衝撃の事実

デパート屋内

ディーグルスを始めとする有名ブランドショップやブティック、ギフトセンターのある6階フロアの一角を占めるアンティーク・スペース。
さらさらと星のような粉を落として煌く砂時計を前に、長い漆黒の髪を鈴蘭の付いた真っ赤なリボンで結い上げた少女が嬉しそうに微笑む。

「よかった。まだ残っていましたわ」

棚に置かれた砂時計に触れて、そっと手に納める。

「よかったですな、桜子さま」

「はいっ、あ……ごめんなさい。今日は折角のお休みでしたのに……私事に付き合わせてしまって……」

三つ揃いのダークスーツの老人の声に桜子と呼ばれた少女は振り向いて直ぐ、しゅんと肩を落とす。
そんな桜子に、老人は穏やかな微笑みを浮かべてゆったりとした動作で首を左右に振る。


「とんでもないことでございます。このような年寄りでもお役に立てるなら嬉しい限りですじゃ。家内も、定期検診でさえなければご一緒したかったと申しておりました」

「まあ、そうでしたの。私もご一緒したかったですわ」

「ホッホ。では、またの機会には是非」

「はいっ、次の定期検診の日程がわかりましたら教えて下さい」

ぱあ、とそれまでの憂いが晴れたように勢い込む桜子に、老人は眦を和らげて頷く。
はた目からすると祖父と孫娘の様な微笑ましい光景に、居合わせた店員と客もまた眦を和らげていた。
そんな周囲を余所に、包んで頂いて参りましょう。と桜子から砂時計を受け取り老人はレジカウンターへと向かう。
砂時計を店員へ手渡し、贈り物用に包んでもらいたい旨を伝えようとして直ぐ、耳にした悲鳴に振り向いた老人は息を飲んだ。

「動くな。これよりこのデパートは我々が占拠する」









先程までの晴天が嘘のように鈍色に染まった空の下。
大手デパートを囲み込むように停車している警察車両の間を一台の車がデパートの入口へ向かって走り抜けた。
デパートの入口付近を固める車両を横切り、入口の前で停車をしたその車に一人の刑務官が駆け寄る。


「お疲れっす」

車から降りてきた男女に、健は目深に被った軍帽を正し敬礼する。

「状況は?」

「CTと名乗る集団が多数の利用客を人質に取って中に閉じ籠っているみたいっす。まだ彼らからの要求は無く目的は「いやぁあああん放してぇさくらこっさくらこぉおぉおお」……不明、ただ人質の中に桜子がいるみたいで……」

報告の最中割って入った奇声を予期していたのか健は肩を落としてため息をつく。
健の背後では止めに入る特警関係者と奇声の主との攻防が繰り広げられている。

「CTねぇ……聞いたことある?」

「私は記憶に無いかな」

「いやいやいや!以前隊長方が逮捕した中に構成員いたっスから!結構散々な目にあわせてるっスから!忘れないであげて下さいっす!ていうかおんさんスルーっスか!?」

「スルーも何も中に桜子居るんだろ?」

「アレじゃ普通過ぎて気にもならないね」

桜子、とは現内閣総理大臣が妻の次に愛してやまない愛娘だ。
将来は内閣総理大臣になると勉強にボランティアに精を出している。
まだ学生とあって、国内における知名度は低いものの、七光りの無能ばかりと政治家の世襲を嫌う国民が多い中、総理の地元では国ではなく国民を思ういい政治家になるとの声が多く将来を有望視される逸材だ。

「確かに仲良しっスけど……担当医だからってあそこまで取り乱すもんなんスか、ね」

おんさんはその腕と人柄を評価され、現在は桜子の顧問担当医となっている。
桜子ともよく気が合うらしく一緒に大好きなサーカスにも出掛けることがある程に仲もいい。
いいと言えばいいのだが、普段も普段である。
特警関係者を押し退け自ら救出に向かおうなどと力業に出ようとすると言うのはちょっと、いやかなり異常だと思うわけで。健は平然としている上司二人を前に困惑の表情が隠せない。

「んんん?あれ、もしかして久保ちゃん知らないの?」

「え?」

健との会話のズレ。その原因に気が付いた綾瀬の指摘に、健は小首をかしげ。
和人と綾瀬はどうしたものかと顔を合わせて苦く笑った。

「久保ちゃん、おんさんがなんでおんさんて呼ばれてるか知ってるよね」

「苗字が恩田だからっす」

「じゃあ久保、現内閣総理大臣のフルネームは」

「恩……………………………………、って。まさか……」

情報を整理しよう。
おんさんは姓を恩田、名はひーみつ☆と在席している大学の人間ですら理事長以外にその名を知らず、本人が自身をおんさんと呼んでいることからその呼称が周囲にも定着した。
桜子とは担当主治医ということもあり非常に仲が良くそれはまるで兄妹の様で。
そんな彼女の父は現内閣総理大臣恩田義昌。
当然、娘である桜子の苗字もまた恩田である。

「まあ桜子ちゃんは初対面に名前しか名乗らないしおんさんはあんなだし。気付かなくても仕方ないといえば仕方ないかもね」

「本人たちも聞かれなきゃ言わねぇしな」

互いにインカムを装着し、収納ケースに納められていた愛用の銃を取り出す警務官最強コンビ。
そんな二人の真後ろで、

「え、えぇええぇえええ『るせェよ』おぶっ」


突如背後からの足払い→ヘッドロックへの華麗なコンボが炸裂。
衝撃の事実に思わず発した健の驚きの声は響き渡るその前に呻きへと変わった。

「あ、Lちゃんやほー」

『おう、相変わらず空気緩いな』

「何お前サボり?」

『スイスからの帰り』

「マジか。土産」

『とっときな』

あって当然とばかりに差し出された和人の手に置かれたのは白い愛人。(北海道定番お土産人気ランキングNo.1)

「ほらよ。土産だと」

「わーいっスイスー!ありがとLちゃん」

「い、いやいやいや!それ北海道の定番お土産ッスから!スイス欠片も関係無いスッから!っていうかLさんギブ!ギブ!」

和人の放った土産を嬉々としてキャッチする綾瀬に絞められたまま置いてきぼりを食らっていた健がすかさずツッコみながらギブアップを訴える。
脇に頭をがっちりホールドされていることにより伝わる豊満な胸の感触はたまらないとはいえダメージの方が深刻だ。

『柔だなァおい。こんなんで任務が務まってんのかァ?』

「お前に技かけられて失神しなかっただけマシだろ」

『言えてる』

和人の言葉に咳き込む健の傍らに立つLと呼ばれたガスマスクをした女性が肩を揺らす。

『んで、久保は何をそんな驚いてたんだァ?』

「へ?ああ、聞いて下さいッス!おんさんと桜子、兄妹だったって」

『はああ!?マジか!?知ってた!』

「知ってたんスかああああ……」

期待をさせておいて幻滅させる。がっくりと消沈する健の肩に、ぽんとLの白い手袋に包まれた手が置かれ、見上げればガスマスクの奥に隠れた目が柔らかに細められた気がした。

『まあ嬢ちゃんは初対面に名前しか名乗らねェし恩田はあんなだからなァ……その上あいつらも聞かれなけりゃ言わねェし。気付かなくても仕方ねェだろうよ』

「それ和人隊長と綾瀬隊長も言って下さったっす」

『…………………………』

健の一言に、みるみるLの機嫌が降下していく。
勿論、当の健に一欠片の悪意もない。

『よりによってあの自己中の代名詞どもと被った……だと……?』

「月並みなフォローなんかするから」

『お前らが他人をフォローするとか気味悪ィ』

「そっくりそのままお前にも返ってくるぞ、それ。つーか何しに来た?お前らを呼ぶ予定も今はまだねぇだろ」

ガスマスクの女性の呼称である“L”とは、本来特警の中でも特殊な業務を行う課の一つ、特命課にある遺体(死体)処理班の通称である。
その主たる業務は刑務官がやむを得ず殺害した標的の遺体、その他特警の管轄下にある件の被害者の遺体等の回収及び処理。
特殊性の高い業務と言うこともあり、遺体処理班は常に顔面を覆い隠すガスマスクと特別製の防護服を着用し、遺体処理班以外の人間の居るところでは声を発することはなく。容姿はもちろん名前すら明かすことも明かされることもない。
遺体処理班を含めた特命課の全業務を取り仕切る立場にある課長だけが唯一、遺体処理班以外の者と会話を交わすことができる。
しかしその名前は秘匿とされていることから特命課の課長は代々“L”と呼ばれるようになった。
その現課長が健にヘッドロックを決めたガスマスクの女性である。
防護服の着用はしていないが課長もまた常にガスマスクの着用が義務付けられており、声も最新技術を駆使して開発されたボイスチェンジャーにより変換されている。
主な業務は特命課の各班の統括と遺体処理。
遺体処理は回収に出るわけではなく回収された遺体そのものの処理であり、遺体が悪用されることのないよう各遺体毎に適切かつ確実に処理をしていくことであるわけで。
これから事件の収束に動くという現状でLが出向かなければならない理由がない。

『決まってんだろ。人手不足の補充にセレクトされたんだよ』

「本部にいる能力持ちの刑務官は今ほとんど出払ってるッスからね」

刑務官部隊が万年人手不足が否めなくとも、小規模程度のテロ事件を鎮圧するのに困る程ではない。
しかし、構成員に能力者がいるとなれば対応できる刑務官は限定され、相手の能力を熟慮した上で人材を選抜する必要がある。
況してや情報が不足しているとは言え、今回デパートを占拠したテロリスト“CT”は全構成員が能力者であることが幹部の口から明らかとなっている上、
特警は特警で現在刑務官のほとんどが長期任務に従事していたりすでに別の任務を遂行中で手が放せなかったり人手が全く足りていない。

『まあ、アタシはもしもの事態に備えて外で張ってるだけだけどなァ』

デパートの制圧にはすでに和人と綾瀬が確定しており、サポートには真由と鈴希がスタンバイしている。
心配したところで杞憂に終わるだろう。
Lはもしも構成員が一人でも屋外への逃走を図った場合に備える最終防衛ラインだ。
能力者の存在は一般に知られてはおらず、また、その異質性から不要な混乱を避ける上でも知られる訳にはいかない。
デパート内の状況は不明であるが少なくとも、人質となっている人間以外にその存在が認知されるような事態は回避する必要がある。

「あ、それ俺もっす。と言っても、デパートから出ようとする人間の感知とLさんへの報告ってだけっスけど」

「ふーん。俺聴いてねぇんだけど。それいつ決定したん?」

『十分くらい前』

「あは、それじゃあ情報来てなくても仕方ないね」

確かにこのタッグなら余程のことがない限り完璧な防衛ラインになるだろう。もし逃げおおせる人間がいたとしたら顔を拝んでやってもいいとさえ思える。
それはいいとして。
にこにこと笑顔を浮かべる綾瀬に対し、和人はふと気になったことを口した。

「お前午後は非番じゃねぇの?」

特命課の課長に課される責任は重大であるが仕事は半日で終わるのが常。
終わってしまえば定時前だろうが自由の身だ。
浹もそれは了承しているため、Lは午後には上がってしまい、なにがなんでも戻らない。そんな女である。

『……彼氏が急な仕事が入ったって同僚に連れてかれた』

なるほど。

『どっちでもいいからよォ。ちょっと手違いで構成員何人か仕留めてくれねェ?』

「ちょ、んななな何物騒なこといってるんスか!?」

『クレアの仕事増やしてあのイケメンがいちゃつく時間が減ればアタシは満足だ』

「なんて私的理由!」

「いいよーそれならBAN☆BAN殺ったげるー」

「綾瀬隊長は単に生け捕るの面倒なだけッスよね!?」

「うんっ」

「いい笑顔で肯定しちゃった!」

敬愛する上司の一人である綾瀬がどんな人間なのかはそこそこわかってはいるものの、心持ちげっそりとしてきた健はそういえばとおんさんの様子を見る。
すると、ばっちり目があったと思いきやそのままニタァーと特有の笑みを浮かべてデパートの入口まで華麗な大ジャンプを決めた。

2012.03.11




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