短編
- ナノ -


 されど独占欲


 色街に興味があるなどと言うものだから、思い切り肩に噛み痕を残してやった。そうでなくとも引く手数多の色男だ、牽制にもこれしきでは満たないかもしれないけれど、割かし綺麗に赤い痕は仕上がったので大層満足である。
 同時に、何故そんな詮ないことを自らしでかしたのか甚だ疑問であった。はて、牽制とは。痕などつけてどうするというの。あれは私のものでもなく、私もまたあれのものではないのに。あんな、何かの証明のような鮮やかさなど生み出してしまうとは、私は私の考えがとんとわからない。

「こりゃあ暫く誰にもみせらんねえな」

 鏡面で肩にくっきりと浮かぶ赤い痕を眺めていたセキが、言葉とは裏腹に大して困っていないような口振りで笑った。独り占めしている掛け布団で身をくるみながら、どう返事をしたものかと、私の方が困る始末でこちらも笑えてくる。

「にしても、アンタの口は他よりもちっせぇや」

 何が可笑しいのか微かに上がる口角の矛先は、言わずもがな私のつけてしまった噛み痕であり、けれど妙な含みが今しがたの言葉の中にあったような気がして、思わず眉をしかめてしまった。ほかよりも、とは。あれは私のものではないので別にどこの誰と比べようと構いやしないが、不愉快にもやたら耳に余韻が残った。

「……もっと大きな口の女を知っているんだ」
「ああ、ヨネなんかそりゃあもうでけぇ口で食もんにかぶりつくぜ」

 今の返しが誤魔化しの類いなのか、はたまたそもそも私が邪推しただけだったのか、こちらは露知らず。わかるほどの関係を築いてきた自覚もない。
 しかし要領の得ない顔つきをしていたらしく、セキは一度首を傾げて考える素振りを見せたあと、髪を後ろにかきあげて流しながらにたりと笑う。それがあまりに悪戯気というか、性質が悪そうと言うか。ともかく私にとって良いものとは思えなくて、また一つ眉を潜めてしまった。

「おめえ、案外女々しいのな。いんや、こういうのは可愛げと言うべきか」
「どういう意味」
「俺は嬉しいけどなあ、こういうの」
「だからなんなの」

 回りくどい言い方を敢えてしているので、私にはセキの言っていることがうまく理解できない。でもセキは自分だけ正解を得たような余裕で笑うばかりで、それ以上優しく言葉を砕いてはくれなかった。ただ、機嫌良さそうに布団の中の私へすり寄ってきて、横たわりながら私の腰をするすると撫でる。身動ぎしたが私の力ではセキの腕には到底敵わぬことだ。

「安心しろよ、色街があったとして、俺はおめえからは離れまいよ」
「……興味があると言った口でよくもまぁそんなことを。流石は色男だこと。それに、別に私から離れようと構いやしないのに」
「どの道こんなくっきりつけられちゃあ、おいそれと脱げねえけどよ」

 現状のヒスイに色街ができることはないだろうし、よその色街が丸ごと移ってくることも不可能だろうから、事実意味のないことばかり褥の中で話したけれど。でも、少なくとも数日はよそで肩を出せないはず。そう思うと胸がすっとするようでいて、何だかもやつく感覚がある。本当にどうして、あんなに思い切り噛みついてしまったのだろう。

「なぁ」
「なに」
「もう一個くらいつけてもいいぜ?」
「……悪趣味」
「おめえほどじゃねえって」

 何もない更地の肩を見せつけるように私に差し出しながら、反対の手は私の口の大きさを、自身の掌で覆い隠しながらゆっくり撫でている。次いで私の頭に手は伸ばされた。くしゃりと髪を混ぜながら細くなった瞳が私を見ているのが、少しばかり、体を焦れさせる。不思議なものだ、あの目が今私に注がれていることを、喜ばしく思うなんて。

「……やっとおめえの心が見えてきたな」

 囁くような声音が、妙にくすぐったかった。