り直したダンデは、とびきり頬を持ち上げて、甘ったるく瞳を細めながら。

「ああ、好きだぜ」

 厳かな愛だった。表情の細かな動きからも、声音の端々からも、蜜を煮詰めたような甘い私への愛は胸が締まるくらいに感じられる。それにほっと胸を撫で下ろす私と、それだけなのかと不満を垂らす私が生まれる。それが無意識に顔に出てしまったのか、微かにダンデが狼狽えた。不安そうに私を見つめ、イリス?と呼びかけてくる。

「ダンデはさぁ、私のこと、好きなんだよね」
「っ好きだぜ、ずうっとイリスが好きだ。愛してる」
「じゃあ抱いてよ」

 私の態度から何かを感じ取り、とうとう本気で戸惑い始めたダンデが、必死に私に好きだと口にしてくれる。愛している。それも何度も聞いた。でも、ダンデはそれだけだ。それしか、私に与えない。

「………………え?」

 たっぷりと間を置いてからやっと口から零したのがそれだけである。絶句して目を見開き、口をあんぐりと開けたまま固まるダンデの手をそうっと包んで、すり、と手の甲を撫でた。瞬間弾かれたようにダンデの肩が跳ねる。明らかに動揺している。それに胸がずきりと軋んで、泣きそうになった。

「好きなら抱いて。ちゃんと私を欲しがってよ」
「どっ、どど、どうしたんだ、イリスっ、急に」
「急にじゃない!前から思ってた!」

 臆面もなく恥じらいもなく。けれど臆している場合でもない程、私はもう大分前からじりじりとしてきたわけだ。
 ダンデは私に触れようとはしない。正確には、裸には。スキンシップ程度に触れ合いはしても、飯事みたいに健全な範疇でしかない。精々キス止まりで、しかもそれすらほとんどされたことはない。長い付き合いの中で、たったの数回だ。ダンデが好きだと言ってくれてからは確かに数年でしかないけれど、その間私達に深い付き合いは一切ない。それを、ただ大事にされているからと納得できるような純粋な人間ではなかった。

「初めはね、ああ大切にされてるんだなぁとか単純に思ってたよ。でもさぁ、もうこうして一緒にいるようになってから何年経ったの?」
「お、落ち着け、イリス」
「落ち着いてるよ。落ち着いてるから、ちゃんと話し合いたいの」

 何度もこれって付き合っているのかと言えるのかと悩んだものだ。好きだって言ってくれて、愛してるって言ってもらえている。私も、ダンデが好き。ご飯も一緒に食べるし、一緒に眠るし、買い物も遊びにも行く。忙しい合間を縫って私を楽しませようとしてくれるダンデの気遣いも知っている。最初こそそれでとても幸せだったし、少ないからこそキスをしてくれた時は天にも昇りそうになった。
 それが、段々とどうしてもっとキスをしてくれないのかと不思議がるようになってからというもの。転げ落ちるように、健全な触れ合いに微睡むのを嗤うかのような不安が私の足を躓かせるのだ。キスも、唇以外には結構してくれるのに。頭や額。手の甲や手首。けれどその瞳はいつも凪いで、穏やかで、火を灯しているようにはどうしても見えなかった。求められているのだと、実感できなかった。

「みんな、セックスしてる」
「せっ」
「ダンデは私が好きで、私もダンデが好き。でもキスでお終い。そのキスもほとんどしてくれない。……ほんとに、私のこと、好きなのって、思っちゃうんだよ」

 女としての魅力がないのかと研究を重ねて、いやらしくない範囲でメイクや服も変えてみたし、思い切って胸を押し付けてみたり、わざと目の前で着替えをしてみたり。色々とモーションはかけたが、どれもこれもが空振りだったのだから項垂れるというものだ。着替えの時なんかはなんでもない話をしながらさり気無く目を逸らしてしまった。まさか機能していない……?と下世話な勘繰りをしてみたこともあったが、朝起きて一番に生理的な機能をしているのを見たこともある。恐る恐るつついてみれば唸っていたし、全くだめではない筈。
 何より、私は知っているのだ。私に好きだと告げてくれる以前。私ではない女と、関係を持っていたことを。それはそういう生業の人だったようだが、だとすれば男としてやはりできているといっていいだろう。

「す、きだっ!本当だ!こんなにも愛して、」
「じゃあ抱けよ!」
「言い方!恥じらいを持つんだ!」
「そういう問題じゃない!」

 普段は私の何から何まで肯定してくれるくせに。今更、何が恥じらいだ。そんなのとっくに通り越しているのだこちらは。

「好きなら、触ってよぉ……」

 欲求不満と言われてもこれでは否定できないかもしれないが、決してそういう訳ではない。ただもっと確証が欲しいのだ。ダンデに愛されている実感が、もっともっと欲しい。愛とセックスはイコールではないかもしれないが、今の私はそれが安心材料になる。穏やかな愛は心地いい。だけど、いつからか熱が欲しくなってしまった。もっと貪欲に私を愛して欲しい。そうなると抱かれないことに不安を覚えたって仕方ないでしょう。
 一方でこんなことを喚く自分に情けなさも格好悪さも覚えている。触れられないのなら、そこまでの存在なのだってことを、自分で認めたくないのだ。

「…………」

 少しの間沈黙が下りる。ダンデは冷や汗をかいて、顔を赤くしたり青くしたりさっきから忙しない。けれど私がずびっと鼻を鳴らすと、呼応するようにびくっと肩を揺らした。恐々と私の頬に手を伸ばして、擽ってくれる。こういう触れ方はしてくれるのになぁ、なんて。
 そうして、また緩やかな触れ合いに涙を呑んでいると。口火を切ったダンデは、本当に言い辛そうに、しかし覚悟を決めたように、ぽつりと。

「……でき、ないんだ」
「はぁ?」

 頬を撫でていた手が、自分の顔を隠すように覆った。私は何を言われたのかすぐには理解できなくて、腹の底から声を震わせた。

「できない、んだ。イリスに、そんなこと、おれは」
「意味わかんない。どういうこと?……は、うわき」
「違う!それだけは絶対にありえない!俺にはもうイリスだけだ!……だからこそ、できなくて」

 同時にショックを受けていた。しないじゃなくて、できない。私を相手にセックスはできない。まだ理由は聞いていないけれど、その衝撃たるや。手足が急速に冷えていって、ぎゅうっと胃が縮こまって、ぶわっと涙が溢れてくる。気付いたダンデがまた慌てて私に手を伸ばしたが、咄嗟にそれを振り払った。瞬間傷付いた顔をするダンデに、傷付けられたのは私だと言ってやりたかったのに、嗚咽のせいでろくに言葉は出てこない。
 女としては、見れないってことなのかな、やっぱり。一緒に居過ぎると恋愛感情が薄れてきて、家族愛に変わったり、興味を失くすって体験談は数えきれないくらいに読んだ。私とダンデも幼少からの付き合いなのだし、性的には求められないということなのか。

「――イリスは、神聖なんだ」

 けれど。見兼ねて、観念したのか。頭を垂れて、自分の頭を抱えながら、搾りだすようなダンデの声。怯えるように体を丸めながら、ついに胸の内を吐露できることへの僅かな解放。それがまるで、教会で神に罪を告白するかのような雰囲気を醸している。
 はあ?とまた腹から震えて、その時ばかりは涙が引っ込んだ。



 私は、ダンデにとって神聖なものらしい。
 始まりはまだハロンタウンで伸び伸びと子供時代を過ごしていた頃。初めて名前を教え合ったあの日、私の笑みを前に幼いダンデは言い知れない感情を抱いたらしい。頭の天辺から足の先までを一気に突き抜けていった、稲妻のように激しく、しかし母の胸に抱かれるときのような軽やかで満ち足りた心地。相反する衝動に幼いダンデは暫し陶然としたらしい。私を前にすると飛び散らんばかりに心臓が動きを速めるが、同時に穏やかな呼吸を肺からできることに気が付いた。特にチャンピオンとなってからはそれが顕著だったようだ。私の側でなら呼吸がしやすくて、お腹から満足を得られる。物理的ではなく心理的なもの。そうしてようやく、感情に名前をつけたらしい。これこそが愛なのだ、と。

「そこからなんで神聖になるの?」
「絶対に汚したくないんだ」

 はい?と首を傾げて胡乱な目をすると、床に座り込んで、あたかも許しを乞うように私を見やるダンデが、もごもごと口を開いては閉じて、やがて私の視線に押し負けたように。

「汚したくないんだ」
「意味わかんない……」

 同じ言葉を、今度はかなり真剣に言い切られてしまった。呆れに息を吐くも、今度はダンデも動じない。段々と開き直ったように、少しずつ丸めていた背を伸ばして、ぐ、と膝の上で拳を握った。

「イリスは綺麗だ。小さな頃からそれは何度も痛感した。イリスの空気はいつでも澄んでいて、安らげる。聖域のようなものなんだ。だから、俺が土足で踏み荒らすのは気が咎める」
「何それ、処女だからってこと?」
「だから恥じらいを持ってくれ!」

 誰のせいで今まで純潔を余儀なくされてきたのだと。しかしその真っ赤な表情から鑑みるに処女信仰をしているわけでもなさそうだ。ますます理解ができないと眉を潜めるが、白状したことでいよいよ開き直ってしまったのか、見たこともないうっとり顔で、その目尻を垂らして私を見つめている。そのまま、壊れ物でも扱うかのように、恭しく私の手を取って、本当に硝子細工でも撫でるかのようにさすり始めた。

「滑らかで、いい匂いがして、柔らかくて……。花畑や新雪に足を落とすのは躊躇うものだろ?イリスは、俺が簡単に踏みにじってはいけない存在なんだ」
「性欲が私にだけ向かないんじゃなくて?」
「恥じらい」
「……童貞じゃないくせに」
「なっ!」

 石像のように固まった間抜けなダンデは、何故知っているのかと笑ってしまいそうなくらい驚愕している。どうやらローズ委員長から見かねてすすめられたことらしい。何故知っているのかと問われれば、詳細は省くが前提として私は純粋でもなんでもない女なのだ。好きな男の情報を把握するためには手は抜かない。まぁ、小さな頃から私にそんなピュアな感情を抱いていたとはさすがにわからなかったけれど。

「勃ったとこも見たことあるし、枯れてるわけじゃないでしょ」
「たっ、かっ、」
「私以外の女とセックスしたことあるくせに。……やっぱ、今もまだ」
「だから違う!それだけはない!たっ、しかに、その、過去に堪えきれなくなって発散したことは否定しないけど……でもイリスと思いを通わせてからは全くない!誓って!」

 その辺はそうなのだろうなとは思っているけれど、言っていることとやっていることがどうもちぐはぐな気がしてならず、じと目でいると半泣きでいかに私を好きなのか語り始めてしまった。聞いているこちらが羞恥心を抱く程に、それはもう美化されて神話のように語られる私に、これはあれかな、遊び人が本命相手には強く出られないみたいな、そういう類なのかなと薄っすら。ダンデは遊び人とまではいかないだろうが、私が好きすぎるからこそ神聖化してしまったとか、私にはぴんとこないが、要はそういうことなのかもしれない。

「そういうの、いいから」
「よくない!」
「神聖とか聖域とか言われても困るんだけど。私、純情でも何でもないし」
「俺にとっては汚したくない存在なんだ」
「ダンデに抱かれるとこ妄想する女が?」

 くわっと、ダンデの目が見開いた。妙なところで素直というか。今までが鉄のようだったせいでそれくらいでも脈ありなのかと思えてしまう。ありがたい兆しに、ならば追撃をしようと頭を回した矢先、ダンデがハッと我に返ってぶるぶると首を振った。舌打ちしかける。一歩遅かった、理性的で私を神聖視するダンデに戻ってしまった。

「……俺は、イリスが思っている程できた男じゃない。自分で手を汚したわけではないが、人の醜悪はそれなりに見て触れてきた。イリスは、そういうことをわからないままで、一切触れない所にいてほしいんだ」
「じゃあ付き合わなければよかったのに。酷いよ。好きだって、愛してるって言うだけで。これじゃあ飼い殺しだ。普段は私の我儘なんでも聞いてくれるのに」
「最初はそのつもりだったんだ。遠いところで、綺麗なままでいてほしくて。だから、他の女性と、その」
「セックスしましたと」
「こら!……でも、他を知れば知る程、イリスが恋しくなるばかりだったよ。どれだけイリスが大事で、綺麗で、美しいか思い知るだけだった。余計に、側にいてほしくなって」
「現在私に生殺しを強いていると」
「くぅっ……!いい加減怒るぜ……!」

 私が夜を匂わす発言をするとダンデの反応が可笑しくなるから、少しずつ面白くなってきた。それに、今ならこのまま押し切れそうな期待が沸いてくる。今までは直接的に迫らなかったから鉄の防御をされてきたが、案外私が裸で跨ればいけるのでは?そう脳内でシミュレーションしてみて、妄想なのでうまく事が運ばれて私達に祝福の鐘が鳴り響く。この調子で行ってしまえとゴーサインを勝手に出して、私の手を包んでいるダンデの手に、片手をゆっくりと乗せた。

「……ねえ、私が、いいって言ってるんだよ?」

 わざと下から覗き込んで、目を潤ませながら口をほんの少しだけ開けてあどけなさを演出してから、小首を傾げてみせる。ダンデの睫毛が震えていた。ぎゅう、と唇が結ばれる。そんなに私のことが好きだって豪語するのなら、聖域だなんだと言っていないでさっさと鉄など溶かしてしまえばいいのに。

「ダンデは私が好きで、私もダンデが好き。なんでだめなの?」
「だからっ、イリスは神聖で、」
「じゃあ本当に神聖なもの足り得るのか、ダンデが確かめてよ」

 包まれていた手を解いて、胸元まで引いた。大きな手が行きついた柔らかさに蝋でも塗られたように固まるが、ごくりと喉が動いたのは見逃さない。なんだ、やっぱり抑え込んできただけではないかと確信がいった。聖域、神聖。御大層な言葉で飾って、実際そんな風に思っていたとしても、鉄の下に仕込んだ本音にはちゃんと欲が孕まれている。それがやっとわかったからか、私の体もどんどん熱くなってくる。ただ、好きな人に触られて嬉しいだけの女だ、私は。

「好き。大好きダンデ。ダンデだけだよ。触っていいのはダンデだけ。ダンデだから、私の心も体も、全部あげる」

 食いしばっている唇に、ちゅ、ちゅ、と優しくキスをした。私からキスをするのは初めてだからどきどきとしたが、ダンデの肌が色付いてくるのが嬉しくて、何度も繰り返した。これしか知らないから戯れみたいな児戯しかできないけれど、その先はダンデから貰えばいいだけの話だから。

「ダンデ……、すき」

 最後の一押しに、しっかりと目と目を合わせて、目尻を下げてとびきり甘く伝える。いつもならすっ飛ばすドラマの情事前シーンを数日前に見ていてよかったと自画自賛である。再現度が高かった賜物か、開きっぱなしで瞬きも忘れていたダンデの瞳が、微かに緩んできた。より一層胸にダンデの手を押しつける。震えているダンデの体が、一際揺れた。鼻から漏れる息がどこか荒っぽい。蝋が溶けたのか、ダンデの手が本当に、一ミリくらいだが、自分から私の胸に触れた。
 これは勝った。勝ったのだとうとう。さあ私が忍ばせている渾身の勝負下着を吟味してくれと、もう一度キスを試みて。

「や、」
「や?」
「やっぱりだめだッ!!」
「はあああああああ!?」

 がばっ、と私から勢いよく離れて距離をとったと思えば、床に額を押しつけながらまるで自分を守るように丸くなってしまったではないか。なんだそれ、とぽかぽかその背中を殴っても、物理的なダメージが通るわけがない。ダンデと私の体の厚さは雲泥の差であるのだ。

「このっ!この!せっかくいい感じだったのに!素直になれ!いいから抱け!ここまで言わせて恥ずかしくないの!」
「だめだ!俺には汚せない!」
「〜〜〜〜!!この×××!×××!」
「イリスの口からそんな言葉聞きたくないぜ!!」
「神聖視するなら全部壊してやるまで!!これから毎日迫ってやる!寝ててもひん剥いてやる!これからは安眠できると思うな!」
「やめてくれ!!」

 ――かくして、私とダンデの壮絶なイエスノー戦争は幕を開けたのだった。
 もう私は退かない。絶対抱かせる。ダンデ、覚悟しろ。


20231114