久保くんの災難

恵の熱烈かつ凄惨な告白から一夜明けた翌日。
普段通り助手席に乗せた綾瀬を先に降ろし、愛車を専用の駐車場へ置き本部正面玄関ホールへと和人が足を踏み入れたその時。

「和人隊長ぉっ!」

「あは、うっさい」

「んごっ!」

和人目掛けて恵が愛のアピール。もとい猛スピードで突進してきた。
のだが、間に立っていた綾瀬の強烈な裏拳が見事恵の顔面にめり込み失敗。
そのままダウンするかと思われたがなんとか歯を食いしばった恵は綾瀬を横切り、

「和人隊長ぉおっ!」

再び和人へ突進するも。

「キモい」

「バイオレンス!」

今度は和人に殴り飛ばされ床を滑っていった。

「昨日の今日で元気だね」

「それよりキャラ変わりすぎじゃね?」

無表情に軽口を叩きながら、和人と綾瀬が恵に触れた部分を清潔感漂う白いハンカチで拭う。
そんな二人にめげず、恵は床を這って二人に近づくとすがるように和人の足にしがみつく。

「何をおっしゃるんですっ!私はあの日、あの時。あの瞬間から和人隊長の忠実な下僕っ…いいえ犬orこぶた!どうぞ蹴るなりぶつなり罵るなりお好きな様に弄んで下さいっっ!!」

「なっ…!ざっけんなぱっつんが!誤解される様な事大声で言うんじゃねぇっ!つーか離れろ気持ち悪ぃっ!!」

あまりの内容に驚きぎょっとしてホールにいた全員の視線が和人と恵の一点に集中する中、和人が恵を怒鳴り付ける。

「いやっ!だって約束しましたもの!!熱くどくどくと私の汚ならしいトロロ汁を和人隊長の体内にぶちまけとうございますぅうっ!!」


と…?え、なに、昆布?
てか、約束って、なんだ。

叫びながら足に腰を押し付ける恵に汁より何より和人の頭が真っ白になりかける。

「てーいっ」

そこへ、空かさず綾瀬のかかと落としが恵の脳天に炸裂した。


「任務以外で和人とヤっていいのはまつりちゃんだけだよ」


いや、任務関係しててもまつりだけだよ。(by.和人)








「なるほど。それでこんなたんこぶが」

「頭が割れてりゃもっと良かったんだけどな」

「そんな、真顔で言ったら冗談に聞こえないっスよ〜」

「本気だが」

それはもうにっこり。という表現がぴったりな程の笑顔で断言されて。
一応相方であることからしぶしぶと医務室に運ばれた恵を看ていた健は乾いた笑いしか返せなかった。

―やばい。隊長、マジだ。

確かに、あんな変態行為をまざまざと見せつけられ、しかもその対象が自分ともなれば冗談を言える余裕はなくなるだろう。
当初現場におらず話に聞いただけであるのだが。正直現場に居合わせなくてよかったと心底思う。
対象が他人であれそんな変態を生で見る勇気は自分にはない。
現在、変態行為を行っていたとはいえ公衆の面前で部下をKOさせたことから、本部長室に呼ばれている綾瀬のように助けに入るなどもってのほかだ。さすが神。
度胸も超ド級。否、神だ。


「あ、ちょっと氷枕作ってくるっスね」

「ん?ああ」

そっと恵の頭下から専用の容器を抜き出し健がカーテンの外へ出て行く。
健の背を見送った和人はそういや今日の夕飯どうすっかな。と思いながらカーテンから視線を窓へ移した。直後。

「白昼っ医務室での情事!」

カッと目を見開き、恵が飛び起きた。
着地の衝撃でスプリングが大きく軋む。
翻った掛け布団は和人の向かい側ベッド横へと落ちていった。

「あぁ…和人隊長、私は限界ですフォオオオオー!!白きシーツの上で肉と肉のぶつかり愛っ!!今こそガッチュ「キモい。て言うか気持ちが悪い」んがっ!!」

右手をかざし前後へ腰を振りながらにじり寄る恵に、和人がぶん投げた椅子が襲いかかる。
先ほどは急だった為に、対応が行きつかなかったのか今度はやけに冷静だ。

「どどっ、どうかしたんスか!?今なんか凄い音…」

「ああ…和人隊長が私に椅子を…」

恵に当たった衝撃で跳ね返り、椅子が床に落ちた音に驚きカーテンを開けた健の眼に映ったのは、鼻血を垂らし恍惚の表情で何か金属音を立てている恵。

「アレ、ちょっと引き付けてろ」

「エッ!?ひ、引き付けてろ、ってええぇえええ!!?」

健の肩を軽く叩き、和人がカーテンの向こうへ姿を消す。
突如その場を託され、一体何をどうすればいいのか。
動揺に動揺をする健の頬をいきなり恵がグーでぶん殴った。

「きききき貴様よりにもよって私の愛する和人隊長に肩ぽんっ…なんて何様のつもりじゃぁぁ!!?はっ!さては私の和人隊長を横取りする気でやがるな…っ!!」

「はあああ!?ばっ、ちっげぇーよ!!なんでそうな、」

殴られた頬を擦り健が言葉を詰まらせたのは、怒鳴り立ち上がった恵の下半身があろうことかパンツ一丁であったからだ。
さっきの金属音はベルトを外す音かぁああ!!!
口には出さず、否出せず健が驚愕に固まる。

「問答無用!!!和人隊長を汚す不届き者めっ!!!!」

しかし恵がシコシコしながら最後の砦・パンツを降ろしたことにより、ぷるんと揺れて姿を現したソレに即座に我に返って青ざめた。

「くらえぇええいっ!!怒りのトロロ汁っ!!!濃度120%!!!!」

「ぎゃああああああああああああああ!!!!」

本能的にカーテンを引っ張って立ち上がり健が後方へと飛び退けると、健のいた場所に恵の濃厚なトロロ汁が炸裂。勢いのままに小範囲へ飛散した。

「な、何で俺がこんな目に…!!って和人隊長!?何、して…?」

どうにか逃げられないかと見渡した先で、医務室の薬品棚を漁る和人の姿が映る。
その様子は目的の薬品を探しながら、何かを思い出しているようだった。

『かず、何してる。それは標的だ。早く殺れ』

『やだ!こんなキモいの殺りたくない!!』

『何を言っている。たかが立体映像だろう。我儘を言わず片せ』

『やーだー!!あいつ撃ってんのにもっと!とか言ってくんだぞ!?きめぇよ怖ェよありえねぇ!!!』

『それはオプションだ』

『要らんもんつけてんじゃねぇええ!!!』


「俺はマゾヒストなんて見たくもねぇんだよ…飛鳥の野郎。キモいんだよキモすぎんだよ。祇園祭行きてぇんだよ」

「あの、和人隊長。一体何のトラウマを引き出してるんスか?」

俯いてブツブツと文句を言い始めた和人を話しかけることで健が現在へと引き戻す。

「お、あった」

過去から戻って直ぐ目的の薬品を見つけたのか、振り返った和人の手には急性殺鼠剤モノフルオル酢酸ナトリウム。

「殺る気満々っっ!!!」

「いや、もう付きまとわれるくらいならいっそ始末して務所に入った方がマシって言うか情状酌量で執行猶予狙えそうだし俺マゾヒスト嫌いだし担当弁護に乃木爺手配しといて」

※乃木爺
特警の顧問弁護士団をまとめる敏腕弁護士。
本名は乃木坂喜一郎。

「いいいいやいや!!早まんないで下さい!!乃木坂さんまだ海外旅行中っスから!!!」

「え、乃木爺まだ帰ってねぇの?じゃあ仕方ねぇな」

乃木爺の不在を聞いて和人は大人しく殺鼠剤を元の棚へ戻す。
和人を宥め健がほっと一息ついたその時。

「トロロ砲発射っ!!」

「どわぁあっ!!!」

ピュルッと飛んできた白濁した液体から間一髪のところで健が逃れる。
無論、誰であるか等とは愚問以外のなにものでもない。

「フフフハハ!見ていて下さい和人隊長ぉお!!今こそこの愚か者を成敗してくれますっ!!チェチェチェッ、チェキラ!!!」

「ああぁあぁあわわわっ!!」

カッと目を見開き不敵に笑う恵に戦慄を覚える。
そこへ、

「久保、久ー保。全速力でドアまで走って開けたらしゃがみ込め」

いつの間にか薬品棚隣のデスクにある椅子に座っている和人が健に指示を出した。
目線は健どころかドアにも向いておらず、デスクに置かれていた知恵の輪に注がれている。
どうやら完全に普段の平静さどころか余裕まで取り戻しているようだ。

「ド、ドアって…、」

「どうせ逃げ道そこしかねーだろ」

そうっスねっ!

「いざ!覚悟ぉおおっ!!!」

「ひぃいいぃいっ!!!」

恵が駆け出すより早く健がドアに向かって駆け出す。
ドアまで辿り着き和人の指示通りに勢いよく片側を全開にし頭を抱えてうずくまると、その上から恵に何かのスプレーが吹き掛けられた。

「ふにゃらっ…」

ふらりと足をもつれさせ恵があお向けに倒れる。

「無事みたいだね。立てる?」

「へ?あれ、颯人?」

「他に誰に見えるの?」

ため息混じりに颯人が健の手を掴んで起こしてやる。
いまいち状況を理解できず健はただぱちくりと目を瞬きさせた。
後ろからは催眠スプレーを吹き掛けられ、むにゃむにゃと眠る恵の寝息が聞こえてくる。

「それにしても、居るならなんで助けてやんないのさ」

言って、颯人は和人を睨んだ。

「折角お前が来たのに、出番を奪っちゃ悪いかと思って。第一俺マゾヒスト嫌いだし」

「余計な気遣いはいらないよ。おかげでこんな薄汚い変態ぱっつん包茎マゾ男を見る羽目になったじゃないか。それに、僕もマゾヒストは嫌いだよ」

くつくつと笑って返す和人に颯人は不機嫌そうにそっぽを向いた。
爽やかでかわいい部類に入るだろう容姿とは裏腹な恵へのドキツイ罵倒に健は颯人の性質を思い出して直ぐ記憶の彼方へ追いやる。

催眠スプレーで済んでよかったな、恵!

とんでもない目に遭わされたとはいえ相方には違いない。
あの颯人を相手に眠りこけるだけで済んだ恵に健は一応ほっとした。
どうやら根っからのお人好しであるらしい。

「つか、颯人は何でここに?」

綾瀬であったならばわかるのだが。浮かぶ疑問に健が首をかしげる。

「さっき医務室で変態が暴れてるって本部長室に電話があってね。でも人をやろうにも綾瀬隊長は反省文書いてるしぴりあはお昼寝。本部長はもちろん動けない。で、運悪く報告書出しに居合わせた僕が駆り出されたんだよ」

丁度今朝の騒動も知ってたしね。
と付け加えた颯人に、健はちょっぴり尊敬した。
自分も聞いてはいたが颯人のような冷静かつ迅速な対応等出来る気がしない。

「久保も無事だったことだし、当面の問題でも片付けるか」

椅子から立ち上がり和人が携帯を取り出す。

「どうするんスか?」

「少し毒素を抜いてやろうかと」

「今のうちに処分しちゃってもいいんじゃない?」

はーやとさーんっ!!?

さらりと投下された物騒な発言に健が吃驚仰天する。

「乃木爺まだスイスなんだってよ」

「なんだ。残念」

「や、残念がらないで!」

二人して乃木坂さんにどれだけの信頼を寄せているんスか。
確かに百戦錬磨の曲者っスけど…!


「失礼致します」

「へ?あ、ええぇぇ??」

突然医務室を訪れた二人の黒服の男に健が困惑する。
どうやら心中でツッコミをかましていた間に和人が手配したらしい。
男達は手際よく場を清掃すると、恵を担ぎ起こし礼儀正しく一礼をして去っていってしまった。

「……あれ、あの人達って…」

「桜子専属のSPだよ」

「だ、大丈夫なんスか?」

「「知らね(ない)」」








―数日後。


「平和とはなんと素晴らしいのでしょうねー…」

明後日の方向を見つめ輝かしい笑みを浮かべる恵の姿が中庭にあった。



「……、……。あれはあれで対応に困るっスね」

そんな恵を遠目から眺め、健がぼやく。

「あは、桜子ちゃんの純白オーラにあてられちゃっただけだからね。そのうち元に戻るよ」

「うっわ。それはそれで嫌っす」

「我儘だな。まあ、当分はあのままだろうし今はそれでいいだろ」

「はあ…、そうっスね」

綾瀬と和人にほだされて、健はぽかぽか暖かい陽気に大きく伸びをした。




「平和って素晴らしーい」

2008.10.19




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テーマ「人外ファンタジー」
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