空腹/7
瞼の先の眩しさに目を覚ます。寝床として借りた巨木の洞から這い出すと、辺りはもうすっかりと明るくなっていた。
「・・・朝だ」
無事に夜を越せたことに心底安堵する。火起こしの疲れか、安心感か、あの後直ぐ眠気に誘われて寝入ってしまった。腕や背中には洞に敷き詰めた草や葉が引っ付いていて、それを払いながら私は今後について考える。
今1番重要な問題は、ここが何処であるとか、出口は何処だとか、身体が縮んだ事じゃない。安堵の後に感じたこの腹の、空腹感だ。思い返せば昨日も歩き回って喉が渇いたり、疲れを感じることがあった。心臓の鼓動が早くなる。ぎゅっと胸のあたりを掴んで、私は確信した。ここは天国なんかじゃない。この空腹感も、右腕に残る昨日の疲労感も紛れも無いリアル。私はこの見も知らない不思議な森で、間違いなく生きている。
「一体、どういう・・・・」
いや、今考えても答えが出ないことを私は知っている。昨日から理解しきれないことばっかりだ。一昨日まで大都会東京でフラフラと生きてただけだったのに、今や森の中でサバイバル。何をどうしたらこうなるのか。腰に手を当て、右手で眉間を揉みしだく。
その時、腰に当てた手が何か硬いものを触った気がした。なんだろう、と自分の腰あたりを撫でると、今まで気がつかなかったがワンピースにはポケットが付いていたようで、その中に何かが入っている。
「え、これって・・・あの時の・・・」
取り出して見てみれば、いつの日かホームレスの男性に貰った鍵があった。ただ今は、全体に絡んでいた蔦が綺麗さっぱり無くなっている。これはあれから結局使い所が分からずにリュックの底で眠っていた筈だ。ここに私の私物は一つもない。服も、身につけいたリュックサックも何も。目の前の鍵、一つを除いて。蔦が消えてしまった事以外には何も変わらない、ただのアンティーク品だ。しかしながら、唯一知っているこれが何かしらの事情を知っているような気がしてならない。
「なんて、聞きようもないんだけども」
物に事情を訪ねたって答えは返ってくるはずも無く。ため息をついてその鍵を再びポケットにしまう。現実であると確信しながらも、現実味のないこの森で、私は途方もなさに虚空を見つめた。すると、肩に突然の質量。
「うわっ、・・・びっくりしたぁ」
にゅっと視界に割り込んできたのは白い毛玉・・・では無く毛玉に見える程まん丸とした鳥だった。ビーズのようなクリクリとした黒い目と、その真ん中におさまるちんまりとした嘴。差し色の入る小さな翼。尾羽と言えるものが見当たらないから、後ろから見れば本当にただの毛玉にしか見えない。もしくは大福餅とか。
「どうしたの、餌でもねだりに来たのかな」
そっと人差し指を伸ばしてみると、人懐こく頭やほおを擦り付けてくる。なんだろう、この生き物は・・・。そうだ、シマエナガに良く似ている。尾羽のない真っ白なシマエナガを大きくした生き物。文句の付けようがないくらいに可愛らしい。
「ごめんね、君が食べられそうな物持ってないんだ」
そう言って頭を撫でてやるが、言葉が通じる訳も無く毛玉は肩に居座り続けている。そろっと歩き出してみても離れる様子がないので、このまま行動を共にすることにした。孤独な生活に仲間が増えたような気がして少しばかり気分が上がる。鳥を飼った経験はないから詳しくは分からないけれど、植物の種や虫なら食べるだろうか。
「私もご飯を探さなきゃいけないから、そのついでに君の食べ物も採って来ようね」
くるっと首を傾げた毛玉の頭を撫でてやる。心地よさそうに目を細めるそれに、だいぶ心を和ませて貰った。ありがとね、そう言った後に小さく「チチ」と鳴いたが、ただの気まぐれなのだろう。
