- ナノ -

リトルプリンセスのお気に召すまま


 ナマエは店の看板娘である。他地方の雑貨と紅茶が売りの家族経営の店だが、近辺の住人にはオープン当初から愛される店で、常連客も多く、他地方の雑貨を集めているお陰で移住者にも支持されている。
 その店に数年前に誕生したのがナマエだ。経営者たる夫婦待望の女の子に祝福の元生まれてきた。ぱっちりとした二重にぷるんとした唇。愛らしさ満点の笑顔が客の心を掴み、ある程度口も利けるようになってくるとナマエも率先して店の手伝いをして、ぴょこぴょこと歩くその姿がとっても可愛いと評判を集めていた。
 ナマエが手伝うその店には、連日多くの常連客がやって来る。近所の老夫婦に、仕事帰りの休憩を求めるもの。最近越してきたはいいがホームシックにかかって自分の故郷の品を探しにくる者。元から一定数の人気があった店にナマエが顔を出すようになってからは、ナマエの顔を見たくてやってくる客もいた。
 その、ナマエ目当ての客の中に、とんでもない人間が混じっていることは、みんなの共通の秘密である。

 一人は朝一でやって来る。毎朝テイクアウトを目当てにやって来る客で、SNSで店を宣伝もせずただただ個人で楽しむために、彼は開店と同時に店に現れる。

「おはよう、いらっしゃいキバナさん」
「おはよう〜。あれ、ナマエは?」
「今日は起きられなかったみたいだ」

 入店と同時に手を挙げて挨拶をしたキバナの目は最初から店内をぐるっと探していて、その口から出てくる言葉も相俟って、ナマエの父親は苦笑した。愛娘を可愛がってくれるのはありがたいが、開口一番がそれかい、とは飲み込んでおく。

「そっか」

 あからさまに残念がるキバナに、父親は変わらず苦笑しつつも「いつものでいいね?」とキバナが返事するよりも早く機材を動かしていく。案の定キバナから「うん」と返ってきた。めったなことがなければキバナの注文は変わらないし、注文が変わる時はなんとなく来店時にわかるから、父親もさっさと機材を動かしてキバナのためにブレンドを用意する。
 ちょうどそのとき。店の奥から「んや〜〜〜!!」と声がしたので、キバナがパッと顔を上げた。心なしか見えない耳が立っているようにも父親には見えて、自分の目を擦った。

「お、お姫様起きた?」
「そうらしいね。あれは多分『この服は嫌だ』の、んや〜〜だね」

 父親曰く、毎朝目が覚める前に母親がナマエの服を部屋に用意しているらしく、まだ自分の好みで服をカスタマイズできないナマエは、いつもならすんなり用意されている服を着てくれるのだが、時々嫌々と首を振って頑として着替えを拒否するらしい。
 キバナが店の奥をじっと見つめてそわそわとしている間にテイクアウトの準備が終わりかけた、その矢先。タイミングがいいのか悪いのか店の奥のドアがバンバン!と叩かれる音が響いた。キバナはその音の正体を度重なる経験で知っていた。まだ背丈の十分ではないナマエはドアノブに届かないから、全力でドアを叩く癖がある。最早慣れていることなのでキバナは長い足をそちらに向けて、あっという間に全力で叩かれているドアをそっと開けてやった。
 一応そこは住居と兼ねているこの店のプライベートスペースに繋がってはいるが、キバナはこの家に食事に呼ばれたこともある間柄なので、これくらいで父親に咎められることはない。

「わっ」
「んや〜〜〜!!」
「どうしたお姫様、ご機嫌斜め?」
「う?」

 泣き声が一瞬で止んだ。ドアを開くと突進してきた小さな小さな物体を軽々と抱き上げたキバナは、腕の中で泣きじゃくっていたナマエがぴたりと泣き止んでくれたことに、仄かな優越を覚えた。くりくりとした目をぱちぱちとさせて、ナマエが自分を抱き留めたキバナを見上げる。そうして、次の瞬間に、にぱっと花咲くように笑った。

「きあなしゃん!」
「そうそう、キバナさん」
「おあーよ!」
「うん、おはよう。はは、髪ぼっさぼさ」
「もうナマエ……ごめんねキバナさん」
「全然」

 母親が後ろから続いて顔をだし、困ったように笑う。ナマエは直前までをすこんと忘れた様子で、自分に常日頃良くしてくれるキバナににぱにぱとしている。愛くるしいそれにキバナも同じようににぱにぱと笑い返すと、ナマエがうふうふと口にべたりと手を当ててまた無邪気に笑った。

「着替え?」
「そう!今日はそういう日みたいで」
「どれ?え、かわいいじゃん、ナマエほら見てみなよ、超可愛いよ」
「かわ?」
「ナマエによく似合う服だよあれ、オレ様、パジャマで髪ぼさぼさのナマエもキュートで好きだけど、ママが選んだ服着て髪結わいてもらったナマエも見たいな〜〜」
「……」

 幼いながら葛藤をしているのか、まじまじとキバナと母親を見比べるナマエは、最終的にキバナの言葉に押されるように母親に短い手を伸ばして、あちらに戻る意思を示した。まだナマエは大人の言葉を十二分に理解はできないけれど、何をしたら大人が笑ってくれるのかは徐々に理解しつつある。
 それから数分経って、手持無沙汰だからともう一杯店内で飲むための紅茶を頼んだキバナの元へ、さっきと同じドアの向こうからナマエがとことことやってきた。しっかりと、母親が用意した服に着替えて、梳かして結ってもらった髪を揺らしながら。

「ほーらやっぱり、めっちゃ似合うじゃん」
「かあーい?」
「うんうん、可愛い可愛い」
「……えへへへへ〜」

 ナマエとキバナでは相当な身長差があるので、しゃがんで首を痛いくらいに傾けてナマエと目線を合わせたキバナのとびきりのスマイルを貰って、ナマエは満更でもなさそうにする。かわいいの意味はまだちゃんとわからないが、みんながそう言って笑ってくれることはナマエにもわかっている。特に日頃から良くしてくれるキバナにはナマエも好意的で、その人にこういう反応を貰えることは、ナマエの幼い頭も悪い気は全くしなかった。

「その髪型ならこれ、似合うだろうな」
「またぁ?キバナさん、いつも悪いよ」
「俺があげたくてあげてるの。後でこれつけてやってよ。今日はもう行かなきゃだから、明日見せて」

 ポケットから不意に取り出したリボンを、母親が結った部分に重ねて想像するキバナに、ナマエは真ん丸の瞳を不思議そうにする。頻繁にナマエへのプレゼントを持ってくるキバナに母親も父親も遠慮を何度もしているのに、キバナは自分がしたいからと言い張って、こうしてナマエへのプレゼントを持ってくる。まだ少額ばかりだからいいが、それも積もりに積もれば馬鹿にならない。だからこそ、プライベートスペースで食事を振る舞うようにしているのだが。
 キバナが長い体を元に戻してナマエに「また明日な」と声を掛けてから店を出ようとすると、お見送りのためにナマエも短い足でその後を追う。ドアのところでバイバイと手を振り合って、キバナは機嫌よくジムへと向かう。いつもの朝の光景である。ナマエの顔を見るとたちまち眠気も吹き飛んで活力が湧いてくるから、キバナは毎朝ナマエの顔を見に行く。もちろん、美味しい紅茶も目当てではある。
 ナマエは、そんなキバナによく懐いている。


 もう一人は大抵日暮れにやってくる。けれどそれは絶対的な話ではなくて、数日めっきり顔を見せないこともあるし、店がしまってからふらりとやって来ることだってある。決まった時間があるわけではなく、単に店に辿り着けるまでがまちまちであるだけだ。
 これまた不思議なもので、ナマエはその人物を見つけるのがうまかった。店に近づいてくるとセンサーのように反応して、さっさと店のドアへと駆け寄り、外を覗き込もうとする。ナマエがこうすると「ああそろそろなのか」と父親も母親もわかるので、手が空いている方がナマエを抱き上げて、少しの間店の前で待ってみると、本当にどこからかその人物はやって来た。ここはナックルシティの目抜き通りにあると言うのに、ナマエがいないと時々見逃がすのか通り過ぎてしまう時もあるが、こうやって可愛い目印があるとその人物も目につきやすいのか行き過ぎることはほとんどなくなった。

「ナマエ!」
「いらっちゃ」
「ダンデさんいらっしゃい。今日はリザードンに乗って来たんだ」
「ああ!ほらリザードン、ナマエだぞ」
「りじゃ〜〜〜!!」
「はは、俺よりもリザードンの方が嬉しいみたいだ」
「どっちも好きだよね〜?」
「う?」

 リザードンに向けて手を一生懸命伸ばすと、リザードンは姿勢を低くして、爪を隠してその頭をそっと差し出してくれる。小さなポケモンとしかまだちゃんと触れ合ったことのないナマエが唯一、大柄なポケモンでも接することができるのは、リザードンがこうして気を遣ってくれるお陰である。

「ダンデさん、今日は何にしますか?」
「今日もナマエのお任せコースかな。ナマエ、今日のおススメはどれかな?」
「こえとね、こえと、こりぇ」
「オーケーそれにしよう。ママにお願いって伝えてくれるか?できる?」
「できりゅ!」

 テーブルに通してもらったダンデがリザードンをボールに戻すと悲しそうな顔をされたが、ダンデがメニュー表をナマエに見せると、ナマエのちっちゃな指がメニュー表の文字をいくつかつついた。ナマエはまだ文字がほとんど読めないからもちろん適当だし、その日の気まぐれでつついているだけだから、組み合わせも値段も何一つわかってやっているわけではない。ただお遊びのつもりで、それに乗ってくれるダンデとこのやりとりをするのが楽しいだけだ。
 元気よく「できる!」と頷いて母親の元へ戻ったナマエだが、適当に指差したものを覚えている訳もないから、父親も母親も首を伸ばして先程のやりとりを見て、どうにか注文を間違わないようにする。最悪間違えたところでダンデは文句一つも言わない。そもそも子供が気まぐれにつついたメニューなのだから、自分が頼みたいものではないのにいいのかと以前母親が問うたこともあるが、ダンデはにこにこと笑って「いいんだ」としか言わない。ダンデはただ、ナマエが自分で注文を取った!と、立派なことをしたんだと、胸を張る姿が可愛いからそれを見たいだけである。

「お待たせしました」
「たんえしゃ!こえ!こえ!」
「わかってるよ。ちゃんと連れてきた」

 注文したメニューを持ってきた母親にくっついてきたナマエは、幼児向けの絵本をダンデに見せつけて、何度もねだる。ナマエはダンデにポケモンを見せてもらうのがお気に入りで、いつもねだったポケモンを見せに来てくれるから、それが凄く楽しみなのだ。
 この日ダンデがボールから出したのはヨーテリーで、顔を出した瞬間「わふ!」と鳴いたその子に、ナマエは「きゃああ〜〜〜〜!!」とはしゃいで大喜びだった。ヨーテリーに抱き着いて顔をぐりぐりと擦り付けるナマエに、ヨーテリーもにっこりと人懐っこく笑って、同じように顔をナマエに擦り付ける。そんな一人と一匹に父親も母親も、奥からおじいちゃんとおばあちゃんもやって来て、みんなで微笑ましく見守った。母親が「ダンデさんにありがとうは?」と促すと、ふわふわの毛に顔を埋めていたナマエがさっと顔を上げて、ダンデを見上げる。

「あいがと!」

 満面の笑みでそう言うナマエに、ダンデもにっかりと笑い返した。この愛らしい笑みが見たくて遥々シュートシティから飛んできていると言っても過言ではなかった。どんなに疲れていても、子供と自分のポケモンのこの愛らしさを前にするとどんな疲れも吹き飛ぶような気がする。
 ナマエも、色んなポケモンを連れてきてくれるからダンデに好意的だった。ダンデは小さな弟の面倒を見ていた経験もあって、小さな子供のファンも多いから子供の扱いには長けていたし、レディ扱いは苦手なようだが、それでも余りあるくらいナマエには優しくしてくれる。自分を見つけた瞬間にぱっと顔がほころぶ姿も、ダンデは好きだった。
 ナマエは、そんなダンデによく懐いている。


  ◇◇


「え?ナマエ?」
「……?」
「おれおれ、キバナ」
「きあなしゃ?」
「そう。どうしたこんなとこに一人で。パパとママは?」
「??」

 休日にナックルの街を気儘に歩いていると、広場のベンチの横にぽつんと座り込んだナマエを見つけたものだから、度肝が抜かれてしまった。ナマエは一瞬呆けていたが、普段のユニフォームではない私服姿のキバナが誰なのかわからなかったらしい。それにしても何故ベンチの上じゃなくて横に?と思ったが、恐らく背が足らなくて自分では乗れなかったのだろう。

「あ〜……もしかして、迷子?」
「まいご?」
「一人で来た?みんなで来た?」
「りぼんかあいいね」
「まだ言ってくれるの?ありがとな〜!」

 癖で抱き上げて訊ねても、ナマエの言葉は的を得ない。それどころか、先日渡したリボンを、もう何度も可愛いと言っているのに、飽きずにまた同じことを言う。もちろん嬉しいからキバナの気分も上がる。
 しかし呑気にやっている場合ではない。小さな子供がこんなところに一人でいるのだ。すぐに連絡をした方がよかろうと即座に店に電話すると、おばあちゃんが間髪入れずに出た。ナマエのことを伝えると心底安心したように大きく息を吐きだして、今みんな大騒ぎだったって言う。どうやら父親と一緒に外へ出てきたようなのだが、うっかり手を離して、そのままナマエがどこかに行ってしまったらしい。焦りと自己嫌悪で泣きじゃくった父親が大慌てで家族に連絡を入れて、血眼で探し始めた矢先にキバナが発見したらしかった。
 勝手知ったるというか、最早慣れ親しんだ店なのだし、あちらもキバナのことはようく知っているから、そのままキバナが店まで送り届けることにした。ナマエもキバナに懐いているから抱っこされていれば勝手しないだろうし、ここから店までは距離もあるが、今日はキバナもオフだから何も急ぐことはない。
 しかし、予想だにしていなかったことがもう一つ起こった。広場を後にしようとした瞬間、空からダンデが降って来たのである。正確には、リザードンに乗って。

「やっぱり!ナマエじゃないか!」
「たんえしゃんだ」
「どうしたんだ?……キバナ?」
「は?知ってんの?」
「え?」

 暫しの間、二人は見つめ合って、茫然とした。


 ダンデとキバナは、二人とも同じ店の常連であると知らなかった。キバナは朝に顔を出すし、ダンデは顔を出す時間帯もまばら。二人がバッティングしたことは今まで一度もなかったから、同じ店に通っていたことに今の今まで気付かなかった。

「キバナ、そろそろ腕も疲れた頃だろ。俺が代わろう」
「ぜんぜん疲れてません〜〜」
「ナマエ、ほらおいで」
「ういっ」
「あ!」

 事情説明をキバナから受けたダンデは、「俺も送る!」と言い出して、当たり前な顔をしてキバナの隣に並んだ。リーグの仕事はいいのか委員長、と詰りたかったキバナだが、あろうことかナマエがダンデを見て目をキラキラさせていたから何も言えなくなった。ナマエの前では優しくてかっこいいキバナさんでいたい。
 ダンデはダンデで、ずっとキバナの腕の中にいるナマエが気になって仕方ないようで、しきりに交代すると繰り返したが、キバナが全く頷かないので、ナマエに直接手を伸ばすとナマエの方からダンデの方へと移動しようとしたのである。これ幸いとさっさと自分の方へと移動させた。

「よしよしナマエ。大丈夫だぞ。ちゃんとパパとママのとこに連れて行ってやるからな」
「ひえんか!」
「ん?ヒメンカ?プリンがいいってこの前言わなかったか?」
「ひえんか〜〜!」
「そっか、ヒメンカがいいんだな。今は連れていないから後で見せに行くよ」
「なんの話?」
「ナマエが見たがるポケモンをいつも見せに行くんだ。なぁナマエ?」
「うん!」

 にこにこと笑い合う二人に、なんだか面白くないなとキバナの目が眇められる。お気に入りの、可愛がっているナマエがよその男の腕の中で楽しそうにするのを見るのは初めてではないのに、どうしてかダンデとそうしていると妙に気に食わない。

「へ〜〜〜〜、あ、ナマエ、そのリボンやっぱり可愛いな〜〜?」
「かあいーね!」
「リボン?」
「そう!オレ様があげたやつ!ナマエの今のお気に入りなんだよなー?毎日つけてくれて嬉しいぜ」
「きあなしゃんのりぼんかあいいね」
「……ふーん」

 ダンデの腕の中で、隣から覗き込んで顔を寄せてくるキバナにえへえへと笑うナマエの頭には確かにひらひらとリボンが揺れていて、数日前から着けているのはわかっていたが、キバナから貰ったものだったのかと、今度はダンデの目が細められる。

「物で釣ったのか」
「人聞きの悪い言い方すんなよ。それに釣ってんのはお前もだろ」
「釣ってない」
「ナマエの機嫌取ってんなら一緒だろうが。ナマエ、そろそろキバナさんとこ戻っておいでよ」
「ひえんか?」
「まだ頭の中ヒメンカ?」

 それからどっちが抱っこするかで少々もめた。疲れた、疲れてない。あそこまで歩いたら交代。段々とヒートアップしてきたらバトルで決めるか、なんて始まってしまった。そんな大の男二人をそれぞれ見やって、ナマエは首をこてんとした。

「けんか?」

 ダンデとキバナの体がぴたりと止まった。

「けんかめって、じいじいってた、めっ」
「……喧嘩じゃないぜ」
「してないよ……」

 その瞬間、びっくりするくらい二人の間にあった熱が引いていった。ナマエの前で格好の付かないことをしてしまうところだったし、何より、めっ、はこれでもかと二人に効いたわけだ。愛くるしい笑顔やナマエの挙動に癒されてきたダンデとキバナだから、ナマエの言葉にはめっぽう弱い。

「なかよしじゃない?」

 そんな風に悲しそうにされたら、違うなんて欠片も否定できなかった。
 なんとか言い争いにならないようにと、ダンデとキバナも言葉を選びながら、ナマエをあやしつつ店までの道を進んだ。途中でナマエは眠気に襲われたらしく、くぁ、と何度か欠伸をした後に、安定した揺れが心地いいのかそのまま瞼を閉じて眠ってしまった。折しも、数度ナマエを抱っこするのを交代し、そろそろキバナが預かろうかと、そういうタイミングに。

「あ、眠ってしまった」
「え!」
「我儘は言うなよ?起こすのもかわいそうだ」

 それはまぁ、可哀想と言えば可哀想で。でもダンデの胸に頭を預けてあどけない顔で眠るナマエが、あまりに世界の悪意とはかけ離れたものであるかのように見えて仕方なくて、キバナは咄嗟に口を噤んだ。
 そこからは二人の会話も至極最低限にまで落ちた。ナマエの安寧を守りたいのは共通の思いだったから、思い出したような話ばかりをぽつぽつとして、主にキバナが道筋を示しながら進んでいく。数度ダンデがキバナと逆方向を進もうとしたから、小さな子供よりお前の方がよっぽど手がかかると呆れかえる始末である。
 しかし途中でキバナが「そっとこっちに移せない?」と尚も足掻くから、ダンデの顔が顰められておっかないものになった。

 やっと店の近くまで着いたら、うろうろと父親がしていたから二人で小さく笑ってしまった。本人としては自分のせいでまだ小さな子供を、と思っているから、保護されているとわかっていても全く落ち着かないのだろう。ダンデに抱っこされているナマエを見つけると、カッと目を見開いて、転びそうになりながらも走ってくる。

「ナマエー!」
「しっ、眠っているんだ」
「起こすの可哀想かなって」
「そっかダンデさんの……えっ?あれダンデさん?」
「途中で会って」

 そういえばダンデも一緒なんて言っていなかったから、父親からしてみれば「なんで?」という顔になっても可笑しくない。ダンデはどこ吹く風で朗らかに笑って、そっと小さなナマエを父親へと預けた。それでも起きないナマエは図太いのか、それとも本当は心細かったから人肌に安心しきっているのか。はたまた疲れてしまっているのか、瞼はぴくりともしない。

「本当に無事でよかった……ごめんなナマエ……。二人共時間はあるか?お礼にご馳走するから中に入ってくれる?」
「じゃあお言葉に甘えようかなぁ」
「せっかくだからお邪魔するぜ!」
「お前仕事は?」
「まだ時間がある!」

 店の中でナマエを待ちわびていた母親を始め家族達は揃って安堵した顔を見せて、ダンデとキバナを手厚く歓迎してくれた。店のメニューにはない料理も用意してくれて、何度もキバナとダンデに感謝を伝えてくる。キバナは「俺が見つけたんだけど?」と思わなくはなかったが、ナマエが寝ぼけ眼を擦りながら起きてきたので意識はあっさりそちらに向いた。

「ナマエ、ダンデさんとキバナさんにありがとうは?」
「?あいがと?」
「どういたしまして」
「お前が見つけたんじゃないだろ」

 でもナマエにちゃっかり微笑んでいるから、結局胡乱な顔で言ってしまった。