- ナノ -

君にこの色を贈ろう


「ナマエはこういう色がよく似合うな」

 指差されたショーウィンドウの中の口紅を、長年愛用しているような顔をして、それ以来ずっと唇に塗り付けている。何色もあったその内の一つをあの時ダンデは示した。他にも種類はあった中で、ダンデはその色を、私に。
 ダンデは特に何かを考えて言ったわけではないと思う。単なる気まぐれで、ほんの一時訪れた沈黙を打ち破りたかっただけで。ただその時偶然目に留まったから、何の気なしに口にしただけの、他愛ない話。化粧なんて毛ほども興味ない男だ、実際は心から似合うと思って口にしたのかどうかさえわからない。だから私だって、そんな人間の言葉など本当なら気に留めなくてもよかったことだ。
 だけど、今でもずうっと、ダンデが似合うと言ってくれた色を塗り続けている。それを、絶対にポーチの中にしまっておく。自分では中々選ばない色で、事実その色を買ったことはほとんどない。
 でも、ダンデが似合うと、言ってくれたから。


 今どこで何をしているのだろうか、なんて。そんなティーンのように拙い恋愛をしているような気分だった。連絡先は知っているから自分から訊けばいいものを、いざとなれば怖くてできないと諦める。多分、頭のどこかでわかっているから。ダンデは、そういう、男と女のそれなんか興味ないだろうと。そういうのは見ていれば自然とわかった。以前ソニアから聞かされた幼少期の話もそうだし、何よりチャンピオンとして活躍した時期の話をかき集めても、やはりそういう人間としか思えなかった。ポケモン馬鹿の子供、だなんてソニアは揶揄して笑っていたけれど、それは真実なんだって、思わざるを得ないくらいに。例えメディアでは模範解答を口にしているだけだったとしても、話を僅かなりとした限りでも、ダンデはポケモンとバトルしか頭にないのだとわかった。
 だから、似合うと言われたことが、失礼だが結構衝撃だったのだ。そういうのがちゃんと目に入っているのか、なんて。チャンピオンとしての責務と期待も背負って十歳から生きたダンデに、ポケモンとバトル以外のことに目を向けていられる時間や余裕があったのかは知れない。私が知らないだけで、もしかすれば恋愛感情を抱いた人だっていたのかもしれない。私はダンデという人間を、人伝と、僅かな会話でしか知らない。
 でも、ダンデは私にそう笑いかけたのだ。似合うと言ってくれた口紅の色。きっとあの時からだ、合わないと思っていた筈の、ダンデを気にするようになったのは。

「ナマエか?」
「!」

 駅で列車を待っていたら、突然名前を呼ばれて心臓が飛び出そうだった。なにせ頭の中をもうずっと斡旋している男の声だったから。

「え、あ、ダンデ?なんでここにいるの?」
「なんでって……列車で帰るからだぜ?」
「ダンデ列車に乗るの?」
「俺だって列車は使うぞ?」

 大荷物を持ったダンデがそこにはいて、まさかこんなところで会うとは、と早くも鼓動が早鐘を打っていた。加えて列車で帰ると平然と言うのだから。ダンデと列車のイメージがどうしても繋がらなくて目をぱちくりさせる私に、ダンデは可笑しそうに笑っている。でも、現金な私は、そんな笑い方一つにさえ心を乱すのだ。恋は盲目だと先人はよく言ったもの。こういう無邪気な笑い方が、いつの間にか夢にも出てくるくらい好きになっていた。
 ダンデは自然な形で私の隣に立った。自ら声を掛けたのだし、顔見知りなのだからそのままスルーするわけにもいかないから。そうやって浮足立ちそうな自分をなんとか丸め込もうとする。そう言い聞かせる私は、それくらいダンデのことを未だ知らないのである。
 だとしても、ダンデの近くで平静を装うことに必死だった。ばくばくと煩い心臓を隠しながら話を聞けば、ワイルドエリアでキャンプした帰りとのことだ。アーマーガアタクシーでは大荷物を持ったままでは乗り込めないし、車の方のタクシーも、ここエンジンシティからシュートシティへ向かうには時間もかかる。荷物は邪魔だろうがスムーズに帰るためには、今は列車が最適解だろう。

「ナマエは仕事帰りか?」
「うん。商談があって」
「勝ったか?」
「まあね。でも、勝ったって……なんでもバトルの勝敗みたいな言い方する」
「すまない癖なんだ。でも、凄いな」
「凄い?」
「ああ。俺はまだそういうのに慣れないぜ。チャンピオンという箔は残っていても、経営は素人だったからな」

 どちらかといえば商談の中身にされる方だったダンデは、確かにそういうことには不慣れなのかもしれない。とはいえバトルタワーの盛り上がりも評判もうなぎ登りだというのは、ガラルの人間かつバトルに携わる者なら大抵は知っている。連日ニュースで取り上げられているし、宣伝のためにダンデ自ら顔を出しているわけだし。同時進行でリーグ運営も担っているのだから、凄いのはどちらだと言いたくなる。けれどもまぁ、それを全てこなせてしまえるのも元の気性と、ポケモンやバトルへの情熱の賜物なのだろう。

「シュート行か?」
「うん。ダンデは?」
「俺もシュートだぜ」
「ああ、帰りなんだからそうだよね」

 わかってはいたけれどわざとらしく訊ねずにはいられなかった。当たっていてほしかったような、外れていてほしかったような。シュートシティの家に帰るのならばこの路線以外にない。同じホームに立っている時点で、答えなんか訊かずともわかっているのに。

「腹減ったぜ」
「ええ?キャンプ中ご飯食べてないの?」
「食べたけど……もう空いた……」
「ダンデ、ほとんど噛まないで飲み込むもんね」
「最近は少しずつ改善してるんだぜ?この前も、実家で驚かれたくらいだ」
「へえ、そりゃあ見てみたい」
「ナマエは?こんな時間まで仕事だったなら、腹減っているだろう」
「私はもう済ませたから。まぁ、仕事の内としてだけど」

 取引先の人間に誘われて食事は終えてきたところだ。そのせいでこんな時間までエンジンシティに留まっていたと言ってもいい。私を気にいってくれて誘ってくれたわけだが、結構話も盛り上がって、仕事も忘れて食事を楽しんでしまった。ついさっきまで共に歩いていたその人は、別の路線で帰るため改札を抜けたらそこで別れたわけだ。ご丁寧にあちらから、最後に熱烈な握手までもらって。
 そこでようやくハッとして、僅かに顔を傾けて隠すようにした。ダンデが似合うと言ってくれた色の唇を、見てほしいのに、見つかってほしくてなくて。ダンデに似合うと言われて以来、後生大事のように、いつでもポーチの中に忍ばせている、それ。

 それからもダンデとどうにか他愛ない話を心掛けた。でも顔を長い時間合わせるような関係ではない上、元から趣味が噛み合わない人間同士だから、中々どうして会話はスムーズとは呼べない。私はバトルについて詳しくないが、ダンデが話したいのはきっとそういうもののはずだ。だからか私達の間には、どこか遠慮がちな空気が漂っているような気がしてならない。それは私が言葉を探しているから感じてしまうだけの錯覚なのか、はたまたダンデもまた私と作る会話を探しているのか。

「――、ナマエ」

 けれど、途切れ途切れの会話の中で、ふとしたタイミングで、名前を呼ばれたら。急に胸の奥がぎゅっとしたような、痛いような。ただでさえ偶然見つけてくれたことに浮足立ちかけているのに、どことなく柔らかい声音で私の名前を呼ばれたら、どうしても胸がざわめいて仕方ない。
 列車はもう間もなく到着するというのに、酷く時間が遅く感じられた。会話はお世辞にもうまくいっているとは言えないが、誰よりも今一番近しい距離にいるという事実を、まだ失くしたくなかった。
 私に少しだけ首を傾けて、ぽつぽつと話をしてくれるダンデ。途中から話題は私の仕事に変わっていた。気を利かせてくれたのだと気付いている。なにせ人を見るのに長けている男だ。でもその優しさがもどかしくて苦しいのはどうしてなのだろう。なんて、私が自分の気持ちを隠して隣に立っているからに他ならない。
 同時に自分に一抹の失望を覚えるのだ。一言好きって言えばいいだけなのに、臆して口を閉ざして、気持ちも閉ざして、でも優しさに一々狼狽える。人間って不正解が恐ろしいから。
 私はこんなに小さな人間だっただろうか。

 荷物を抱え直すダンデと、手持無沙汰にバッグを何度もかけ直す私。手の甲が触れそうで、でも触れないもどかしさ。だけど荷物を抱えて不安定のせいか、時折ダンデの方からぶつかってくるから、咄嗟に自分に寄せる。いざとなればこのざまだ。

「お、来たぜ」

 到着する列車に、ああやっと着てくれたかと安堵する自分と、何故遅れてこないのかと、我儘な矛盾が頭の中に拡がっていた。ポツリと隣に立っているだけの長くて短い時間は、こうして終わってしまった。
 とはいえ向かう先は同じなのだ。流れで同じタイミングで同じ列車に乗って、同じボックス席に向かい合う。唇を隠しておきたい気持ちは残っているから隣に座りたかったけれど、そっちの方が勇気がいるので、仕方なく向かいに腰を下ろした。
 車内にあまり乗客はいなかったが、二人きりのようで、二人きりとは言えない。今度はシュートシティに着くまでの長い時間の中同じ空間にいるダンデとどう会話を繋げようかと模索する傍ら、流れ始めた車窓の外の景色を眺めながら、このままどこまで一緒にいられるのだろうと考えた。

「シュートに着いたら、そのまま家に帰るのか?」
「まぁ、うん。遅い時間だし、帰らなきゃかな」

 嘘だ。嘘というか、別に何か計画しているわけではなかった。ただなんとなく、そう言われたら帰るって言わないといけない気がして。どうしてそんなことを訊いてきたのかもわからないから、素知らぬ振りをする手前そう言わざるを得ない。だけど、本当に帰りたいと願っているわけでもない。少なくともダンデとホームで鉢合わせてからは、疲れているのだし早く帰って寝てしまいたいとすんなり思わなくなっている。
 帰りたくないって私が言ったら、ダンデはどんな顔をするだろう。どんなことを、言ってくれるのだろう。

「あ、ごめん」
「いいや、構わないさ」

 向かい合っているせいで、それなりの間隔はあるとはいえ足が当たりやすい。今も座り直そうと動いたら足の先がダンデの足首辺りに誤って当たってしまった。ダンデは全く気にする様子もなく笑ってくれた。同時に、ああ私達って今こういう距離なんだって、唐突に突きつけられた気がした。
 馬鹿みたい。

「……あれ、ダンデさん?」

 けれどそうやって身勝手に寂しさを覚えていると、私のすぐ横から声が掛けられた。顔を上げれば、綺麗にめかし込んだ女性が、私の隣からダンデを見つめている。どうやらたった今着いた駅で開いたドアの向こうから入ってきたらしい。女性は私の隣に立っていた場所から、軽い足取りでダンデの隣まで一歩前へ出た。その目にはダンデしか入っていないのだ。ダンデはすぐに顔を明るくさせて、すぐ横にまで来たその人に、こちらが釘付けになるほど優しく笑いかけた。
 また、馬鹿みたいって、自身を呪った。傷付く必要なんかないのに。
 それからは耳に蓋がされているみたいに、二人の話がうまく聞き取れなくて。わかっている。自分で、蓋をしたのだ。話の中身は聞き取らなかったけれど、淀みない、テンポのよい会話をしていることだけはわかった。
 我に返ったのは、ダンデに名前を何度か呼ばれたからだ。顔を上げてようやく、私が俯いていたことに気が付いた。見やればもう側にあの女の人もいない。

「話の途中ですまなかったな」
「……いや、別に」
「彼女はチャンピオン時代に知り合った人で、マクロコスモスの所属ではないけれど――」

 いきなりぺらぺらと口が回り始めたダンデに、反射でむすっとしてしまった。なんて子供染みているのだろうと自嘲しても、嫌な気持ちが顔に出てしまって易々と止められない。でもダンデは、そんな私がわからないのか、尚も饒舌に彼女のことを教えてくれるのだ。

「……ナマエ?聞いてるか?」
「聞いてます」
「おい?……なんだ、なんで機嫌が悪そうなんだ?」
「悪かないよ」
「嘘を吐け、そんなぶすくれて」
「嘘じゃないしぶすくれてない」
「急にどうしたんだよ」
「なんでもない」
「話を途中にしてしまったからか?あの人はだから、」
「なんでもないって!」

 私が一番自分をなだらかにできないのだから、ダンデがどうにかできることじゃない。でもそれを伝える術はないから、私はダンデとどういう関係なのか全くわからないくせに、さっきの人に後ろ暗い気持ちを押し留めておくしかない。本当になんて滑稽なのだろう。何もわからないくせに、嫉妬するなんて。

「……ナマエだって」
「なに?」
「ナマエだって、楽しそうだったじゃないか」
「……なにが?」
「わからないなら別にいい」
「はあ?なにそれ」

 それきりダンデは腕を組んで窓を向いてしまったではないか。ちょっと、と詰め寄ろうとしたものの、どういうことかと訊ねても拗ねたように私を頑として見ようとしないダンデに、一気にむかむかとしてきて、私もふんと鼻を鳴らして逆方向を向いた。ぶすくれているのはどっちだと言ってやりたい。これなら唇をあまり見られずに済むだなんて、安堵する余裕も持ち合わせていなかった。

 私達の妙な空気はシュートシティに着くまで長らく続いた。ダンデは一向に私を見ようとせず、意地を張る私も同じく。けれど最寄りだから降りないわけにはいかなくて、立ち上がれば、ダンデも黙って立ち上った。そのまま二人で、無言のまま列車から降りて、改札も抜ける。
 夜の冷たい空気に頬が晒されると、少しだけ気が落ち着いた。そうして、何をしているのかと大きく後悔するのだ。

「……じゃあね」
「……ああ」

 途端に気まずくなって顔を見られないから、そそくさと別れを告げた。本当は謝りたいけれど、どう言葉にしていいものかわかりかねて、結局逃げる選択しかできなかった。後が怖いけれど、今を脱することを優先してしまったのだ。

「……」
「……」

 だというのに、ダンデはずっと後ろをついてくる。ちらりと後ろを盗み見ても、難しい顔をしたまま、ただ私の後を追ってくるのだ。意味がわからなさすぎて溜息が零れた。

「……ダンデ、家こっちだっけ?」
「送る」
「ええ?」
「こんなに暗くて遅いんだから、一人で帰すわけいかないだろ」

 そういうところだ。そういうところが胸に痛いのだ。たまらず泣きそうになって唇を噛み締めると、それが街灯も薄くて暗いのに見えてしまったのか、ダンデが目を瞠った。

「ど、どうした?」
「なんでもない」
「またそれだ」

 後ろについていたダンデが、よりにもよって私の前にまで来てしまったから立ち止まる。あんなに重たそうな大荷物を抱えているくせに俊敏なのは流石と言ったところか、などと現実逃避している場合でもない。

「泣きそうな顔してる」
「そういうのわかってても口にしないものだよ」
「そうなのか?でも、生憎目の前でそんな顔をしているのに、黙って放っておけるような人間じゃないんだ」

 どうしてそういう時ばかり私を見るのだろう。隣にいたくて、私だけ見てほしくて。そういう時は私を見ないのに。

「……ごめん」
「謝る理由は?」
「ごめん」
「ナマエ」

 名前を呼ばないでほしい。ダンデに呼ばれるだけでもっと泣きたくなる。

「……なら、俺も謝る。ごめん」
「意味わかんない」
「嫌な態度を取ってしまった。すまない」
「それを言われたら、私もじゃん……」
「……勘違いかもしれないが、もしかして、あの人のせいか?」

 そういうとこばかり変に鋭いからほとほと困る。隠しているから気付かれたくないのに、なんで気付かないのって喚きたくなる私のことは、わからないくせに。
 ダンデの指摘は当たっていたが、じゃあ素直に肯定できるかと言えば難しいので、また子供みたいに黙っていると、ダンデはどうしてか口元を覆ってしまった。もご、と開きあぐねる様子に、どうしたかと思うも、今は言葉が紡げない。しかし暗がりながらも、ほんのりと目元が赤いと気付く頃に、ダンデはようやく口を開いた。

「……俺もだ」
「……?」
「俺も、嫉妬したんだ」
「は?」

 いきなり何を言いだすのかと思い顔を上げると、気まずそうに目を逸らすダンデがいた。物事をはっきりとするダンデらしからないそれに、今度は私が目を丸めた。

「あまりに楽しそうに話をしているから。俺とは、決してああはならないのに、て」
「だ、誰と?」
「さっき。改札で握手もしていただろう」

 一瞬呼吸を忘れた。だってそれは、そんな言い方をされてしまえば。胸の奥深くが揺れて、動いて、痛くて。また泣きそうになったら、ダンデが見るからに慌て始めた。でももう止められなくて、勢いでダンデの手を掴んだ。ダンデの手がぴくりとはしたが、振り払おうという素振りは一切ない。だから、ぎゅっと、私より遥かに大きい掌を握りこんで、でも、ビジネスで握手をした人と違うのは、指を絡めること。ようやく触れた好きな人の手は、とても熱くて、かさついていて、まめの潰れた感触がした。

「すき」
「えっ」
「ダンデが好き」

 ――最早抑えきれなくなり、口を衝いてしまった言葉だ。衝動的で、躊躇いも通り越して。状況もすこんと忘れて、いいや無視して。
 だってもう、これでは自分に優しいことしか考えられないのだ。自惚れるなという方が酷い。そうしたら臆していた自分が途端に馬鹿極まりなくなってくる。
 それで、嬉しいとさえ思うのだ。泣いてしまいそうなくらい、嬉しくて、でもまだ痛くて。

「……嘘じゃないな?」
「じゃない」
「ナマエも、やっぱり嫉妬してたのか?」
「してた。本当は、まだ帰りたくないって、思ってた。ダンデが着いてきてくれて、喜んでる自分がいるの」
「……俺、かっこわるいな」
「そんなことない。私、そういうダンデが好き」

 口元を覆っていた掌を外して、私の頬にダンデは触れた。親指がそっと、唇の端を撫ぜる。

「……俺も、好きだナマエ」
「さっきの人は、関係ない人?」
「ああ。勘違いされたくなくて、あの人のことをべらべらと弁解したくらい。そっちこそ、彼とはなんでもないな?」
「ない。……どうしよう、泣きたいのか喚きたいのか、笑ったらいいのか、全然わかんないや」
「好きにしたらいいさ。俺しかいないんだから」

 恥ずかしいのに手は離せなくて、そうしたらダンデも指を絡めてくれるから、そこから火でも出そうなくらい一段と熱くなる。言えなかった一言がこんな状況で、衝動的とは言えあっさり出てきたことも驚きだけれど、ダンデが本当は私を見ていてくれたことも驚きで。互いに互いの関係のない相手に嫉妬していたことも今なら笑えた。

「……やっぱり、ナマエはその色がよく似合うな」

 覚えていてくれたことが嬉しくて、愛しくて。ふわりと咲いた笑みが眩しい。
 ちゃんと、私を見ていたから言ってくれたことだってわかったから。これからは、顔を背けて隠さなくてもいいのだ。

「もう少し、繋いでてもいい?」
「好きなだけ」
「もう少し、側にいていい?」
「ずっとでいい」

 柔らかい顔と、優しい声音に、心から泣いて笑った。ダンデが似合うと言ってくれた唇で、私はようやく面と向かって笑えたのだ。