ピンチ?
「綾瀬!!」
黒服の男の足元にうずくまっている綾瀬の後頭部に、鈍く光る銃口が押しつけられている。
周りは黒服の男の仲間に包囲され、和人と綾瀬にとって状況は見るからに不利そのものだった。
和人一人なら包囲を軽く突破しこの場を退くことは容易い。
が、相方である綾瀬を置いていくには気が引けるような気がしなくもないがそうでもない気もする。
要は見捨てようか否か、悠長にも和人は迷っていた。
「おい、こいつを殺されたくなけりゃ銃を捨てな」
「…っ、和人!私に構わないで!!」
「うるせぇ!テメェは黙ってろ!」
荒い息の下から叫んだ綾瀬を銃口を突き付けた男が蹴飛ばす。
呻いた綾瀬を見つめ、和人は不謹慎に笑んだ。
そして、手にした銃を
発砲した。
「きゃああぁあ!おおおっおまっ!仲間!仲間いんのに何撃ってんだよおぉおおぉ!?」
弾は綾瀬に銃を突き付けた男の隣にいた男の額ど真ん中を貫通。
まさかの和人の行動に、辺りが騒つき綾瀬に銃を突き付けていた男。もとい今回の標的が少女のような悲鳴をあげて叫び散らす。
「構うなって言ったから」
そんな標的に和人は素直に告げた。
ああ、うん。
確かに言ってた。
標的は頷きかけはっとする。
「まっ、真顔で答えんじゃねぇ!危うく納得しちまうところだったじゃねえか!つーかよぉ!普通仲間が人質にとられたら銃捨てて捕まるかいったん逃げて援軍呼んで助けにくるだろ!?」
「はあ?なんで俺がわざわざそんな面倒なことしなきゃならねぇんだよ」
「面倒って…おおおお前仲間がどうなってもいいのかよ!?」
「うん」
「ああおうあ〜〜!!テメェの血は何色だ!?それでも警察!?」
「さっきから質問の多い奴だな。大体警察なんざお前が思う程仲間意識高くねぇぞ。金が絡めば「いやっ!やめて!俺の清廉な警察像を崩さないで!!」おい、綾瀬。終わったならこいつも片しとけよ」
「はいはーい」
「え?」
突然、額に当たった冷たい感触。
和人の話を聞くまいと耳を塞ぎ蹲っていた標的は、その感触に間の抜けた声を出し顔を上げた。
見上げた先にはにっこりと無邪気に笑む綾瀬の端正な顔。
横目で辺りを見渡せば包囲をしていた仲間は血に塗れてその場に倒れていた。
「あ、あれぇ〜?」
いつのまにか逆転していた形勢に標的は引きつった笑みを浮かべ、
「さっきはよくもきったない靴で蹴飛ばしてくれたねこのごくつぶしが」
恐る恐る視線を綾瀬に戻したとたん告げられた言葉に全身から汗を吹き出す。
そのまま。
笑みに宿っていた無邪気さは何処へ消え失せたのか。
まるで世紀末覇者のような目をして冷笑する綾瀬を前に、為す術もなくただ雨に濡れた子犬のようにプルプルと震えた。
「お前、つまんねぇからってわざと捕まんのやめろよな」
マガジンから銃弾を抜きながら和人は呆れたように言った。
「あは、たまにはスリルが欲しくてさ。あんま意味なかったけど」
特に悪怯れた様子もなく綾瀬が笑う。
そんな綾瀬に、和人は小さく肩を落とした。
「あ、ところで」
「何?」
「お前、隊服の裾破れてんぞ」
そして、親切に然り気無く悪気なく。
精神的ダメージを与えた。
隊服の修繕費は自腹だ。
標的を引っ捕らえた。
黒服組織を潰した。
和人は薄情さに磨きがかかった。
綾瀬は世紀末覇者の冷笑を覚えた。
が、隊服の裾が破れた。
2007.1.4