短編
- ナノ -


 面倒なんて言ってる場合じゃないぞ


 お腹空いたけど作るのは面倒だから何か総菜でも、と不意に思いついたので家の前までもう来ていたが、そこから一番近いスーパーまで引き返すことにした。面倒だが今日はご飯を食べたい気分なので仕方なく、とぼとぼと暗い道を進む。多分冷蔵庫の中はろくなものが入っていないのだ。

「ねぇ、さっきのダンデだよね?」
「随分と楽しそうに買い物してたね……結構量あったし、誰か来るんじゃない?……彼女?」
「え〜!?」

 カゴを持って総菜コーナーまで寄り道せず向かっている途中、店員達の話し声が聞こえたのでぴたりと止まった。そのまま聞き耳を立てて、もっと詳しく、というのも具体的に何を買って何を作りそうなのか教えてくれ、と期待して耳を澄ましていたが、彼女達は想像上の恋人を妄想するのに忙しいようで、具体的な詳細は何も教えてはくれなかった。
 ただ、どうやら食材を買い込んでいたのは確かなようなので、総菜コーナーからは足を引いた。総菜は要らないので適当に飲み物やお菓子だけ買っていこう。本当なら何も買わなくても良かったが、何も買わないですぐに出て行くのはちょっとばかし気が引けただけである。それに、ささやかでもお礼はあっても困らないだろう。にしても、大分前にいそいそと帰る姿を見送ったのだが、このためだったかと。呆れはしないがやっぱりあまりに可笑しな人だなぁとは思った。


 道を往復して家に着く頃にはもうすっかりと体力が尽きていて、階段を上っていると息切れしてきた。エレベーターは顔見知りではない住人が待っていたから乗り合わせたくなかったのだが、女の人だったし素直に乗れば良かった。でもあまり見知らぬ他人と一緒にいたくないからそうしたものの、こうして息切れしてしまうと無意味な後悔に襲われるというものだ。
 やっとの思いで自分の部屋の前まで来た時には完全にゼェハァと息が乱れ切って、汗がダラダラと零れていた。隣の部屋の人とかとすれ違いませんように、と祈りながら上ってきたが、この夜中に階段をわざわざ使うような馬鹿は私くらいだったようなのでまったくもって要らない祈りだった。
 鍵、だけど鞄を漁るのは面倒。そうぼんやりとしていると、ガチャっと鍵が勝手に開く音がしたから、気付いてくれたかと力が抜けた。中で待っていることは外から明かりが見えたからわかりきっていたので、自分で動くのは面倒だしどうにか他人の力で入れてほしかった。ありがたい。

「おかえり」
「……ただいまです」
「ほらおいで、疲れただろう」

 中から現れたダンデは、とびきりの甘いスマイルで私に腕を広げた。倒れ込むように迎え入れてもらったら、当然のように抱っこされた。エプロンをつけて髪を一つに結った、私の家の中でのみ見られる姿、らしい。
 ソファまで、と思ったが先に手洗いうがいしなさい、とママみたいなことを言って、ダンデはいつも私を洗面所へと直行させる。そもそも抱っこされているから自分の意志ではどこにも行けなくなっているから大人しく従うしかない。
 そういえばビニール袋を提げたままだったのだが、それは抱っこされる直前に攫われていった。中を見たダンデに「またこんなものばっかり買って」と窘められてしまったので、チョコはあげますよ、と言うと、これまた嬉しそうに破顔していた。スーパーのチョコで喜ぶなんてとは思うが、以前も同じやり取りをした際に教えてもらったのは、曰く「私が気に掛けてくれるのが嬉しいからチョコがどうとかではない」とのこと。

 石鹸で手を洗い、がらがらぺっ、という一連の様をダンデはすぐ後ろで監視して、水滴がうざったいと手をぶんぶん振っていたら「行儀が悪いことはしない」と窘められてしまった。後ろから被さられて手を再び蛇口の下に置かれ、固定される。泡立てが甘い、とダンデの手が丹念に指の腹も爪の中までも動き回り、手首までしっかりと泡で擦られている間に眠くなってきた。あくびをしていると、ふふ、みたいに笑われた。泡を流したら用意してくれていたタオルでしっかりと水を取ってから、もう一度抱っこされる。鍛えられた男の体によって移動中も安定していた。

「ほら、すぐご飯持ってくるから。まだ寝ないでくれよ」
「……」
「こら、目を開けて。ほら、これをあげよう。それで遊んでいてくれ」

 どこからか見つけたのかルービックキューブを渡されて、あたしゃガキか、とは思いつつもこういうのは好きなのですぐにいじり始めてしまった。最早反射のようなものである。というか、このルービックキューブ一週間前くらいに失くしたと思っていたのだが、ここで登場したということはダンデが掃除してくれたお陰で晴れて発見と至ったらしい。
 真剣に面を揃えだした私にダンデは満足そうに笑い、キッチンへと向かった。元々美味しそうな匂いが充満していたが、温めることによってその匂いが濃くなってくる。ぐぅ、と腹の虫が騒ぎ始めた。なんだか久々にこの音を聞いた。適当につまむ時にはこんな音立てないが、ダンデが用意してくれる時はいつも鳴る。これも最早反射のようなものかもしれない。
 しかし集中できたのは僅かな時間だけで、何せすぐにルービックキューブは完成させてしまえたので、目的を完遂したことで一気にやる気を失った。私はこういうことが昔から得意なのである。意味がなくなったキューブを放ってソファでぐったりしていると睡魔に再び襲われたので、抗うことなく瞼を閉じた矢先、いつの間にか目の前にまで来ていたダンデに「こら」と怒られた。

「寝るのは飯を食って、体を洗ってからだぞ」
「食いたいが眠い……風呂は面倒……」
「大丈夫、俺が洗ってやるからな。ほら、冷めない内にお食べ」
「食いたいが面倒……動きたくない……けど仕方ない……」

 動き出す覚悟を決めてから、のそりと体を起こした。やっとの思いで座り直し、テーブルに並べられた数々の料理に向き合う。ビーフシチューに、バケットに、温野菜のサラダに。サラダの器を引き寄せてもそもそと食べ始めると、隣に座ったダンデがにこにことしながらそれを観賞している。

「ちっちゃい口だなぁ。ドレッシングついてるぞ」
「ん」
「今日のシチューは自信作なんだ。いい肉も買えた」

 さっきのスーパーではいい肉を買ったらしい。ダンデはもう済ませたのか、手持無沙汰だろうにじっと私の食べる様を眺めて、そして楽しそうに笑っている。いつもこうだ。私が食べ物を口にしている様を見るのが好きらしい。特に自分の作った物。私が食事を取っているのを直接見ることで安心も出来るし、何より自分の作った物を食べる私が好きらしい。おいしい、とかめったに言えないのに物好きなことだ。
 けれど体力など虫の息なので、とても好きな味でうまいうまいと頭の中で繰り返してはいても、段々とスプーンを口に運ぶことすら億劫になってきたところで、それに目敏く気付いたダンデにあっさりとスプーンを奪われた。ほら、とシチューを掬ったスプーンを口元に運んでくれて、あ、と口を開くと当たり前に入れてくれる。噛んで飲み込むタイミングを見計らってもう一度。ほんとにあたしゃガキか、とはやはり思ったが、面倒極まりないことは極まりないので大人しく運ばれるがままに黙々と口に入れた。会話がないのは、ダンデが私が飲み込む様を眺めることに集中しているせいだ。いつもいつも、呆れもせず怒りもせず、本当に物好きな男だ。

「よし、ちゃんと全部食べられたな。偉いぞ」

 締めに口の端をティッシュで拭ってくれて、これで今日の夕飯は終了である。満腹過ぎて余計に体の力が入らなくなってしまったが、構わずダンデはさっさと私の風呂の用意をして、服を一枚一枚脱がせ始めた。我がアパートは脱衣所などないので、ここで全て準備しないといけない。
 最初の頃は若干の抵抗をした覚えもあるが、最早慣れたことなので何も思うことはなかった。鼻歌でも歌いそうなダンデは丁寧に私を裸にしたら、ぐったりとしているせいと満腹なせいでちょっとばかし膨れたお腹を見て、目を細めて笑った。

「かわいいな」

 それはちょっと嬉しくない。


 自分も裸になったダンデに抱えられて風呂場に連れていかれると、さっそく温めたシャワーを掛けられて少しばかり頭が晴れた。でも動くのは面倒なのでバスタブの中で体育座りしていると、ダンデはまた丁寧にクレンジングを始めた。昔は適当に安いクレンジングシートを買っていたが、肌に負担がかかるぞ、などと言っていつの間にやら自分で好きなクレンジングを始め化粧品を持ってきた。俺がいない日もちゃんとやるんだぞなんてお言葉と一緒に。肌負担とかよくそんなこと知っているなぁと感心したが、どうやら私の為に調べたらしい。そんなことを思い出しているとダンデが頭を洗いだした。その指先があまりに心地よいのでまたあくびすると、ふふ、とまた笑われた。奇妙なことに、私が堕落しているととことん喜ぶ男だった。
 トリートメントまでしっかりしてもらったら、体の隅々まで丹念に洗ってくれる。胸や太腿の内側を擦る際には鳥肌も立つが、真剣に泡を塗りたくってくる顔には色気も欲も何もなく、恐らくはポケモンのトリミングでもしている気分なのかもしれない。風呂に限ったことではなく、食事も、服を着せる時も。一時は、元よりわかってはいたがそんなにも女の魅力がなかったか、とらしくもなく慄いたが、面倒なのは嫌いなのでこれはこれで構わない。微睡んでいる間に全部終わってしまうなら喜ぶべきだろう。

 髪までご丁寧に乾かしてくれたダンデは、もちろん下着もパジャマも着せてくれたし、歯磨きも手伝ってくれた。私がしゃこしゃこ、とのんびりやっていると、やはり後ろで見ていたダンデが「奥まで磨いてないだろ」と言い出して私の手から歯ブラシを奪った。でもそれは少し苦手だから咄嗟に奪い返そうとしたが、がっしりとした腕に固定されてしまったら体力が羽虫同然の私では虚しいだけだし、暴れると歯ブラシが喉の奥に刺さってしまう可能性もあるから、こうなるといつも白旗を上げるしかない。
 人の手で口の中をいじられると、どうしてかくすぐったくてたまらなかった。本当に小さな子供の頃はママに歯を磨いてもらっていたが、こうして大人になってもみれば、どうしてこんなに他人の手を介するとぞわぞわとするのだろうと不思議になってくる。首の裏や背筋がぞわっとするのは苦手だ。でもそんな私の些細な反応さえ楽しそうに見てくるから得も言われぬものに襲われる。少しばかり我慢すればいいだけだから、ここは好きにさせておくのが吉だ。

「口、大きく開けて」
「あー」
「よし、奥までしっかりと磨けた」

 この前バトルタワーで、タマゴから最近孵ったキバゴにも同じこと言っていたなと思い出した。



 さぁもう寝るだけだ、という寸前に「明日の準備は?」と確認されたので、明日、とぼやいた。明日の朝やればいいし、それに関してはいつも漏れがないことをダンデもわかっているから、それ以上喧しくは言わない。変なところで引きがいい男だ。
 またも抱っこをされてベッドへと向かった。余談だが朝までは散らかりきっていた寝室はきちんと掃除がされていて、脱ぎ捨てていたものは帰ったときには既に洗濯されていた。リビングに積もっていた埃もなくなっていたし、完璧な掃除スキルである。私と出会う前のチャンピオン時代は掃除も料理もてんでダメだったらしいが、そんなことを感じさせない良く出来た腕である。どうやらやり始めたら楽しくなったらしく、こだわりだって持ってしまったらしい。まぁきっかけは酒の場の後に体力がそこで尽きて、虫の息になった私を送り届けるためにダンデがこの家に入ったことなのだが。

「狭いんだからもう少しこっちにおいで」
「狭くてすいませんね……」
「そういう意味じゃないさ。ほら」

 当たり前にベッドに潜り込んだダンデは、私を引き寄せて正面から抱きすくめると、至極満足そうな息を吐いた。ダンデの体はあまりにぬくいから包まれてしまえば途端に頭がとろんとしてきて、同じシャンプーの匂いを間近で嗅いでいると余計に頭が空っぽになる。人肌がこんなに心地よいなんてダンデのお陰で初めて知れた。

「おやすみ。よい夢を」
「夢……夢を見るのは眠りが浅いからと言われていましたが、近年の研究でそうではないと明らかになりました。レム・ノンレム睡眠では夢の濃淡が異なり、睡眠の質をあげることが重要と言われ」
「ここでスイッチ入るのか」

 可笑しそうに笑うダンデは、もうやめなさい、とでも言いたげに額に一つ優しいキスをくれた後、ぽんぽんと私の背中を一定間隔で叩きだした。すると不思議なことにまた脳が静かになってくる。ダンデは人を寝かしつけるのがうまい。昔弟にもよくこうしていたんだ、と朗らかに笑っていた。

「おやすみ。また明日」

 魔法の言葉のようなそれに、あっさりと私の意識は落ちた。


  ◇◇


 別々のタクシーに乗ってバトルタワーに出勤すると、ダンデは既に皆に挨拶を始めていて、私は背を正してそれに続いた。

「おはようございます」
「おはようイリス。よく眠れたか?」
「はい」

 朝一も同じことを訊いたくせに。そう思っても決して私の口からそれが出ることはない。
 二人でダンデの執務室に入り、ダンデは自身のデスクに着いたので早速今日のスケジュールを読み上げた。その間ダンデは随分とにこにことしている。これもまたいつも通りの反応である。

「なぁ」
「はい?何か間違っていました?」
「そろそろ下着は買い替えた方が良いと思うんだ。昨日君が履いていたパンツは糸が少し出ていたし、せっかくだから俺が新しいのを買うよ」
「……結構です」
「どうせ面倒がって自分で買わないだろう」
「下着まで買ってもらうのはちょっと」
「俺達の仲だ、今更だろう?それにイリスのモノを選ぶのはとても楽しい」

 俺達の仲だも何も、私達は付き合ってすらいないのだが。互いの裸は見てしまったが、ただそれだけのこと。こう言ってはなんだがいつもいつも勝手に私の部屋に入ってあれこれと世話を焼いてくれるだけで、うまく言いくるめられて合鍵を渡してしまった私も悪いが、それ以上もそれ以下もない。何度も思ったが私は介護もしくはベビーポケモンの面倒を見ているのと同等と考えているし、あくまでダンデは私の上司なのできつく言えないだけなのだが。
 などと言い訳をいくら並べたところで、一人だと何をするのも億劫で面倒な私をこうして生き永らえさせてくれるのは、正直なところありがたいのだけれど。ダンデが私の生活ぶりを見るまでは食事はとらないことも日常茶飯事だったし、お腹が空けば最低限のものは胃に入れるが、買い物も作るのも面倒なので本当に適当にしていた。掃除洗濯が面倒なのは言わずもがなで、散らかっていようと気にならないので平気で過ごせる。洗濯が間に合わなければ仕方なく外に出て服を買う。仕事となればいくらでも出来るし集中も難しくないが、それが終わるともう駄目だった。そうしてある日、飲みの席でうっかり酔ってしまい、ダンデに送られたことが全ての始まりである。

『仕事場ではぴんと背を伸ばして、みんなに頼られててきぱきとなんでもこなす一見完璧なイリスの、あんなだらけきった生活、そのギャップが凄くキたんだ』

 そう堂々とのたまい、見られちまった、でも面倒だし仕事に差し支えなければよかろうと楽観的だった私に、翌朝ダンデが言い放った言葉だ。
 それ以降私の為に掃除洗濯を覚え、料理も研究し、数日置きに私の家で待ち構えては私の生命維持をしてくれるようになった。まるで甲斐甲斐しい男のようだが、俺がいないと死んじゃいそうだな、とどこか幸せそうに笑っていたダンデをようく覚えている。確かにな、と簡単に納得してしまった自分も。仕事上ならいくらでも出来るが、かろうじて生きていただけで実際の私生活は色々とギリギリな毎日だったし、どうせ片付けても片付けなくても変わらんとずっと自堕落な意識だった。

「楽しみだなぁ。君は淡い色よりも原色に近い色の方が似合うから、色味がはっきりしたものの方がいい。気力があれば一緒に見に行くか?」
「……サイズは」
「それも今更な話だろう?」

 含みありげな顔で笑うダンデは、もう私の下着を買いに行くことを決めてしまったらしい。今更も何も、貴方が洗濯してくれているからサイズがバレていてももう驚かないですよ。
 それを恥じらいもしない私にも問題があるのだろうが。

「……いやでもやっぱり、そういうのはちょっと」
「ちょっと?」
「その……色々とありがたいですが、本当に感謝していますが、やっぱりあれこれ振り返ってみると……私に問題があるのは重々理解していますけど、上司にそこまでしてもらうのはなんというか……」
「もうただの上司じゃないだろ?」
「そうは言っても……」
「じゃあ、もう俺なしでイリスは生きていけるのか?」

 そりゃあ生きていける、と瞬時に思った。だってダンデの世話を貰うようになるまでは一人で生きてこられたのだ。面倒だけどなんとか。ダンデに色々としてもらうようになったのはこの数ヶ月のことだし、自分が生きてきた年数の何十分の一である。それはただ元に戻るだけの話で。

「……」

 元に戻るだけ。面倒だけど掃除と洗濯をギリギリのところでやって、服が散らかっていようが気にならないし、食事はとりたいときにとればいい。料理は面倒だから買ってくるだけだし、その買い物も面倒だがネットショッピングもあるし、それを受け取るために時間を作るのも面倒だが、致し方ない、それが何年もしてきた生き方。時々買い物を面倒がって食べるものがなくなって動けなくなったりもしたが、仕事中だけ体力がもって、真面目にこなしてお金が貰えればいい。友達はほとんどいないし恋人なんてもってのほかだが、結婚したい相手もいないし特には。
 だから、ダンデの面倒がなくたって。

「……」

 たったの数ヶ月だったが、その数ヶ月がどんなものだったかを思い出してみると、急に遠くを見据えたくなった。
 ――……私、本当に元の生活に戻れる?

「俺がイリスの食事を作るのも、掃除も洗濯も、買い物も、風呂も、クローゼットを整理するのも、空気の入れ替えをするのも。よれよれになった服も下着も新調して、化粧水がなくなったら補充して。そのスーツだってクリーニングに出して引き取ったのは俺だし、その下の下着も洗濯したのは俺だ。それが突然全部なくなっても、イリスは今まで通り生きていけるか?」
「……」
「素直に俺の手を借りたいと言えば、これからは毎日イリスの面倒を見よう。……昨日のシチューはうまかったか?ルーもこだわって手作りしたんだ。俺しか作れない」
「シチュー……」
「貯金も存分にある。名誉もある。そしてとても甲斐甲斐しい。暴力は絶対にしない。イリスの自堕落なスタイルすら可愛く思える。あまりにいい条件だと思わないか?」
「条件…………まぁ」
「じゃあ決まりだな!そうとなれば二人で住んだ方が色々と都合がいいな!ああイリスの荷物は俺がまとめて、送る手続きもするから安心してくれ、俺がまとめたほうが早いだろ」
「はい。…………送る?」
「楽しみだなぁ!これから毎日、一日中ずっと、イリスと一緒にいられるんだから。ああ、下着はやっぱり俺が買うからな!記念がてら」
「きねん」

 自堕落極まり切った自分の生き方とここ数ヶ月の快適だった生活をつい比べてしまっていると、何故か話が変わっていて固まってしまったのだが、確かに面倒を見てもらうならば一緒に暮らした方がダンデはさぞ便利だろう、と遅れて理解した。わくわくとしているダンデは、今にも飛び出していきそうだったので慌てて今日のスケジュールをもう一度確認した。

「仕事中は君の方がしっかりしているのに、家に帰った途端逆転するんだから、たまらないぜ」

 話の途中でそんなことを頬杖つきながら言って私に笑っていたが、優先は今日の仕事なので、何より面倒だから何も言わなかった。


20220105