- ナノ -




飼い殺して熱


「ダンデ君ダンデ君」
「ん?」
「買い物、行きたい」

 紅茶を啜るダンデの服の袖を引っ張りながらねだると、眉を顰められてしまった。どうせまた外に出るなと言いたいのだろう。わかる、何度も言われた。

「…外には」
「わかってるって」
「買い物ならいつも俺にメモをメッセージで渡すだろう」
「ダンデ君に頼むのは気が引けるので自分で買いたいです」

 ぴっ、と背筋を伸ばして目力を込めて訴えてみるが、ダンデの眉間の皺は解けない。
 ズオウなら、本当に心配要らないのに。あれは私がちゃんとうまくやっているのか確認にきただけだから、暫くは接触してこない。あの時誰か寄越されるとは連絡があったが、よりによってズオウだったことは心底嫌だったけど、奴等の存在を気取られないよう私がダンデの懐に潜り込んで以降は、なるべく接触はしないとの話だった。
 当然そんなことダンデは存ぜぬことだが、それにしたって未だにこうして過保護を発揮するのだから、慎重派過ぎる。向けられる心配が、どうにも私には、過度なものなのだが。

「気が引けるって何が買いたいんだ」
「パンツ」
「………ぱ、ん…っ」
「とブラジャー」

 一瞬フリーズしたダンデは、ベッドの上ではあれこれし合うくせに、どうしてそんなわかりやすい反応をするのだろう。ナプキンの話をした時も狼狽えていたし、おかしな男だ。
 別に、買ってきてくれるというのならそれでいいのだが。

「ダンデ君のせいでパンツ伸びちゃったの。どうせだから上下お揃いで新調したい」
「………」

 ぎゅっと目を瞑って唇を噛み締めている。顔がくしゃくしゃだ。中央によっているパーツが面白くて一番深い皺が刻まれている眉間をちょんとつついてみると、スイッチを押したわけでもないのに突然勢いよく立ち上がった。

「君はっ…!そうやっていつも…恥ずかしげもなく…」
「え、恥ずかしくないよ。下着の話なんて」

 そもそもこうなったのは他の誰でもないダンデのせいだ。そこに羞恥は覚えないのだろうか。
 立ち上がったダンデを見上げていると、当の本人は忙しそうに一通り表情を変えて、ううん…と喉で唸った後、意を決したように瞑っていた瞳を開けた。

「………わかった。なら、一緒に行く」
「え?売場まで?」
「仕方ないだろう……不本意だが」
「…あ、ねぇ、なら」

 立ち上がったダンデと同じように立ち上がってにじり寄り、カップを持ったままの武骨な手に両手を重ねた。ふんわり、包みこむように。指先はソフトタッチで、ゆっくりと添えていく。

「ダンデ君が、選んで?」

 声の大きさを搾って上目遣いで頼むと、瞬時にダンデの顔が茹蛸みたいに真っ赤になった。あぐ、と唇が開きかけて、結局開ききれずにきつく閉じる。言葉もでないか。
 ほんと、からかい甲斐のある人。


  ◇◇


「ふふっ」
「……上機嫌だな」
「だってダンデ君が選んでくれたんだもん」

 すっかりと疲れた様子のダンデは、もっと耐性のある男かと思っていたのに。
 左手に握った淡いピンク色のショッパーをちらりと見て、また笑う。新しい下着ってどうしてこんなにわくわくするのだろう。何より、他の誰でもないダンデが選んでくれたのだ。
 珍しくも機嫌がいい私をダンデは何とも言えない顔で見ている。店を出てからずっとこうだ。

「この色ね、好きかも」

 訊かれもしないが口が勝手に動いていた。
 二人で最初に買い物に行ったショッピング施設で所在なさげに、終始目を泳がせながらも選んでくれたそれは、淡い緑。あの日買ったマグカップと、同じような色。好きな色なんてなかったが、気付けば大事になっていたマグカップの模様と、似た色。
 ダンデの頭にカップのことがあったかは定かでないが、この男の中では私の好きな色はこの色になっているのかもしれない。それとも、単に似合うと思ってくれたのだろうか。なんでもいい、ダンデが選んでくれたから。

「今夜着けるね」
「そうか…」
「楽しみにしててね」
「ああ…」

 さっきからずっとこんな風におざなりな返事ばかりだ。ショップの中で居心地悪そうだったし、よほど気疲れしたのか。せっかく親切にも夜の予定を教えてあげているというのに。

「あ、でも迷う」
「…何がだ?」
「もう一つね、実は買ったの」
「……いつの間に?」
「お会計の時、こっそり。どんなのか気になる?」

 どうにか選び終えたダンデを休んでていいよと労わってやり、一人で会計した際に、ずっと目に付いていたそれを一緒に買った。だからダンデは、左手に下げる袋に自分が知らない下着が入っていることをたった今知ったのだ。
 喜んでくれるかなと、手に取ってしまったそれ。
 一人で勝手にどこかへ行くつもりはないのに、外にいる間は律儀にも右手はダンデに繋がれているから、僅かに繋がれる手を引き、いや…と素直にならない口に構わず、背伸びしてダンデの耳に顔で近付く。出掛ける前のように、声の大きさをなるたけ搾って。

「えっちな下着」

 ピシッと、ダンデが固まった。同時に二本とも足が止まってしまい、手が繋がっているから仕方なく私もその場で立ち止まるしかない。
 ぎっ、ぎっ、と錆びついた効果音でもつきそうな様子で、ぎこちなくダンデが私を見下ろした。やっぱり変だな、ダンデって。

「今夜どっちがいいか、ダンデ君が選んでね」

 言葉を終えた直後にぎゅううと握り込まれる、汗が滲む手が火傷しそうなくらい熱い。ほんと、ダンデっておもしろい。
 今夜もダンデとずっと一緒にいたい。体で誘惑しろと言われていたが、気を抜くとそんなのどうでもよくなるくらい、あの日優しく抱かれたことが、少しも忘れられない。