短編
- ナノ -


 俺だけで十分だろ


「私もポケモン育ててみたいな」

 そう漠然と口にしたら、ダンデはパッと顔を輝かせて、私に突進する勢いでやって来たので、どうどうと手を突き出して諫める。でもその手をぎゅっと握り締めて「育てよう!」と鼻息荒くするものだから、どうどうは全くきいていなかった。

「イリスは初心者だから懐きやすくて言うことをきいてくれやすいポケモンがいいだろう!進化前のポケモンの、ああタマゴから孵化すると一等愛着が持てるし懐いてくれるぞ!そうだヒトカゲはどうだ!?まだ孵化させていないタマゴがあるからイリスに」
「とまれ!」

 太陽に成り変われるんじゃなかろうかと見紛うほどの笑顔で、矢継ぎ早な提案に圧されて段々と背中が仰け反ってきてもダンデの勢いは全く衰えない。もう無理倒れる、という限界を迎えたので大声で叫んだことで少しばかりダンデは前のめりだった体を引いてくれたが、その喜色満面は何も曇らない。まるで初めてポケモンを腕に抱いたかのような、童心たっぷりのそれだ。
 眉を顰める私に気が付いたら、今度はへにょりと眉尻を下げられてしまった。う、と私も狼狽える。

「ヒトカゲは嫌だったか?」
「そうじゃないって」

 待った、を掛けられた理由がそれだってダンデの中ではなっているらしい。リザードンもポケモンも大好きなのはわかるが、時々こうして思考が偏るのはダンデの特徴でもあるけれど、こんなに悲しそうな顔をされると私の方が悪いことを言っているみたいで少し嫌だ。

「ダンデのおススメは聞きたいけど、ダンデはバトル重視だから、私はきっと合わないよ」
「そんなことないぞ!確かにバトルを見据えるに越したことはないけど、生活の面で助けてくれるポケモンはたくさんいる!バトルは一切しないで一緒に暮らすだけの人もいるし」

 確かにそれはそうで、私の住む家だって人間とポケモンが共に建ててくれたものだ。そもそも建築会社はどこもポケモンありきで作業を組むし、列車の組み立てだって野菜を育てるにしたってポケモンの力は欠かせない。家で飼うだけの人だっているし、私達の人生とポケモンは切っても切り離せない。実際ダンデの家にはバトルをしないチョロネコもいるのだから、ちゃんとダンデもわかっているようなのでほんの少し胸を撫で下ろした。これでバトルバトルバトル、と詰め寄られたらたまったものじゃない。

「嬉しいな、イリスがポケモンに興味を持ってくれて」
「なかったわけじゃないよ。ただほら、現実問題お金もかかるし」
「命を預かるわけだから、ちゃんと責任もな」
「もちろん」

 なんだか私よりもダンデの方がわくわくとしていて、あれこれと飼いやすいポケモンの解説を再び始めてしまった。あのポケモンは性格によってまるで変わるから初心者ならおとなしい個体の方がいいとか、あのポケモンは体は小さいけど力が強いから少し注意がいるとか。保険や予防接種エトセトラ。さすがはチャンピオン、隅から隅まで知っているなと。

「ん〜……迷う」
「迷うのも楽しいだろう」
「そうだね……あ、でもオスがいいかなぁ!」
「…………あ?」

 少しの間の後、隣のダンデがあまりにも低い声を出したものだから、ぎょっとしてそちらを向くと、不服不満全開顔があってどうしたのかと目を丸めた。心なしか目が据わっている気がして、どうしたんだとぶんぶん掌を翳してみると、がしり、そりゃあもう力強くその手を握られてしまった。

「なんで、オス?」
「え……なんか、オスの方が甘えたらしいから?」
「そんなことはない確かにそういう種類もいるだろうけど基本的に性格によって行動も変わってくるし、甘える甘えないはポケモンそれぞれだし性別によってどうこういうものじゃない、育つ環境やトレーナーによっても変わるだろうから進化のことで選ぶならまだしもそんな理由ならオスかメスか決めるようなことでは」
「こわいこわいこわい!」

 また変なスイッチが入ってしまったらしく怒涛の勢いに、また体を引こうとしたものの手が握られてしまっているので後退できる分は決まっていたし、あろうことか私が体だけでも引くとダンデも体をぐいぐいと寄せてくるので、最終的にはソファの端っこにほとんど押し倒されるような形ができあがってしまった。けれどダンデの顔はずっと真剣そのもので、目はぎらぎらとしていて、別に食ってやろうという魂胆は透けてみえないがつつくとまた暴走してしまいそうで、うっかりと口が開けない。

「メスにしよう」
「……いや別に、強いこだわりはないので、はい」
「楽しみだな、メスのポケモン」
「そ、そうだね……」

 本当はオスのポケモンとべたべたしてみたかったし、性別関係なくお風呂も入りたかったし一緒に寝たかったけれど、ここで馬鹿正直に暴露するのはまた地獄を見るような気がしたので飲み込んだ。友達がオスのポケモンを彼氏同然のように扱っていて、ふとした時の顔がイケメンと頬を染めていたし、その生活があまりに楽しそうだったのでなんとなくオスがいいのかと思っていただけだから性別も絶対、というわけではない。でもダンデだってメスのポケモンいるくせに、とも怖いので言えない。

「オスはダメだ、オスは」
「はい……」

 か細い返事をしてしまったが、ダンデは満足できたのか据わっていた目を元に戻して、にっこりと笑った。そのまま私のみぞおちの辺りにそっと頭を下ろして、私に抱き着くようにした。ダンデの甘えたいときのサインだ。
 全力で伸し掛かられると私の体もたまったものではないから、ダンデも力加減を弁えているので苦しくはない。だからすんなりと手がダンデの頭に伸びていったし、ダンデも嬉しそうに顔を擦りつけてくる。時々びっくりするくらい子供みたいになる男だ。お兄ちゃんだし長年チャンピオンしているし、中々甘えることも難しい上に甘えられる人間もそうそういないのだろう。

「何にしようか、イリスのポケモン」
「私が育てるんだから、最後に決めるのは私だからね」
「わかっているさ。でも早く見たいな、君のメスのポケモン」

 メス、をやけに強調してくるから、完全に曲がった臍が治ったわけではないらしい。でもこの臍曲がりを見ていると、昔近所の老夫婦が世話していた大型のポケモンをつい思い出してしまった。ウィンディだったが、老夫婦を本当の親のように慕っているのかいつも側にいたし、時々甘えるように顔を擦り付けて、撫でてもらって嬉しそうにしていたのを覚えている。
 そういえばダンデのリザードンも時折私に顔を擦り付けて甘えてくることがある。決まってダンデが席を外している間のことだが、膝の上に頭を乗っけてきて、目で撫でろと訴えてくる。あのバトルではおっかない顔をするリザードンが、とやけに感動したし、ダンデの側にいてもいい人間として認められているんだと痛感できたから、心の底から嬉しくてどうしようもなかった。今のダンデのように腹の辺りに顎を乗せてくることもあるし、トレーナーは親と言われることも多いのだから、親子で似てくるものなのだろうか。

「……そうだね、メスねメス。だってこ〜〜〜んなにでっかいオスがいるんだから、それで事足りるよね」

 あまりに似ているものだからけたけた笑っていると、のそりと埋めていた腹から顔だけ上げたダンデは、目をぱちくりとさせた後、何やら数秒考える素振りを見せた後に。

「……ぎゃう」

 そう鳴いた。
 それもしかしてポケモンの真似?って訊いたらすぐに顔を腹の上に戻してしまった。恥ずかしかったのかまだ真似をしたいのかはわからないけれど、実際本当に、オスはこれでやっぱり手一杯かもしれない。


20211130