魔界日和

常に赤黒い暗雲が隙間無く空を覆う陰欝とした世界、魔界。
住まう生物は「悪魔」と総称され、そこから龍神・人魚・吸血鬼等様々な種族に分類がなされている。
中でも、龍神族は魔界最強の種族と云われ他の種族に畏怖される程にその力は強大であり知己に富んだものが多い。
そして、龍神族とは真逆に悪魔の中でも珍しく人型をとる種族−魔女は戦闘能力が低く魔界最弱の種族であると蔑まされていた。



今から約三千年前までは。










『魔界日和』






「お前達三人の意見が聞きたい」

王座が置かれた魔界の象徴とも言える魔王城、謁見の間。
その冷たく強固な石造りの部屋に若々しい張りのある声が響く。
現・魔王、セロネ。
きめ細かく透き通るような白い肌にきらきらと輝く金色の髪。蒼い瞳は欠けらの濁りもなく、その圧倒的な存在感は正に魔王たるに相応しいものだ。
そんなセロネの服装は漆黒のローブに身を包んだいかにも、な魔女ファッションだった。

そう、セロネが区分される種族は弱い弱いと他種族にこけにされていた魔女。
幸か不幸か生まれながらに龍神族も顔負けの魔力を持っていたセロネはその自由奔放な性格から、三千年程前に起こった魔界の覇権争いに参戦。
なんとその栄冠をあっさり手にしてしまったのだ。

貶され続けてうん千万年。
この魔界の常識になりつつあった偏見を覆す大ニュースに同族である魔女は盛大に喜びセロネを称賛し、
他種族は面目丸潰れとばかりに地団駄を踏むものが多数見られた。

「蛇龍の月、暁の終焉の日に温泉へ出掛ける」

追随された言葉に、こうべを垂れ跪いていた三人の悪魔が疎らに顔を上げる。
蛇龍の月、暁の終焉の日。とは魔界暦における新年を迎える前日。所謂年末だ。

「温泉、と申しますと南へ行かれるのですか?」

淡い桃色の髪を揺らし問い掛けたのはセロネの腹心・霊威の魔槍士とその名を魔界全土に馳せる種族不明の三大悪魔の一人、めご。
秀麗な容姿に見合う透き通るような声は鼓膜に心地よい震動を与える。
そんな彼女は遠い昔空腹で倒れているところをセロネに助けられ、その懐の深さに感嘆。
以来、何千年にも渡りセロネに仕え続けている。
食べ物の恨みは恐ろしいというがそのまた逆もあるようだ。

「いや、南の湯は肌に合わない」

「じゃ、西へ行きます?」

めごに続き意見を述べたのは瘋癲の幻獣使いと呼ばれる三大悪魔の一人、ひき。
にこにこと人懐っこい笑みに、藍玉のような色合いをみせる髪。
何より片目を覆う白い包帯が印象的である。

「西なら反逆者もまだ多いし、手当たり次第ブッ殺して浸かる湯ってのもいいですよ」

可憐な容姿とは裏腹に楽しそうにひきが続けた言葉はなんとも物騒極まりない。
闘争を悦び、純粋に強さだけを求め認めることを信念としたひきは三大悪魔の中で一番悪魔らしい悪魔だった。
セロネに仕えているのもその力に魅せられたからという節もいくつかある。
しかし、一番の理由は生まれた頃から慕っていた断罪の霊帝と呼ばれる悪魔から貰った魔界ペンギンが行方知れずになった時、たまたま捜索を手伝ってくれたからだったりする。

「そうだな…、西には秘湯も多くあるというし」

「ちょ、ちょっと待って下さい。西方は砂嵐が絶えませんし、今の季節なら東方の方がまだ風情があっていいと思います」

少し罰が悪い様子でセロネの言葉を遮ったのは三大悪魔最後の一人。
烈旋の仙術士、芭甄だった。
無駄なく鍛えられた体躯に端正に整った顔立ち。
ひきとは反対に殺生を好まず、常に温和な雰囲気を湛えてはいるがその腕は冴え明晰な頭脳も備えている三大悪魔中もっとも強い悪魔だ。
といってもそのお人好しな性格が災いし城内では炊事・掃除・洗濯その他もろもろ家事を押しつけられ活躍の場は非常に地味な城内のみとヘタレた一面が際立っている。
セロネに仕えているのも昔仕えていた主が急な病で没し、これからどうしたものかと途方に暮れているところを家事の腕を見込まれセロネに拾われたのだ。

「東か。めご、湯の当てはあるか?」

「はい、東でしたらお任せください。私とサノバビッチしか知らない秘湯があります故に」

※サノバビッチ
めごが湯へ浸かる際、いつも一緒に浸かる湯のお供ことアヒル隊長の名前である。

「では、行く先は東の地としよう。異論は?」

「異議なーし!」

「ひきに同じく」

殺し合いはしたくとも砂嵐は勘弁願いたいのかひきは右手をあげ賛成を示す。
芭甄はもとより提案者であるから何ら異論はなかった。

しかし、

「セロネさままだ決めることがありますの」

「ありますわ」

セロネにより創られた二匹の魔女見習い、ロネ・ネロの言葉に一つ問題が浮上した。

「セロネさまの麗しい柔肌が拝めるのはとっても嬉しいですの」

「大変興奮ものですわ」

「でもお城をお留守にしてはいけませんの」

「いけませんわ」

「ああ、留守番か」

何か妙な単語が聞こえた気がしたが。
軽くスルーをかましたセロネに芭甄は勿論めごが追求できる筈もなく、ひきは至って無関心に夕飯の献立を眺めていた。

「よし、芭甄」

「嫌です行きたいです。ていうか去年はぶられたんだからお供させてください浸からせてください、秘湯に」

「…わかった。土産は東の名物『不死者の臓物浸け』でもいいn「いいいやいやいや!全っ然わかってないじゃないですか!!」何だ、東の名物は好みではないのか」

「あら、以前は美味しいと言っていたのに」

「セロネさまのお土産が気に入らないですの?」

「そうですの?」

「アタシ今夜人魚焼き食いたい」

「え、何。もう留守番は決定事項なの?てか論点おかしくない?」

因みにひき、お前は論点どころか話題からして外れてるよ。

結局。
集まる視線に耐えきれず芭甄が留守番を引き受けたというのは予想に容易く。
年末にも関わらずやって来る反セロネ派の悪魔を独り寂しく殲滅しながらという、なんとも血生臭い年越しをする羽目になったそうな。

2006.11.26




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