日常からの転落(7/7) エースが学校に行っている時間。 所謂、お昼前。 ゆいはいつものように参考書を呼んだり、過去問を解いたりしていた。 この時間は誰も来ない。 来たとしても見舞いではない。 ゆいは完全に安心しきって勉強をしていれば、コンコンとノックの音が聞こえた。 油断していたゆいは、ドキッとした。 看護婦さんか、医師か。 どちらかを想像して、扉が開くのを待った。 数秒して扉が開けば、ゆいは絶句した。 目を丸めて、ただ入ってくる人影を見つめた。 「久しぶりだな。」 「…、父さん……。」 今まで一度も見舞いには来なかった父親。 連絡はした、と看護婦さんは言っていた。 見舞いに来るどころか、メールすら1通も来なかった。 なのに、突然の訪問。 いつもエースが腰掛けている椅子に座り、ふうっと一息ついた父親。 仄かに臭う、自分の嫌いな煙草の臭い。 「元気そうだな、ゆい。」 「ああ…何ともない。」 居づらい空気が流れる。 自分の父親といるのに、どうしてこんな気分になるのだ。 ギプスをしている左手を見続ける。 こちらをまじまじと見ている父親と、目が合ってしまいそうで怖かったからだ。 父親はゆいを見ながら溜息をついた。 「…お前の不注意で、こっちは仕事の時間削ってやってるんだぞ。 それに病院代まで…トラックに轢かれた?子供でもあるまいし。」 自分が元気なのは分かった父親は、次々と自分の不満を言い出した。 大丈夫か? 退院はいつくらいになるんだ? 生活は大変だろ? もっと掛ける言葉はたくさんあった筈なのに。 我が子が病院で大怪我している状態で、よくそんな事を言える。 「医者から電話は掛かってくるわ、いろんな封筒がうちに届くわ、家の掃除も庭の手入れも…もう散々だ。」 そう言って、父親はゆいの前に手を出した。 何かを渡せ、そう言っている様な行動だった。 まさか、金なんて持ってない。 むしろ父親が余る程持っているはず。 そう思って黙っていれば、説明が来た。 「家の鍵。」 「…鍵?」 「このために来たんだ。 お前はもうすぐ大学生だ。一人暮らしくらいできるだろ?」 鞄から鍵を取り出したゆいの表情は驚いていた。 ついに家を追い出すつもりだ。 関わりを切ろうと、 邪魔だ、と。 鍵を受け取った父親は、自分の持っていた鞄から色々と冊子を取り出した。 「もちろん家賃と生活費はバイトで稼げよ。 家が決まれば連絡しろ、荷物を送ってやるから。」 机に置かれた大量の求人誌と部屋のカタログ。 父親が立ち去る音が聞こえたが、ゆいはそれらから目を離せなかった。 こんな現実があるのか。 こんなに急に突き付けられるものなのか。 バイトで何もかも? そんなの無理に決まっている。 こんな事、父親がすることか? 怒りより、何故か涙が零れた。 エースがいるのに… この先が真っ暗になった。 continue... ← | → |