日常からの転落(6/7) 「…あしたもケーキが食べたい。」 綺麗に笑ったゆいを見たエースは、ドキッとなった。 最近になって漸く取れたゆいの頬にあったガーゼ。 そのガーゼが無くなったからかは分からないが、一弾と可愛く見えるゆいの笑顔。 まあそんなに頻繁に笑わないのも理由の一つだろうが。 身体のあらゆる骨が折れているゆい。 だからエースは今までゆいを抱きしめることを控えていた。 でもこの大きな衝動には耐えられずに、優しくゆいを包み込んだ。 「任せろ。 俺のお気に入りのケーキ、買ってきてやるからよ。」 そう言って、ゆいの髪にキスを落とす。 そのままエースはすりすりとゆいの額に高い鼻を擦る。 エースが気を遣っていてくれたことは、ゆいは承知だった。 キスだって普通にしてたが、こんなにエースの温かさを感じたのは久しぶりで。 恥ずかしい、 けど凄く嬉しい。 ゆいも動く右手をエースの背中に回した。 「…ありがと、エース。」 「気にすんな。 それにクリスマスはどこにも連れてってやれねぇからな。」 クリスマスには退院できそうですか? そんなこと、医師に聞かなくても分かる。 クリスマスどころではない。 受験に間に合うか…怪しいところだと言っていたくらいだ。 「…ごめん。」 エースの背中に回されたゆいの手にきゅっと力が入った。 全部自分のせいだ。 クリスマスはエースも望んでない病院。 クリスマスくらいデートに行ったりしたかった筈なのに。 強い罪悪感がゆいの中に渦巻いた。 謝れば、大抵エースは怒る。 ゆいせいとかじゃねぇだろ!って。 分かってても、やっぱり思ってしまう。 エースはゆいから顔を離し、穏やかに言った。 「次に謝ったら、数学の勉強時間5分ずつ短縮だ。」 「Σなッッ!」 「はは、普通は喜ぶんだぜ?」 「何に喜べばいいんだっ!」 ただでさえ授業に出られないというのに。 受験も近くなり、生徒が焦りだしている。 頭の良いゆいは学校におらず、そのゆいの見舞いでエースもいない。 つまり生徒は、ずば抜けて頭の良い人はいないので、身近に教えてくれる者がいなくなる。 相変わらずゆいは、病院でテストを受けても2位をキープしている。 勉強癖があるため、ゆいのベッドの周りには参考書が百冊近く積まれている。 「それにな、ゆい」 「?」 「クリスマスは病室でみんなとクリスマスパーティーだ。」 「!……非常識だ。」 「あ、ちなみに俺には常識って奴があるから、医者には許可を取ってたりするんだよな。」 ニッと笑うエース。 こいつは偶に賢いと思う時がある。 もちろん人間的に。 先手を打たれたゆいは、苦笑しながら頷いた。 結局ホールケーキの残りの6きれ全てエースが食べてしまったのは言うまでもない。 ← | → |