後半ネガティブ全開

「うわ、結構混んでんね」

正午過ぎ。
特殊警察関東本部内にあるカフェテリアの入り口で可愛らしい髪飾りをつけた黒髪の少女が内部を見渡す。
カフェテリアはとても広く、高い天井からは重そうなシャンデリアが数個吊り下げられている。
装飾は華美すぎないそれはカフェテリアの雰囲気によく合っていた。
テーブルや椅子は規則正しく並べられており、壁際や入口付近には観葉植物。
そして何故か屋内なのに噴水までもがある。
カフェテリアのど真ん中であがる水飛沫は見るからに清涼だ。

「……、理紗。あそこがいい、です」

「んー?窓際?」

控えめに頷いて肯定を示したぴりあに、黒髪の少女こと飯塚理紗はオッケー。と軽く返してうざをを投げた。
無論目的は確実なテーブル確保のためである。
ぴりあが希望した空席に着地したうざをは任務完了!とばかりに堂々とした態度で敬礼をした。


「ざ、ざけんじゃねぇぞ!こんなん食えるか!」

テーブルを叩く大きな音と怒鳴り声に、周囲の視線が一ヶ所に集まる。
怒鳴り声をあげたのは清掃員らしき男で、今にも掴み掛かりそうな剣幕で目の前のウェイトレスを睨み付けている。

「スマイル。とご注文したのはお客様ですよ」

喚く男に気圧されることもなくウェイトレスは営業用スマイルで告げた。
テーブルに置かれているのは直径で70cmはある巨大ホットケーキ。
スマイルという名の通り、愛らしくも巨大なスマイルマークが付いている。
美味しそうではあるのだが、一体どうやって食べるのかすら定かではない。

「因みに、今までに完食出来たお客様はお一人と一羽だけです」

完食出来た化け物がいるのか。
スマイルいっぱいのウェイトレスの余談に、巨大ホットケーキに圧倒された客の誰もが心の中で驚く。
一羽と言うのは勿論特警一の大喰らい、うざをのことだ。

「こ、こんなでかいのメニューに入れてる時点でおかしいだろ!」

「冷やかしのお客さまがいらっしゃいますので」

たまに、ですが。
そう真顔で付け加えたウェイトレスに気圧され、男が半歩後ずさる。
事実、男は軽い冷やかしのつもりでメニューも確認せずにスマイル一つ。と言ったのだ。

「っ、人が下手にでてやりゃいい気になりやがって……舐めてんじゃ、」

「……ここ、は…本部長さまが、出入りの人間の為に…支配人にお願いをして、開いて頂いている場所、です」

怒りが沸点に達したらしい。
右腕を振りかざして今にもウェイトレスに殴り掛かりそうな男の前に、ぴりあが割って入る。
普段から下がりっぱなしの眉尻に、眉間に皺を寄せた表情は控えめながらも不機嫌そうだ。

「迷惑行為はだめ、です」

「ああ?ガキがしゃしゃり出て来るんじゃねぇよ。退け!」

「ぴ、ぴりあちゃんっ」

吐き捨てて、標的をぴりあへと変えた男の拳が勢い良く降ろされる。
これにはさすがに驚いて、ウェイトレスが慌ててぴりあを庇おうと動きかけたが、

「やーめなって。大人気ねぇなあ」

ぴりあへ届く寸前でほっそりとした手が男の手首を掴んだことで、その態は安堵のため息に変わった。
制止を掛けた手は理紗のもので、その細腕のどこにそんな力があるのか。
どうにか動かそうと力む男の腕はピクリとも動かない。

「逆ギレもダセェけどさ、ここで暴力沙汰なんか起こしてみろ。現行犯逮捕で即行ブタ箱行きだぜ」

カフェテリアとは言え、ここは天下の特殊警察の本部内。
利用者の多くは勿論特警に所属する警察官その他公務員等で、ウェイトレス側に非がない事は何人もの人間が目撃している。
ぴりあと理紗以外に止めに入る者が居なかったのは、単に割って入ったぴりあの連れに刑務官の制服を着た理紗が居たからであって、何も見て見ぬ振りをしていたわけではない。
クラスまでは判らないにしろ、理紗一人で十分事足りるだろうと判断した結果だ。

「くそ、覚えてやがれ…!」

不利な状況にあることを察し、男はお約束な捨て台詞を残して走り去っていった。


「二人とも、ありがとう」

「いやいや。それより凛華ちゃん、怪我ない?」

小首を傾げて尋ねた理紗に、ウェイトレスこと凛華はふうわりと微笑みを浮かべながら頷く。
その表情は人好きのする暖かいもので営業用のものではないことが窺える。
ふわふわと柔らかい髪にキツすぎない目元は女性らしい優し気な雰囲気を湛え、掛けられた眼鏡は凛華をより知的に見せていた。


「……どうして、」

「ん?」

「庇った、です」

座って待っていてね。そう言い残してその場を離れる凛華に手を振っていた理紗に、小さな声でぴりあが訊ねる。
変な質問だったのだろうか。
きょとりと目を丸めた理紗に、ぴりあが下がった眉尻を更に下げれば気付いた理紗が笑って告げた。

「だって、友達だろ。必要なんかなかったとしてもさ、助けたくなるじゃん」

然も当たり前であるかの様に放たれた言葉にぴりあは僅かに目を見開く。

「友…、達……」

驚きを交えてそれを復唱すれば、呟きを拾った理紗が後、相棒な。と笑いかける。
どうにもしっくりこないのか。
小声で繰り返し始めたぴりあの手を取って、理紗は何食わぬ顔でうざをが待つテーブルへ足を進めた。


「しっつもーん」

「どうぞ、です」

口にピザを詰め込みながら手を挙げた理紗に、ゆっくりとぴりあが視線を移す。
視線が注がれていた場にあるのは理紗と同じく目の前の料理をかっ込んでいるうざをの姿。
小柄な二人とうざをには大きめのテーブルにはいっぱいに置かれた沢山の料理が並べられている。
更に、さすがに乗りきらなかったのだろう。
あのスマイルマークのホットケーキが隣に空いたテーブルに置かれていた。
それも二皿。
どの料理も凛華から先の騒動について話を聞いた支配人が、ご褒美にと従業員達と振る舞ってくれたものだ。

「任務だけどさ、なんでめんどくせぇ条件なんかつけてんの?アタシが言うのもなんだけど、どうせ相手は連続殺人犯とかレイプ魔とか危ねぇ犯罪者なんだろ。見つけたら即殺っちまうって方がリスク少ねぇのに」

「……目には…目を、歯には歯を、それでは……世界が盲目になる、です」

「あー、なる。防衛ラインってわけだ。人を裁くのに、近道はしてねぇって」

椅子の背もたれに背を預け、後頭で手を組む。
納得したように視線を天井へ向けた理紗にぴりあは小さく頷いた。
どんな罪を犯した者であっても、法律上守られるべき権利が存在する。
標的だろうとなかろうと、犯罪者が何を持ってその罪を償うかは平等であるべき法の下の裁きによって決められるべきであり、それが法治国家たる日本の在り方だ。
国がそれに反してはならない。
又、合憲とされる死刑制度がある以上、そこまでの権限を刑務官に与える必要もなければ、
特別逮捕状発行により刑が確定された者を殺すために動くと言うのもおかしな話だろう。
要件付きで標的の始末が認可されているのは刑務官自身の保護、その他様々な要因を考慮した上での事だ。
その始末対象の中には手配されてはいないものの、森竹の様に特警の管轄下に置かれた事件の犯人も入るがいずれにしろ、刑務官が犯罪者である標的を裁くことを目的とはしていない。


「「居た居た!二人とも、浹が呼んでるよ」」

理紗とぴりあが食事を再開して直ぐ、双子が声を掛けてきた。
その内容に理紗は双子にフォークを投げつけて、まだスマイル食ってねぇ!とプチムカ。非難の声を上げた。
スマイルを完食したと言う驚異の胃袋の持ち主は理紗だ。









同刻。

様々な年齢層の人々で賑わいをみせる大手デパート。
従業員以外の出入りがなく、人気の少ない裏手。
商品格納庫に、数人の男女が周囲を警戒しながら三人一組数グループに別れ、順々に入って行く。
そのままデパート内へ入る扉へと移動する集団。

「Δ様。総員、移動が完了しました」

格納庫の入り口でその動向を見守っていた男は、全ての人員が移動を終えたのを確認すると隣に居る少女。Δへ報告をした。が、

「……、Δ様?」

何の反応も返ってこないことを不審に思った男がそっと顔をΔへ向ける。

「……黒猫、黒猫がいるわ。こっちを見てる。ふふ……、今日のお仕事は失敗するのね。きっとそう。所詮私は井の中の蛙。大海なんて見たこともないちっぽけな存在ごときがこんな大事なお仕事を引き受けること事態が間違っていたのよ。ボスが頼ってくれたからって調子に乗って。失敗したら何も残らないのに……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

「Δ様ァアア!?」

ネガティブ全開。
地面に座り込んで道の反対側にある空き地の黒猫に、薄ら笑いを浮かべるΔに部下らしき男が叫ぶ。
声を潜めてはいるものの、黒猫には十分だったらしい。ビクリと毛を逆立てて逃げ出してしまった。
これ幸いと胸を撫で下ろすのも束の間、

「あ、もう一匹」

「フーッ!」

続いて現われた黒猫B(仮)を、男が即座に威嚇し追い払う。

「今回は、総督自ら幹部四人の中から直々に任命されたんでしょう?悲観せず、自信を持ってください」

「……、生麦……」

「生田目です」

僅かに顔を上げたΔに、生田目が真顔で訂正する。

「うんち……踏んでる……ばっちい。くさい。えんがちょ切った」

「え、ちょ、Δ様ァアアア!?」

訂正を完全スルーし、眉を潜めて生田目の足下を指さしたかと思えば、なんと非難の言葉を呟き。
両手人差し指で×印を描いてとてとてと商品格納庫へと入って行くΔ。
当然のごとく生田目の悲鳴にもものともせず。商品格納庫へ姿を消したΔに、生田目はただただ愕然とした。




生田目は置いてきぼりをくらった。

足下は結構臭っている。

さみしさが26募った。

2010.8.11




第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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