短編
- ナノ -


 やさしいひと


「君はやさしいな」

 眉をほんのり下げながら控えめに笑って、そうのたまうダンデの目の端っこに軽く吸い付いた。乾いたそこには何もないけれど、確かに私はそこから吸いとった。誰にも見せられない透明な気持ちは、私が全部飲み干してあげる。

「優しくて、でも他の人のように易しくはない」

 イメージ通りに振る舞ってさえいれば他人の扱いには苦労しないだろう。そうして懐柔して、自分の本音をなかったことにするから透明な気持ちを昇華も浄化もできず、隠して殺そうとする。少なくとも、王の冠を戴く間は。

 だから私が全部吸いとって、腹の中で持っていてあげよう。
 私を抱き締める温かみに愛おしさを感じて、薄く笑ったあと尚も唇を滑らせると、少しだけこそばゆそうに顔を崩す。泣けない男。泣くことすら許されなくて、許せなくなって、心だけで泣いてきた。ガラルのチャンピオンという役割と責務で自分を固めて、顔でしか笑えなくなった。でも吸いとってやると、こうして微かにも頬が動いて変化が訪れてくれる。今はそれで十分だ。

「本当に……やさしい人だ」
「違うよ。私がやさしい人なんじゃない、やさしくしてるだけ」
「違うものなのか?」
「遠からず近からずって感じ。私はダンデだからやさしくしたいだけだよ。だから、やさしい人とはちょっと違う」
「君は時々難しくなるな」
「いや?」
「いいや、そういうのは嫌いじゃないぜ」

 よかった、と唇で返事すると、徐々にダンデの顔が柔らかくなっていった。私のなかに透明な気持ちを移した分、ダンデは軽くなれる。でも私は重たくは決してならない。だって、私の中に入るものは透明だから。
 吸いとって、飲み干すのを終えたら、頭を抱き抱えて胸の中に閉じ込めた。人の温もりはどうしようもなく安心できる。ダンデの生きている音も直接伝わってくるから、嬉しくて頭の後ろをゆっくりと、何度も何度も撫でた。

「大好きだよ。世界で一番、ダンデがすき」
「……ああ」

 返事は別にそれで構わなかった。肯定も否定も要らない。私の中には、絶対に他にはさらけ出せない、透明さがあるから。泣くたくなったら、私が息を吹きこんであげるよ。