- ナノ -




一、いつか思い出になるとしても(前)



 リリーの朝は、ママからの体調チェックで始まる。
 未熟児として生まれたリリーは、それから十年は経ってもまだ、手足が他の子供と比べても細く、体の線も薄い。そんなリリーに体力は昔からつかなくて、外で一日遊ぶだけで熱が出ることがよくあったから。

「今日は熱はないわね……。どこも痛くない?」
「いたくないよ!元気!だからねママ、外にあそびにいきたい」
「外はだめよ。今日は朝から一段と陽射しがきついし、家の中でゆっくりしていなさい」
「……うん」

 ママは凄く心配性で、リリーのことばかり気にする人だった。リリーが生まれる前に夫を亡くしたせいなのか、愛情の全てを娘に注ぎ込むのだ。ママの世界の中心はリリーが生まれた瞬間からリリーになっていて、体が丈夫でないことも相俟って、とにかく体を崩さないよう常にみていた。
 だけど、家の中で母一人子一人なものだから、どうしてもママは仕事にいかなくてはならない。今日も、これから仕事があるママは、リリーの体調の確認をしてから、仕事に行くことに決めた。熱があれば休みか半休を取ろうと思っていたが、一先ずは熱もなさそうだし本人の顔色も昨日と比べれば幾分マシだから、後ろ髪は引かれるが仕事に向かうことにした。
 いつもそうだった。仕事よりもリリーが優先。他に頼れる人がいないママは、仕事での信頼よりも娘が大事だ。今の職場はまだ理解がある方で、頻繁に休んだり早退するママに少なからず好意的ではない人間もいるけれど、そんなことよりも、娘のことの方がよっぽど大事だった。お金を稼ぐ必要もなければ、ママは一日中リリーと、ずっと一緒にいるのだろう。

「リリー、ご飯冷蔵庫にあるからね。体調が悪くなったらすぐに連絡するのよ。仕事が終わったらすぐに帰ってくるから。お菓子は食べ過ぎちゃだめだからね。知らない人は家の中に入れちゃダメ。インターホンも出なくていいから。クーラーはついてるけど体を冷やさないよう気を付けて。電子レンジを使う時は注意するのよ」
「わかってるよぉ」

 毎度毎度、リリーを家に一人残す時の、ママの常套句。リリーからすればもう十歳なのに、と、ちょっぴり不服はある。よその地方では十歳になったらポケモントレーナーになって旅に出るところもあるのに、なんて。かくいうここアローラでも、十一歳になったら島めぐりを許される。リリーも来年には、それに参加できる年齢だ。生まれてこのかた十年とちょっと。心配性なママのお陰でアローラの中ですらあまり出掛けたことのないリリーは、もうずっと前から島めぐりを楽しみにしていた。みんな当たり前に十一歳になったら島めぐりをするから、自分も参加するのだと、無垢にリリーは信じていた。

 最後に、外には出ないように、と念押ししてから仕事に行ったママの背中に手を振ってから、リリーはリビングのソファに座ってテレビをつけた。まだ昼には余裕のあるこの時間帯では朝のニュースだとか情報番組ばかりで、子供のリリーにはちょっとつまらない。録画したアニメでも観ようかと思ったが、もう何度も見たことのあるものばかりで、でも音がないのは寂しいから適当に、一番上にカーソルがあっていた録画のアニメを再生した。今日は学校もお休みなせいで、どうにも一人きりじゃ手持無沙汰だ。気持ちは元気いっぱいなだけ、余計につまらない。
 読書、とも思ったけれど、もう何度も読んでいる本ばかりだ。ママは今度新しい本を買ってくれると言っていたが、中身を最後までチェックして、リリーに悪影響がないかどうかの厳しいチェックをしてからようやくリリーの手元にやってくるので、新しい本には中々ありつけない。アニメもそうだ。ママが見てもいいというお墨付きのものしか、リリーは見ることができない。ママがいない時間になら好きなことをやればいいのかもしれないが、ある種素直で、ママの言いつけを守らなくちゃいけないと物心ついた時から思っているリリーは、ママがいなくてもきちんとママの言葉を守るのだ。
 それでも、つまんないの、と。結局集中が続かなくて再生したアニメは停止した。リアルタイム映像に戻って、よその地方でやっているポケベースの中継が流れたから一瞬興味は惹かれたが、ルールがわからないから結局テレビは消して、リリーはソファの上で丸くなった。リリーに関わらない範囲にいるポケモンならママは見るのを許してくれるけれど、残念ながら沈むような心地の今はそういう気分じゃない。

 一人きりが寂しい。でも、かといってママが一緒にいても、ママはあんまりリリーの言葉を聞き入れてはくれないから、そういうところだけ少しだけ不満があった。ママのことは大好きなのに、そういうところはちょっぴり。確かに、ちょっと走るだけで息が続かなくなって、苦しくなって、体が重たくなってしゃがみこんじゃうけど。熱も出やすいし、体力もないからすぐに疲れて、そうしてまた熱を出す。トレーナーとは関係のない学校生活でも体のことを一々気にしながら授業を受けるため、めったなことはできない。
 でも、ママは怒っちゃうけど、もっと遊びにいきたい。家の中でできることは大体やった。ポケモンとお友達になりたい。学校のみんなはもう自分のポケモンを持っていて、話の大半はそればかりだ。リリーが生まれたこの世界は、生活にもポケモンが溶けこんでいるのに。彼等と関わらずに生きることなんて、誰もが難しいのだ。リリーが使っている水道も電気も、ご飯も服も、ポケモンの恩恵があってこそ。

 リリーは、ママが万が一何かあったらいけないと言うから、ポケモンにはほとんど触れたことがない。生まれた時からポケモンと一緒に暮らして、中にはポケモンにお世話してもらったなんて子もいるくらいなのに。ママは、本当に些末だとしても、リリーに危険性があると思われるものは、生活上必要なもの以外は遠ざける傾向がある。ママと外を歩いているときでも、絶対にポケモンには近寄らせてもらえなかった。
 野生のポケモンに恐怖があるのか、それとも単純にリリーに危害が加わってはならないと考えているのか。リリーにはママの考えはわからないけれど、ママがダメだと言うならそれを守るしかない。リリーのことを世界で一番愛して考えてくれているのは、ママだけだから。
 と、そうやって暇を持て余して、ソファの上で丸くなっていたら、突然窓をこんこんと叩く音がして、微睡み始めてもいた矢先だったからびっくりして飛び上がった。ちょっとドキドキしながら首を伸ばしてそっちを見やると、ひょっこり。窓から顔を覗かせる無邪気な顔があった。一瞬走った警戒心が、みるみると解けていく。

 ――グズマだった。

「グズマ君だ!アローラ!」
「アローラ!リリー今日は元気か?ひとりじゃつまんねぇだろ、あそぼうぜ!」
「お外はダメなの、ママがダメって言うから」
「えー?またかよ!どっかいてぇの?」
「そうじゃないけど、昨日ねつがでたから……」

 窓を開けて、枠に寄りかかるようにしてリリーを覗き込むグズマに、リリーは首をちゃんと横に振った。対してグズマは、むすりと口を尖らせながらも、それ以上しつこくは言わない。
 リリーの母親のことはグズマだって知っているし、グズマも親の言う事はきかなきゃいけないとちゃんとわかっている。だからインターホンじゃなくて窓を直接叩いたのだ。インターホンじゃ、一人の時は事前に訪問予定がない人間に応答するなとリリーが躾られているのを知っているから。自分の親にも、無理してリリーを連れ回すなと前に怒られているから、リリーがそう言うのならば、グズマだって強引には外へ連れ出せない。

「ちょっとだけもダメ?はなぞのに行こうと思ったのに」
「ママにおこられちゃう……うちであそぼうよ!グズマ君なら知らない人じゃないから中に入れてもいいもん!」
「えー!?またおままごとにつきあわせるのかよ!」
「いいじゃんおままごとしようよー!」
「オレもうおままごとやだよ!ゲーム持ってくるからそれやろうぜ!」
「ゲーム……」

 ゲームもママに怒られちゃうことの一つだったけれど、少しリリーの心が揺らいで、だめだって咄嗟に言えなかった。ダメだって理解しているのに、その時は酷く魅力的に感じてしまったのだ。二人で、それも男の子と一緒に遊べるものは結構限られていて、ただでさえ遊ぶことにも制限を課されているリリーにとっては、おままごと以外にグズマと遊べるものが思い浮かばない。外で遊べないから、家の中でできることだってまた限られてくる。

「ゲームもだめなの?」
「……うん」
「今かあちゃんいないんだろ?ゲームくらいバレないって!」
「でも……」
「ちょっとくらいへーきだろ!まってろ今持ってくるから!」

 言うや否や、グズマはぴょんっと枠から体を離して、自分の家へと駆け足で戻ってしまった。何も言えず、リリーはその背中を何とも言えない気持ちで見つめる。本当はママがダメって言う物はやっちゃいけないのに、引き止められなかったのは、リリーだってゲームをやりたいから。どうせママは夕方にならないと帰ってこないし、グズマが言っていたように、ちょっとならバレないかもしれない、なんて、つい考えてしまった。
 リリーの家の窓からも見えるくらいご近所のグズマの家から、宣言通りすぐに戻ってきたグズマは確かに手にゲーム機を抱えてきた。あんまり家の中でじっとしていられないタイプのグズマがゲームなんて珍しいなと思ったら、この前ねだったら両親が買ってくれたと嬉しそうに教えてくれた。グズマは家の中で大人しくしているよりも、外に出て遊んだり虫ポケモンを探しに行く方が好きな子だから、興味を持つのも意外だなと、グズマがさっさとテレビに接続する様子を眺めながらぼんやりと思う。

「これ、グソクムシャが出るんだ!ちょーかっこいいんだぞ!」

 ああなるほどな、とすぐにリリーは納得できた。いつの間にかコソクムシをゲットしていたグズマは、その進化系たるグソクムシャに惹かれただけで、ゲーム自体に興味があったわけではないらしい。ゲームを勧めてきたのも、きっとグソクムシャを自慢したかったのだろう。

「コソクムシ、元気?」
「元気!この前もバトルしてきた!トロフィーももらったんだぜ!」
「すごいね!」

 コソクムシは一度だけ見せてもらったことがある。というよりも正確には見かけただけだが、偶然、家の庭でグズマと遊んでいるところをママとリリーが通りがかったのだ。臆病なコソクムシはすぐグズマの後ろに隠れてしまったからちゃんと顔は見られなかったけれど、正直、とても、羨ましかった。

 それから数時間、グズマと交代でゲームを遊んだ。途中お昼を食べにグズマが家に一時的に帰って、リリーもママの用意しておいてくれたお昼ご飯を食べる。家の電話にママから連絡も入って、体調のことやお昼のことをまた言われた。いつもそうだった。ママが仕事の日は、大体決まった時間にこうやって電話がくる。娘のことを心配しているからこそだが、そういう理由もあるからリリーはママがいなくても中々外には出れない。携帯電話も、もう少し大きくなってからじゃないと持たせてもらえない予定だ。なにせ一人じゃ外に出ることは簡単に許されないリリーには、まだ必要がないものだから。
 ママとの電話も終えて、食べかけのお昼ご飯のあるテーブルに戻ってから、さっきまでグズマと遊んでいた場所を眺めて、ほんのちょっと、なんだか、寂しくなった。ママの声を聞いたせいもあるかもしれない。今日はまた午後から遊ぶつもりだけど、グズマと遊んだ後はいつもこうなる。学校でリリーの友達になってくれる子はあんまりいないから、学校に通う前から交流のあったグズマともう一人くらいしか、リリーは遊ぶ子がいない。一応気に掛けてくれる子は学校にいても、体調不良を訴えて授業を止まらせたり、休みがちなリリーの隣に常にいてくれる子は、あんまり。

 そうやって学校のことを思い返していると、静かな室内に窓を叩く音が再び響いた。グズマが戻ったのか、早いな、とそちらを見やると、グズマとは全然違う顔がひょっこり覗いていて、リリーは途端に嬉しくなってすぐにそっちに駆け寄った。ご近所ではないけど仲良くしてくれるククイがそこにいたのだ。

「アローラ!ククイ君、どうしたの?」
「アローラリリー、みやげ持ってきた!」
「おみやげ!」

 ククイもまたインターホンのことはわかっているから、こうして窓から直接来訪を知らせてくれる。確か昨日までアーカラ島に家族で遊びにいっていた筈で、土産とはそこで買ったものだろう。

「あれ?誰か来てた?」
「え?」
「ゲームなんて、おばさん許さないだろ?誰かが持ってきたのか?」
「グズマ君だよ!あそこのおうちの!これからまたくるよ!」
「ああ!よく話してくれるリリーの友達か」

 リリーより少しお兄さんのククイは何かと気に掛けてくれる。いささか乱暴な気質のあるグズマよりも、年上のせいか気も利くククイの方がママもお気に入りらしく、ママもククイの前では随分とにこにこする。こうして自らお土産を持ってきてくれる辺りも、ママの好きなポイントだ。

「じゃあ今日は一人じゃないんだな、よかった」
「ククイ君もあそぼうよ!グズマ君もきっといいよって言ってくれるとおもう!」
「遊びたいのは山々だけど、これからハラさんのとこにいかないといけないから、また今度な」
「ハラさん?あ、キャプテンのこと!?」
「そうだよ」

 お土産を受け取ってから、リリーは閃いて目を輝かせた。もう既に島めぐりを終えているククイは、今度メレメレ島の島キングであるハラの元で、キャプテンになるために勉強することになっているらしい。できればまた島めぐりの話をしてもらいたかったけれど、用事があるのなら家の中には入ってくれないだろう。

「いいなー!」
「リリーも来年島めぐりだな、応援してるからな!」
「うん!」

 笑って頬が持ち上がるリリーに、ククイは穏やかに笑って、リリーの肩をぽんぽんと軽く叩いてから、リリーに背を向けた。本当にお土産を持ってきただけのようだ。もう行っちゃうの、とつい引き止めてしまったリリーに、ククイは朗らかに笑って、また来るよ、と手を振った。グズマと遊んでいることも伝えたから、多分気も利かせてくれたのだろう。二人はまだ面識はないが、みんなで遊びたいなと、リリーは思う。二人共ポケモンが大好きだから仲良く出来るって、子供心に信じている。
 一時帰宅してから一時間もしないくらいで戻ってきたグズマと、それからまたゲームで遊んだ。夕方になる前にはグズマは帰って、ゲームをしていたことがママにバレないよう、いじった線もきちんとグズマが直してから、今度は外に遊びに行こうな、と子供特有の弾けるような笑顔をくれた。それに対してリリーは、うん、と気弱な返事しかできなかった。自分が遊びに行きたくても、ママがいいよと言ってくれない限り、絶対的な約束はできないのだ。


 グズマが帰ってから少しして、ママから、これから帰るよ、と電話を貰った。リリーは使った食器を洗ったり、そういえばって思い出して部屋の掃除をしたりして、時間を潰した。程なくして帰ってきたママが、開口一番「体調は?」と電話でも確認したのにもう一度確認するから、リリーは笑って「元気!」と返した。

「あら、食器洗ってくれたの?」
「うん!おそうじもしたよ!」
「ありがとう。でも、ゆっくりしてていいんだからね。具合が悪くなったらいけないんだから」

 せっかくママのお手伝いをしても、最終的に行きつくのはリリーの体についてだ、ママの中では。それにほんのりと寂しい気持ちになっちゃうリリーは、自分が悪い子なんだと思っている。もっとママに喜んでもらいたいと思っているのにな、なんて。

「今日は何してたの?ちゃんと大人しくしてた?」
「うんっ」
「誰も来なかった?」
「グズマ君とククイ君が来たよ!ククイ君がおみやげくれたの!」
「……グズマ君が来たの」

 リビングのテーブルに置いたククイからのお土産を指差しながら、ゲームのことだけ内緒にするため内心ドキドキとしているリリーをよそに、ママは顔を顰めてしまった。次にお土産を見てから、あとでお礼の電話しないと、と呟く。

「グズマ君と、何して遊んだの?」
「え、と……おままごとしたり、おしゃべりしたり。テレビもちょっと見た、よ」
「外には出てないわね?」
「出てないよ」

 嘘を吐くことは怖いくらいドキドキとして、本当にバレやしないか心配でたまらなかった。でもママは、不満そうというか、怒っているわけではないのに少し嫌そうな顔をしていて、また別の意味でドキドキとする。

「あんまり、グズマ君と遊ぶのは控えなさいね」
「……え?どうして?」
「あの子、ちょっと乱暴なところあるでしょう。ご両親が甘やかしているから」
「でもっ、グズマ君とあそぶの、たのしいよ?」
「楽しくても、ずっとそうとは限らないでしょう。いつも、リリーがぶたれやしないかって、ママひやひやしていたんだから」
「そんな……」

 リリーにとってグズマはお友達で、唯一と言ってもいいくらい、頻繁に遊んでくれる存在なのに。それも、今に始まった関係ではない。けれど、今更そんなことを言いだしたママにリリーはとてもショックを受けた。ママがそんなことを思っていたなんて全く知らなくて、しかも、お友達のグズマ君を、そんな風に言うだなんて、と信じられない気持ちでいっぱいになる。

「なるべく家の中にも入れないようにしてね。ご両親には、ママから伝えておくから」
「わたし、ぶたれたことなんかないよ!」
「喋り方も乱暴というか、粗暴というか」

 これ以上グズマを悪く言ってほしくなくて、夕飯の支度をしているママのところまで駆け寄って、その体にぎゅってしがみついた。驚いた顔でリリーを見下ろすママだが、しがみつく娘にただ困った顔をするだけだった。

「グズマ君とこれからもあそびたい……」
「ククイ君となら遊んでもいいから。外にはあまり出てほしくないけど、ククイ君ならちゃんとリリーのことみてくれるでしょう。学校でも、女の子のお友達を作りなさい。女の子ならまだ安心だから。ああ、ククイ君に今度勉強を教えてもらうのもいいわね」
「……」
「リリー、ママの言うこと、きけるわね?」

 ぐすっ、と鼻を鳴らしても、ママはグズマ君と遊んでもいいよって、言ってはくれなかった。火を止めて、しゃがんでリリーと目線を合わせてから、その小さな肩に手を置く。ママの癖みたいなものだった。リリーに自分の言葉を言い聞かせる時は、こうして目を合わせて、体を自分に向かせて、はっきりと頷かせる。基本的にママの言うことには異を唱えずすんなり頷くリリーだが、時たま、自分の中で納得しきれないことがあると、ママにこういう態度を取る。でも、ママにとってもそんなの最早慣れっこだった。

「ね?」
「……うん」
「いいこね、リリー。ママはリリーのことが大好きよ。だから、リリーのことが心配でたまらないの。リリーが世界で一番大切だから」
「うん」
「ちゃんと言うこときけるお利巧さんで、ママとっても嬉しい。今度、ママのお休みの日にショッピングモールに遊びに行こうね。新しい本を買ってあげるから。寝る時は寂しくない?新しいぬいぐるみも買いましょうか」

 物で釣るとか、そういう意識はないのだと思う。ただ、ご褒美のつもりなのだ。
 本当はグズマと遊んじゃいけないって、頷きたくなんかなかった。でも、ママの言葉は守らなくちゃいけないのだ。ママの言うことを素直にきくと、ママは喜んでくれる。笑ってくれる。だからいつも、リリーはママの言うことをお利巧にきいてきた。

「いいこねリリー。私の世界で一番大切なリリー。私の半身」

 リリーがお利巧であればあるだけ、ママは笑ってくれた。言いつけを守って、だめって言われたこと、やりなさいって言われたこと。ママの言う通りにすると、ママはリリーを優しく抱き締めてくれる。
 リリーにはおじいちゃんもおばあちゃんも、パパもいない。パパ以外は本当はちゃんといるらしいけど、おじいちゃんとおばあちゃんの反対を押し切ってパパと結婚したから、会えないんだってママは悲しそうに以前教えてくれた。パパの方のおじいちゃんとおばあちゃんはママのことがそんなに好きじゃないから、リリーも会えないんだって。
 だから、正真正銘、リリーにはママしかいなかった。産んでくれて、大事にしてくれて、愛してくれる、リリーのただ一人のママ。お仕事が大変でも頑張って、リリーのためにたくさんのことをしてくれる。だから、リリーは大好きなママを悲しませたくない。

 でも、今日のことは、ママにはバレなかったから。黙っていればいいんだって、リリーはわかっちゃったから。だから、グズマ君とはもう遊ばないってママには言ったけれど、リリーはまた、グズマ君と遊びたかった。リリーが体調を悪くすれば自分のことみたいに心配してくれて、確かに言葉が乱暴な時はあるけど、リリーに遊ぼうっていつも誘ってくれるグズマ。趣味は合わないのに、もっと小さい頃から一緒にいるせいか不思議と、グズマと一緒にいるのはいつだって楽しかった。リリーとは全然違うのに、グズマと遊ぶのが好きだった。ママの言いつけを破っちゃおうなんて、黙ってればいいんだって、そんなことを考えちゃうくらい。