夢想の淫魔


「久しいな」


凛と澄んだ声色に自然と笑みがこぼれる。
女にしては背が高く、細い割に肉感的な美しい肢体を漆黒のローブに包んだ魔女−セロネはいつ見ても綺麗だと思う。
きらきら、きらきら。
木漏れ日を弾いて揺れる髪はまるで、光を寄せ集めた様に美しい輝きを魅せる。

出会いは必然。
伴侶探しの新たな拠点とした世界を下調べついでに巡り終え、白昼夢想空間へ戻ってみれば悠然とした態度でセロネはそこにいた。

「私にしか出来ないこと?」

まさか、事なかれ主義と称しためんどうくさがり。
その極みをいく、あのセロネが。
遊ぶためにわざわざ出向く筈がない。
それに、客人の訪問を待つのが嫌いな性分から誘われようとなかろうと、常に私が会いに出向きたがる事を知ってもいるのだから。

「いや、やつなら代わりが立つ」

返答に琥珀色の髪を持った金色の瞳が脳裏を過る。
セロネと同等、又はそれ以上の力を持ちながら争いを好まず。永結の大地・混沌生まれ出地と呼ばれる場所へその力を封印し、彼の地を去ったあの人は今何をしているのだろうか。
そういえば、セロネ同様久しく会っていない。

「彼は動かないでしょうね。…それで、何をさせたいの?」

思いながらさりはゆるりとした口調で問う。
暗に気に入っているというのもあるが。
それ以前に旧知の仲だ。
内容は何であれ大抵の申し出は引き受けるつもりである。
最も。大役を果たせるほどの力は遠い昔に封印してしまい、今は雀の涙程度しか残っていないのだが。
いざとなれば封印など容易に解ける。

さすが、話が早い。と。
セロネがにんまりと笑む。
無邪気なようでいて無邪気とは言うには程遠いその笑みは艶めかしく。
セロネの存在感は先から途切れる事無く、不思議と逆らいがたい慕わしさを感じさせていた。
その要因は魔の力の理法にあるのだろう。
元来、魔の力と力は引き寄せられるように共鳴し、その存在の大きさを互いに報しめ合う。
そして、その魔力の本質が類似していればいる程相互間に起こる共鳴は強くなるという性格を有している。

力を封じたとはいえ、さりもまた魔を帯びた闇の眷属であることには変わりない。
何より、セロネとさりの魔力はその本質が非常に酷似していた。
故に共鳴は強く、その根底より沸き上がる甘やかな感覚は誰にも理解し得ぬ至高の嬉情となりさりを満たすのだ。

「そう難しいことではない。単なる害虫退治だ。光り射す庭の、な」

−光り射す庭。
澱み荒んだセロネの統べる世界、魔界。の中で唯一汚れなく美しい幻想的な風景の広がる場所であり、
天界と呼ばれる魔界を包む暗雲の上に存在する世界への路がある場所だ。
そこは大地や空気。存在する総てに汚れを浄化する力が秘められ、その代名詞でもある悪魔が不用意に近づけば強い浄化の力で名の通り浄化されてしまう。
セロネの腹心である三大悪魔でさえ、浄化されることは無きにしろその真価を発揮することはできない。
それ程に浄化の力は強く、
その影響を受けないのは魔王足りえる力と精神を併せ持つ悪魔と、光の眷属である天使くらいだろう。

今の魔界にその条件を満たす悪魔はセロネのみ。
魔界を去ったものではさりと琥珀色の髪の彼の人だけ。
それ故にセロネの言う害虫、はその天使を指し示すことになる。

「彼らは…いつまでたっても、変わらないのね」

「所詮、何かに縋らなければその存在意義すら見いだせない弱者共だ。期待をするだけ無駄、だろうな」

総てが、そうであるとは言わないが。
はっきりと告げる声は冷たく哀れみさえ帯びている。
セロネもまた、快楽主義者というだけで望まぬ争いを好む性質ではなかった。
誠意さえ見せれば余程のことが無い限り話くらいは聞いてくれるし、相応の対応をしなくもない。

しかし、世界の統合と平和を主張し争いを非難しながら、頑なに。
悪魔を絶対的悪と決め付け魔界を力で征しようとする天使達には、セロネどころかさりですらほとほと呆れ果てていた。

神などと下らぬ幻想に縋り、その名の下に自らを絶対的正義と称し力を振るう偽善の者共。
掲げる正義は対するものがあり初めて成立する相対的なものであり、絶対的なものでは決してない。
まして、悪魔からしてみれば正義等と身勝手な思想を押しつける彼等こそ、彼等の言う悪に相当する存在になりたりえるというのに。
所詮、どんなにご立派な綺麗事を並べ立てようと。
お前達の根底は悪魔と大差ないのだと何故気付けない。

ふと考えて、哂った。
これではあの愚か者共を心配している様だ。と。


「終わったら、私に付き合ってね」


思考を闇へ放り。
ふわり。笑むさりに。
セロネは日だまりの猫のように瞳を細めて、唇に孤を描いた。

2006.11.10




「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -