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小さな子供が母親の服の裾を引っ張りながら尋ねる。
「ママ、椎って誰?」
そう問われた母親は…表情を凍らせた。
「ど、どうして貴方がそれを?」
動揺を隠しきれない母親はその彼の両肩を掴み強く問掛けた。
本来なら知り得る筈のない名前
それは…
「分かんない。」
子供はつまらなさそうにそれだけ言うと部屋に走って行ってしまった。
‡
「椎…椎…椎…椎…」
子供は自分の部屋でそう繰り返し呟いていた。
何故かとても懐かしいような
悲しいような響き
それを繰り返しているうちに
ふと、頭の中で声がした。
―君は…誰?―
「え?」
―君は…椎って言うの?―
その声は自分にそう投げ掛けた。
子供は慌てて自分の名前を告げようとした、が頭の中の彼が思いもよらない言葉を告げた。
―僕も椎って言うんだよ、同じだね?―
「椎…同じ…同じ?」
子供の中で何かが弾けて産まれた
…椎って…あの子?
ううん、僕が…僕も椎だ。
「僕と君は同じ椎だ!」
―そうだね、同じだね―
「これから仲良くしようね?」
―よろしく―
‡
こうして子供は
自分の名前を喪った
そして新たな名前を手に入れた
―椎―
それは…
子供より幾年か早く産まれ、
子供の兄として生きる筈だった
しかし躯が不完全故に死した
幼子の名前
だったのだ―