彼らが踊るに至るまで前(TOGf/ラムリチャ)
2017/09/09 00:54

ウィンドル国王が自分の心に留める程度の噂を耳にしたのは、側近として仕えているデールからだった。定期報告としてその日の朝と夕に大小さまざまな事柄を聞くのだが、ひとつデールが言い淀んだそれを話すように促したところ、それを渋々といった具合に話したのだった。
曰く、王都であるバロニアに、夜な夜な赤い目の医者の幽霊が出没する。しかし特には病気も怪我も治療はせず(目撃者の中に病人怪我人がいなかったこともあるだろうか)、人目に触れることを極力避けるよう行動を取るらしい。運良くお目にかかっても直ぐ様気付いて逃げてしまい、あまりに素早いので追い掛けても追い付くことも叶わない。しかしその情報だけでは医者とは言えないのでは、と思うのだが、その根拠というのが「幽霊は白衣の男だ」というものだった。真っ白な上着をはためかせて歩く様は、想像すると確かに医者だろう。
国王が白衣と聞いて想像したのは、親友であるラント領主の姿である。彼の衣服も模様は多かれど白基調だった。もそんなわけがないけれど、しかしたら本当にそうかもな、程度の軽い考えだ。

その報告を聞いたその日に、国王リチャードは深夜に城を抜け出して町を歩きに出掛けた。
王であると町人に悟られては事なので、髪を結い上げ眼鏡をかけて、さらに顔がよく見えないように深いフードのついた外套を羽織っていく念の入れようだ。顔さえ見えなければ同じような背格好の若者などよくいるものだ、バレる前に城に戻れば問題ない。そう考えての変装だった。もっとも、よく見れば見破ることは容易いであろうことも予想はしているが。
月明かりを頼りに夜の町並みを歩く。人通りはほとんど無い。昼はあんなに美しく見えた景色たちは、こうして暗い中にあると、穏やかで少し恐ろしい。
聖堂から抜け出て広場、街道へ続く町外れ、城の前にも目を光らせ大輝石の前も目を通しておく。
その後も街中を隈無く歩いたけれども、噂に聞く姿は目にする事なく、ついに朝日が薄く空を染めても目当ての人物は見つけられなかった。

そんな折にリチャードの手元に手紙が届けられた。上等な紙質の手触りも気にせず封を開ける。こんなに無防備に急ぐのは、差出人がソフィだったからだ。彼女もまたリチャードの大切な友人である。手紙を受け取るのに何の警戒も要らないのだ。
旅に付き添い同じ宿の下で教えた文字や単語でつくられた文章は、かつてのたどたどしさは残しつつ、成長の一途を辿っていた。「兄貴」の立場からすると彼女は妹であり、その日々の変化は把握できなくともこうして時たま触れられるのが嬉しく微笑ましい限りだった。
手紙にはアスベルに教えてもらった季節の挨拶や、たまにヒューバートから送られてくるストラタの花の種、シェリアやケリーに料理を習っていることが書かれていた。内容の平和さはリチャードの笑みを深くするのに充分だ。
けれどもひとつ不思議なことがあると手紙には書かれている。夜になるとアスベルが、どうやら出掛けていくことがあると。夜、たまに眠れなくなるとアスベルのベッドに潜り込ませて貰うことがあるらしい。けれども彼の私室には居らず、屋敷をいくら探しても見付からない。寂しくなってケリーのところに行き、ようやくなだめてもらうのだと。

医者の幽霊。白衣の友人。夜に現れる幽霊。夜に消える友人。あまりにも符合しすぎている。
これは、話を聞かなければなるまい。リチャードは早急に今後の予定を聞き出し、全てに時間を早めるよう計らわせた。
公務を放ってしまうのは、国王の身分では許されない勿論リチャード本人にとっても不本意なことだ。



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