- ナノ -

風如きでは吹き飛ばぬ


 その人は昔から風と共にやって来る人だった。
 同じ時期に生まれたホップとはずっと一緒にいたけれど、その人は私達が幼い頃にハロンを出たらしく、その頃にも数回顔を合わせていたらしいがろくに覚えていない。

「ナマエ、元気そうだな」

 テレビで観る人だ、と小さな頃は思っていた。また大きくなったな、としゃがんでいつも私の髪を梳くダンデさんはどうやらホップのお兄さんらしくて、私とも面識が少なからずあったらしいがやはり全く覚えていない。時々列車でやって来るけれど、リザードンに乗ってハロンに戻ることも多く、そういう時は必ず風に乗ってやって来た。そうでなくともじっとしていられない性分らしく、すれ違う瞬間は走ってきて勢いもいいので、ぶわっと私の髪やスカートの裾が翻ることも多い。
 ホップと共に成長するにつれて、何よりホップが兄の話ばかりするから、あれがホップの自慢のアニキであることはすぐに理解できたし、テレビで毎日見る人間がこんなに身近にいて、しかも仲の良い子の家族だとわかった時は少し興奮した。
 とはいえダンデさんは多忙な生活だからハロンに帰ることは頻繁ではなかった。ただ、ホップと一緒に外で遊んでいた日だったり、ホップの部屋でダンデさんのバトルの映像を見ている時だったり、ホップと一緒にいる時に限ってよく顔を出す人だった。ダンデさんは常に元気いっぱいで、ホップと仲が良いという理由だけで私にもよくしてくれた。土産物は私の分もいつも用意してくれていたし、ホップがせがむポケモンの話を私にもしてくれたし。少し遠出したいという時には引率も引き受けてくれて、ホップと三人で遊びに連れていってもらったりもした。

 忙しいからそんなに頻繁ではなかったけれど、ダンデさんは本当に私によくしてくれた。ホップの頭を撫でる時は私の頭も撫でてくれるし、誕生日のプレゼントも毎年欠かさず贈ってくれた。一人っ子の私は小さい頃からずっと一緒にいたホップといるのが一番楽しかったが、まるで私も家族みたいに扱うダンデさんに、ホップが羨ましい、いつの間にかこんな素敵なお兄ちゃんがいれば良かったのに、なんて思うようにもなっていた。

「ナマエはどんどん可愛くなるな」

 けれど十四歳の頃。いつもと変わらない笑みで私を撫でて褒めてくれるダンデさんに、酷く胸の中がざわざわとしていたのを未だに覚えている。久しぶりだから緊張しているのかと思ったが、自分ではよくわからなかった。周りにはいない、大人の人がとても魅力溢れるように見えて、私の目は可笑しくなったのではないかと変な心配もした。後になって思えば、気持ちの芽生えのようなものの、発端だったのかもしれない。
 越してきた、新しく私とホップの友達になった子がチャンピオンになってからも、それは変わらなかった。寧ろダンデさんがハロンに帰ってくる回数も増えたし、前は帰ってもすぐに戻ってしまうことも多かったけれど、バトルタワーを開いて以降のここ数年は実家に泊まる機会も多くて、そのせいかハロンの中でダンデさんと過ごす時間も心なしか増えた。変わらず優しくて頼り甲斐のあるダンデさんは端から見ても魅力溢れる人で、理想のお兄ちゃん像ぴったりな人だから、こんな人が側にいてくれたら毎日楽しいだろうなぁなんて思っていたくらいである。一緒にいるとちょっとだけ心臓が早くなることだけがとても不思議だった。

「ナマエ、久しぶりだな」
「ダンデさんお帰りなさい!」

 今日もいつものようにホップの家に遊びに行ったら、出迎えてくれたのはダンデさんだったから少し驚いた。ハロンに帰ってくる日が増えているとはいえ、こんなに朝早くから帰ってきているなんて珍しいなと思ったのだ。

「ホップと遊びためにきてくれたのに悪いが、生憎母さんの手伝いで買い物に行ってるんだ」
「えっ、行くって言ったのに」
「ホップも悪いって言っていたよ。俺が君に言伝を預かったから、こうやって待っていたんだ」

 お母さんの手伝いならしょうがないな、とは思いつつほんのりふくれていると、ダンデさんはくすくすと笑って、「そんなに遅くならないだろうから、中で待っていなさい」と促してくれて、最早勝手知ったる家の中を進んで、いつも私が座らせてもらうソファに腰かけた。普段ならリビングにはおじいちゃんやおばあちゃんがいるのに、今日は見当たらない。家の中がとても静かだから、お出かけしているのかもしれない。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

 チョロネコもベッドにいないや、と、いつも寝ている場所を見つめていると、ダンデさんが紅茶を淹れて持ってきてくれた。私専用で置いてくれているカップだ。クッキーも一緒で、それは私が大好きなお店のやつだったから一気にテンションも上がる。

「それ美味しくて好き!」
「前にあげたらそう言っていただろう。ナマエが今日来るって聞いていたから、シュートから持って来たんだ」
「え、私のため?」
「ああ」

 如才なく笑うダンデさんに、やっぱりなんていい人なんだろうって思った。常日頃ホップから兄自慢は聞かされていて、凄く頼り甲斐もある立派な人だということは昔からわかっているが、弟の幼馴染にまで良くしてくれるのだから、とっても優しくて気の利く人なんだと。クッキーを前にそう気が綻んでいると、ダンデさんはそのまま私の隣に座ったから目を丸めた。いつもは自分の部屋にいるのに、わざわざ私の隣に来たからびっくりしたのだ。

「こうやって二人でいるのは、初めてな気がするな」
「そう、ですね?」
「ナマエとホップは昔からセットみたいに扱われていたし、俺はいつも後から混ぜてもらうしな」
「ホップと一緒に遊びに連れて行ってくれたり、大体私とホップが揃ってる時にお話してくれるから、確かに二人はなかったかも……?」

 家に帰ってきたダンデさんは必ず私とホップの前に顔を出してくれて、大好きな兄と二人で色々とやりたいこともあるだろうから、私が遠慮して帰ろうとするとダンデさんは引き止めてきて、ダンデさんが帰ってきた日は今も三人で話をしたり遊んだりしていた。買い物に行けば欲しいものを買ってくれるし、それはホップにもだけれど、いつも悪いなぁとは思っている。ホップは博士になるって目標を持ったことと、年齢的に自立心が芽生えているせいか子供扱いされると少し不満そうだが、なんやかんや構ってもらうと満更でもなさそうだ。私はダンデさんとは何の関係もない他人なのに、弟の幼馴染だからと言ってここまでしてもらうことに気が引ける気持ちは少なからず持っているが、ダンデさんの笑顔を見ていると断りづらいのも確かだった。
 何より、甘えると凄く嬉しそうな顔をするのだ。年上の人だからかわからないけれど、素直に厚意に甘えると弾けるような笑みを浮かべて私の頭を撫でてくれる。どきっとしたことは何度かあるが、ホップにも同じようにしていたから、単に甘えられるのが好きな人なのだろうと思う。ホップと同じようにそうしてもらっていると、不思議なことにダンデさんが私のお兄ちゃんにもなってくれたような気になってくるから、形容しがたいむず痒い気分も覚えたこともある。これって多分お兄ちゃんに対する憧れみたいなやつかな、なんていつも曖昧にして、覚える度に忘れた振りをしてきた。なんとなく言葉にするのは怖くて、誰にも内緒で、閉じ込めてきたことだ。

 けれど、やっぱり可笑しいのかもしれない。ダンデさんがこんな、すぐ間近にいる。二人きりで。足の先が丸まるのは無意識だった。

「……それにしても、大きくなったなぁ。もう十六歳だもんな。最後に会った時から二センチは伸びただろう」
「でもホップに身長もう抜かされちゃったんです」
「ああそうだ、それ、そんなに畏まらないでくれよ、もう十分な顔見知りじゃないか」
「え?……それ?けいごとか?」
「そう。俺にもホップにするみたいに楽をしてくれ」

 そんなことを要求されてもダンデさんは年上の大人だし、ホップのお兄さんだ。小さな頃からそれなりに交流があって、いくら私に良くしてくれるお兄ちゃんみたいな人だとしても、ホップと同じようにというのは難しい。だってホップは本当に小さな頃からずっと一緒にいる子だ。毎日一緒にいれば自然とそうなれるかもしれないが、ダンデさんは年に数回顔を合わせるくらいの人で、しかもガラル中が注目するチャンピオンだった人。そんな人にホップに対するようにため口とか、手を繋いだりとか、そういうことをしてもいいのかわからない。

「でも……」
「俺がいいって言っているんだからいいんだ。じゃあ、今度敬語を使ったら意地悪をしようかな」
「意地悪?」
「ああ」
「どういうの?」
「内緒だ」

 目を細めて悪戯そうに笑うダンデさんの顔はあまり見たことがなくて、妙に胸の中がざわめいた。萎縮して俯くと、ダンデさんがまるで催促するように「何か話をしてごらん」と言ってきた。おずおずと口を開こうとするも、いきなり話をしろと言われてもそうそう簡単には出てこない。

「なら俺から話を振ろうか。最近ホップとはどうだ?」
「ホップとどう?ええと、……別に何かあったりとかはないです。いつも通り。ホップは忙しそうだけど遊ぶときは遊ぶし」
「使ったな」
「えっ」
「意地悪をしてやろう」

 驚く私をよそにダンデさんは、私の手を握った。手の甲に被せてくるのではなく、ホップと繋ぐ時みたいに。ダンデさんの手は酷く熱くて、肉が厚くて、ホップよりも遥かに大きな手にすっぽりと包まれてしまうと、いやがおうにも心臓がうるさくなった。体中に緊張が一気に走って、ダンデさんの掌に当たる自分の掌がじんわりと汗をかいたのが嫌でもわかった。ホップと手を繋ぐ時は何も思わないのに、ダンデさんに手を握られるともうとにかく恥ずかしくてたまらない。ホップ以外の男の子と手を繋ぐことはないにしても、ホップはもう家族のようなものだからこんな気持ちにはならないのに。

「こんなに大きくなったのに、手は小さいままだな」
「えっ、と、あの」
「ホップとは何もないか。そうか」
「手……、その」
「汗をかいてる。緊張するか?でも早く慣れて欲しいなぁ」

 ――お兄ちゃんだなんて、下手をすれば勘違いだったのかもしれない。お兄ちゃんと手を繋ぐ時にこんなに緊張することはないと思う。私にはお兄ちゃんがいないから本当のところはわからないし想像でしかないが、やっぱりダンデさんは結局のところ他人で、大人の人で、家族ではない。ホップと三人でいる時は何も意識したことなかったのに、こうやって初めて二人きりになって、急にその熱い肌に触れてしまったら。

 それからダンデさんは、ホップとホップのママが帰ってくるまで、私の手を握り続けた。いくつか話を振ってきたが、私は口が縫い付けられたようにうまく話を続けられない。ずっと握られた手ばかり気にしていた。時々話を返す際はついどうしても敬語が出てしまって、その度にダンデさんは悪戯そうに笑って、私の手を握る手を強くしたりした。そうと思えば肩がぶつかるくらい近寄ってきたり、膝と膝をぶつけてきたり。もうすっかり全身汗でびっしょびしょになっていて、顔が熱くてどうしようもなかった。そんな私を見てもダンデさんは嫌がりもせず、ただにこにこと笑って、私の手を握っていた。
 みんなが帰ってきたとわかると、パッと私の手を離して、何食わぬ顔で出迎えに行くダンデさんに緊張の糸が切れて、力も抜けてソファの上に倒れてしまった。すぐにリビングに入ってきたホップに見つかって、「どうした!?」と目を丸められてしまった。具合悪いのか?と心配してくれるホップに曖昧に笑うしかなくて、でもホップの後ろからまた現れたダンデさんを見た瞬間、心臓の鼓動がやけに早まって唇を噛み締めた。

「アニキ、ナマエ具合が悪いみたいなんだ」
「そうなのか?すまない気が付かなくて。暫くベッドで休ませてやろう」
「俺のベッド使えよ!」
「ホップのベッドシーツは最近洗濯してないだろ。俺のベッドを貸してやろう」
「え」

 ダンデさんのベッド。頭に浮かんだ途端、勢いよく体を起こした。急に起き上がった私にホップもダンデさんも驚いていたが、このままだとダンデさんのベッドまで連れていかれそうで、すぐにでも帰らなければならないと頭の中は必死だった。

「かっ、帰る!」
「え!?帰れるか!?」
「帰れる!お邪魔しましたっ!」
「家まで送るから!」
「へーき!」

 ホップの後ろのダンデさんがまた口を開きかけたから、その前にドアへと走るしかなかった。きっとダンデさんは俺が送るとか、俺も着いていくとか、そういうことを言い出すような予感があったのだ。
 家に帰ってからスマホを見ると、ホップから連絡が来ていた。約束していたのに買い物に行ったことへのごめんなさいと、体調を心配してくれている。それと、アニキも心配してるぞ、という文章。
 変なの。お兄ちゃんだったらこんなに心臓がバクバクとしないに決まってるのに。ダンデさんのことをお兄ちゃんみたいだって思っていた筈なのに。もうさすがに今は手は繋がないけど、ホップと手を繋いでも一度もドキドキしたことないのに。


  ◇◇


 風と共にやってくるダンデさんは、その日もリザードンに乗って、風に乗ってハロンに帰ってきた。けれどいつもと勝手が違って、私の家に直接やって来たのだ。普段は自分の家に最初に帰って、後から私が呼ばれて三人で遊ぶこともあるのに。

「この前は悪かったな。いきなり手を握ってしまって」
「……え、と」
「ナマエがいつまで経っても俺と仲良くなってくれないから」
「仲良く?」
「ああ。大事な弟の幼馴染だ。小さな頃から知っているし、もう家族みたいなものだから」

 そういうことだったのかって、ダンデさんを見た瞬間跳ねた心臓が、段々と落ち着いて静かになっていく。指の先がすっと、冷えていく感覚。私がダンデさんをお兄ちゃんと思ってしまうように、ダンデさんも私のことを妹みたいに思うから、仲良くなろうとしてくれたのか。家族なら手を繋ぐのも、砕けた態度をとっても可笑しくはない。そんな風に思ってくれていたのにちゃんと理解できなくて、妙にドキドキしていた自分を思い出すと滑稽でたまらなかった。あの日からダンデさんを思い出す度に、あの掌の熱を思い出す度に、心臓が痛くてしょうがなかったのに。
 もしかして、なんて背伸びした淡い気持ちも、あったのに。

「でも急に触るのはだめだったな。お詫びの気持ちにクッキーを買ってきた」
「クッキー!」
「中に入れてもらってもいいか?うっかり自分の家の鍵を忘れてしまって、しかも運悪くみんな留守なんだ」
「え、そうなんですか?……あ、そう、なの?」
「ああ。連絡はしたから、数時間もしない内に戻って来てくれると思うが、自分で動くとどこに行ってしまうかわからなくて」

 眉を下げて困ったように苦笑するダンデさんに、そうか迷子癖のことを心配しているのだとわかった。ダンデさんの迷子癖は有名だし、実際にホップと三人で外を歩いている時でもいつの間にか別方向を一人で進んでいることは少なくない。せっかく故郷に帰ってきているのだし、暇つぶしするためとは言えあまり遠くまでは行きたくないのだろう。
 うちもママが買い物に行っているから、どうしようかとは思ったが、ダンデさんの困ったような顔に押されて家の中へと招いた。リビングに通してソファを進めてから、紅茶を淹れてあげようとキッチンに立つ。

「手伝うよ」
「わっ!?」

 急に耳元で声がしたからびっくりして耳を押さえると、何故かダンデさんがすぐ側にいて、しかもびっくりした私を見てくすくす笑っていた。もう!と怒っても、ダンデさんはずっと笑ったままだ。

「……本当に、かわいいなぁ」
「えっ?」
「俺が来て緊張した顔をしていたのに、家族だって言った瞬間落胆した。やっぱり意識してくれていたんだよな」
「……?」

 意識、と言われて、すぐには合点がいかなかったがすぐに思い至る点があったから、咄嗟に顔を背けてしまった。でも誤魔化すべきだったと直後に後悔した。もしかして、なんて淡い気持ちのことをまるで見透かされたようで、あまりの恥ずかしさに到底顔が見られない。ダンデさんは人の些細な変化に敏感だから、そんなこともわかってしまうのかと、それを躊躇いなく口にされたことも、どういうつもりなのかって少しだけ怖い。

「ちっ、ちがうよ」
「違わないよ。俺のことを意識していた。だから今必死に誤魔化そうとしているんだ」
「してない!」
「それじゃあ困るな、だって俺も同じなのに」
「え」

 思わず顔を上げてしまったら、また後悔した。ダンデさんは笑っているのに、いつもみたいな満開の無邪気な笑顔じゃない。ドラマとかで見かける、大人の余裕な笑い方だった。呆けている私をまた微かに笑ったら、その顔がゆっくり近づいてくる。心臓が一瞬胸を突き破りそうになった。一歩分足が後ろに動いたが、生憎キッチンに当たってそれ以上逃げられない。

「俺のこと、兄のように見ていたのはわかってる。だけど、この数年、無自覚だろうが時々熱の入った視線を向けていたことも、とっくに知っているんだ」

 だけど、多分逃げようと思えば逃げられたのだ。ダンデさんは私を拘束しているわけでもない。だけど体が動かなかった。とどのつまりそれは、私が逃げようとしなかったのだと思う。本当に嫌なら突き飛ばそうとするなり、抵抗の素振りを見せたりすればいい。これは恐怖で動けないとか、そういう話じゃない。
 目を瞑ってしまいそうになったが、どうしても目を逸らせなかった。蜂蜜色がぐるって溶けるみたいな、窓の光を受けて僅かにキラキラしていた瞳がなんだか綺麗で、私に乱暴しようという意思は全く感じられない。そういう、どろりとした欲の色はなかった。だから私はダンデさんを強引に引きはがそうとも、空いたスペースから逃げ出そうともしなかった。体が強張っているのも、心臓がバクバクとするのも緊張のせいだけれど、それは嫌悪じゃない。

 私は、どこかで、期待をしていたのだ。

「……あ」
「今はこれで我慢だな」

 ――期待をしていた私は肩透かしを食らった気分で、のそのそと手を動かして、ダンデさんの口が数秒だけくっついた頬をなぞった。

「まだナマエは子供だから。さすがに分別はついているよ。……まぁ、昔から君をそういう目で見ていたことは、分別がついているとは言えないかもしれないけど」
「……昔から?昔から私のこと、その」
「そうだよ。昔から、ナマエが小さな頃から可愛くて仕方なかった。とっくにナマエが好きだった」
「かぞくって言ったのは?」
「いずれ本当の家族になるんだから、可笑しくはないだろ?」

 顔から火が出るんじゃないかと恐ろしくなるくらい熱くて、そんな私を嬉しそうに見るダンデさんから逃れたくて顔の向きをあちこちにやったり、だけど優しいのに熱のある瞳を見ていたくて、結局逸らしては戻したりの繰り返しだった。他の男の子からは向けられたことのない優しいのに甘い視線がこそばゆくて、だけど凄くドキドキして、キスするのかと思ったのにされなくて。期待と物足りなさに頭が沸騰してきた。知らなかった、私こんなに欲張りだったのか。

「もう少し大人になったら。それまでは、色々とお預けだ」
「おあずけ……」
「そうだ。でも味見くらいはするかもしれないな」

 あじみ、は言葉にならなかった。無知ではないから、どういうことを指しているのかわかる。また顔が熱くて、湯気でも出ているような気がした。でもこれは、多分恥ずかしさだけじゃない。

「あっ、あのっ、ね、」
「ん?」
「……キス、も?」
「……結構積極的なんだな」
「だって……だって、すき、だから」

 口にしたら、ああそうなんだなやっぱり、なんて自分で納得してしまった。ダンデさんが好きだった、私。いつからなのか自分でもわからないけれど、お兄ちゃんみたいと思っていた人に、早くキスくらいはしてほしいって望んでしまうくらい、好きになってしまっていたのか。

「あまり決心を揺すらないでくれ……」

 苦笑いして、だけど抱き締めてくれたダンデさんにすりすりして、ダンデさんの匂いにうっとりした。初めてこんなに間近で知る大人の男の匂い。まだドキドキするし触れると緊張するけれど、早く我慢の必要がなくなってほしい。

 数年後、婚約の報告をホップにしたら、嘘だろ!?とびっくりされてしまった。これからはお姉ちゃんって呼んでねと言ったら、想像したのか顔を青くしたり白くしたり、面白いことになっていた。