魔王城防衛戦

(執筆:玖音白斗様)

その日は運が良かったのかもしくは悪かったのか、偶々魔界の王たる称号と地位を戴くセロネは不在だった。
その為魔王の椅子を戴かんとする多数の魔物どもは、セロネの腹心が守護している城へと奇襲を掛けた。
一番の権力者が不在だったのは、果たして彼らにとって幸運と云えたのだろうか。


その異変にいち早く勘付いたのは、渋々城内での家事を任されていた芭甄であった。
今日は彼の仕えるセロネは早朝から何処かに行っており、彼女の留守はめごとひきと彼に一任されていた。
芭甄は彼方から伝わってくる微弱な魔力を感じ取り、片手に持っていた箒(ホウキ)を放り投げた。家事から解放される点では有り難いが、しかし今から怒涛のような戦いが待ち構えているかと思うと自然と気は塞がる。
「まーた戦かよ……、俺一応平和主義なんだけどなぁ」
嘆いてみても敵は遠ざかるどころか魔力の波動は近付いており、芭甄は文句たらたらで部屋を後にした。
芭甄が居を構える三つの門まで出向くと、既にそこには同僚二人の姿が在った。
めごは彼の姿を見付けるなり、面白そうに片目をすがめる。
「随分と遅いお出ましね」
「うっせ! 俺がただでさえ争い事が嫌いだってぇのは知ってるだろ!? お前らが居るなら俺は撤収するぞ!」
めごの傍らで腕組みしながら芭甄を眺めていたひきが、口を開いた。
「なんでアンタは争いが嫌いな訳? アタシ達はセロネ様の御為に使われる駒。せいぜい楽しまなきゃいけないっしょ」
「……へいへい」
どうして彼女はこんなにも他人の血肉が好きなのかと呆れ、芭甄はちらりと門扉に――門の外に押し寄せつつあるだろう敵を顧みる。
「で? 今回はどのくらいな訳? 一千? 五千くらいは居るのか?」
敵の数を訊いた芭甄に、二人は微笑さえ浮かべてあっさりと返した。
「「二万」」
その返答にぎょっとし、芭甄は思わず訊き返した。
「にっ……、まんだと!?」
疾風の如く現れ、瞬く間に魔王の座を掻っ攫っていったセロネに反感を抱く者は、少なくないのは事実だ。
現に彼女が就任した当初は、二十四時間ほぼひっきりなしに大小構わず沢山の謀反者がこの城に訪れていた。その度にセロネや彼女の僕(シモベ)である彼らは敵の一蹴に駆り出され、最近になってようやっと敵の襲来は週に一度程度、しかも規模もぐんと小さいものに変わっていった。
初めは何の見境なく手当たり次第に奇襲を掛けていた者どももさずかに学習したのか、奇襲に行った物達が片手で数えられるほどしか帰還しない事に気付いた。そしてそれを皮切りに次々と新魔王と彼女の僕に畏怖を抱きこそすれ、二万などという懸け離れた敵の数の多さは何なのか。
唖然と口を開けた芭甄に、めごは至極当然そうに無表情で添えてやった。
「まぁ、仕方ないといえば仕方ないわね。今でもセロネ様に反感を抱いている者どもが居るのは気に食わないけれど――むしろ、そいつらの首をへし折ってやりたいほどに腹が立つけれども。感情のある者達にとって、好き嫌いというものは無条件で付き纏うものなのだから」
それに、とひきもめごの言葉を引き継いで続けた。
「多勢に無勢だけに勝算を掛けた輩も居るみたいね。お陰で巻き添えをくらっちまった奴らも、襲撃に加わりやがったみたい」
ひきは今から祭りが始まるかのように口端を吊り上げ、実に嬉しそうに笑った。
「まぁそれもこれも全部、セロネ様の御為に全て屠ってやるだけだけど」
手を交互に組み合わせて鳴らすひきを視界の隅で見やり、これから襲撃に来んとする者どもに芭甄は、同情さえも覚えた。
(こいつにとっては本当に祭りなんだろうなぁ……)
血祭り、という単語が頭をよぎった芭甄は、慌てて首を振った。
「とにかく俺は、いつもの守護に回るかんな。さすがに二万は大変だろうから、今日は俺も加わる。とりあえず、大まかな処分はお前ら宜しく」
「りょーかい」
生返事をもって返すめごに背を向け(ひきは背中越しに手を振った)、芭甄は全身から嫌々そうな空気を漂わせつつも己の持ち場である門へと歩を進めた。

「はぁーあ……」
芭甄は盛大な溜め息を付き、それでも手だけは止めずに回りの鬱陶しい他ない雑魚どもを屠っていった。
虎のような魔物が踊り出て、跳躍し襲い掛かる。その魔物の陰から現れた別の猿の如き魔物は、珍しく人の言が喋れるらしく如何わしい呪文を唱えながら芭甄に向かって魔法をぶっ放していた。
「ちっ……、あーもうキリがねぇじゃねーか!」
彼は鋭い刃の付いた輪具で魔物を真っ二つにする。それはブーメランのように投げてもまた戻ってくるので戦闘時に消失する事はないのだが、これだけ敵が多いとその輪具の数が足りない。
また悪態を付こうと口を開き掛けた時、正面から斬った筈の虎が大きく弾んで飛び出してきた。
「――っ!」
何とか身を屈めて避けたが、髪の一房が虎の歯で噛み千切られた。ぱさりと地面に彼の髪が散る。
振り向きざまその虎に止めを刺し、芭甄は声を張り上げた。
「お前も手伝えよ! 俺一人でこの人数どうしろっつーんだよ!!」
彼の矛先は――高見の見物とばかりに城の中程から彼を見下ろしているめご。
敵が異常なまでに多いという事はとうに知っているものの、一切手を出そうとしない同僚である。
「私がでしゃばる事ではないでしょう? 芭甄は充分強いんだから――」
と、彼女に向かって物凄い勢いで首を斬ろうと飛んできた芭甄の輪具を身をかわして避ける。
己の立ち位置に戻ってきた輪具を掴んでは魔物どもに放ち、芭甄は苛立ちを隠そうともせずめごに怒鳴り付けた。
「またこの刃で狙われたくないなら、さっさとお前も応戦しろよ! お前の槍はただの飾りじゃねーだろがっ!」
「はいはぁい」
またもや生返事で返し、めごは仕方なくちゃんと小脇に抱えていた二つの槍を抱え直して彼女の持ち場である門へと向かった。
「やっ、と行きやがったなあの野郎……」
情けなくも若干息切れをしつつ、芭甄ははぁと息を吐いた。めごがいつからあそこで彼の働きっぷりを見学していたのか――見学していただけなのか、考えたくもないほどに長い時間だったなと思い返して。

それぞれが思い思いの武器を手に全ての敵を屠り終わったのは、敵が来たと分かってから三時間ほど経っての事だった。
ずっと魔物退治に駆り出される事となった彼ら三人はさすがに喋る気すら起きず、無言で城の入り口の所で座り込んでいる。
「……疲れた」
盛大な溜め息と共に、ぼそりとひきがぼやいた。それに続き、めごもぶすっとした顔で不満を呟く。
「まったくだわ……。誰かさんのせいで私まであんな雑魚どもの相手をさせられたし」
片手に収まった槍をくるくると弄び、じと目で芭甄を睨み付ける。その視線に気付いてはいたものの、芭甄はあえて何も言わずに自室に引き上げようと立ち上がった。
「ちょっと、ごめんなさいくらい言いなさい。誰のせいだと思っているの?」
立ち去ろうとする背中に向かって、不満たらたらでめごが話し掛ける。黙ったままでいようと思ってはいた芭甄だったが、結局大きく息を吸い込んで振り向きざま一息で言ってやった。
「馬鹿野郎お前の仕事は元々城の護衛だろ! 何でもかんでも俺のせいにするな、大体お前は途中まで高見の見物だっただろーが!」
言うだけ言って幾分すっきりした芭甄は、すんなりと踵を返そうとした――が、背後からおもむろに殺気を感じて咄嗟に頭を屈める。
その頭上には、彼の頭か首を狙って放たれた一本の槍。あいにく的を外したそれは、数メートル先の絨毯に音を立てて突き刺さった。
さすがに口の端を引き攣らせて、文句の一つでもぶつけてやろうと再度振り返ろうとした芭甄だが、めごの反撃はそれだけでは無かった。
続け様、今度はもう一本の槍が彼の胸めがけて放たれた。
「……げっ!」
ぎりぎり視界の隅でそれを捉えた芭甄は、横に転がって何とかそれを避ける。
「ちぇ、何で避けるのよ」
「な、何でって避けなきゃ死ぬだろうが阿呆! 俺を殺す気か!」
「ええ、一応そのつもりだったのだけれど」
すんなりと肯定されてしまった芭甄は、改めて何でこんな奴らと一緒に城と魔王の護衛を任されているのか、一度本気で創世主とやらにお伺いを立ててみたいと思案した芭甄だった。




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