和人と颯人と

「はぁ…、きつ…」

「な…っ」

爆発により生じた煙がいくらか晴れ、開けてきた視界に映った人物に颯人が目を見開く。
そこには颯人を庇うように立つ巨大な壁に背をもたれる和人が居た。




「あれ、なんで、俺……」

「生きてるのか?」

「っ、」

立ち込める煙の中。
森竹が続けようとしたその呟きを違う誰かが紡いだ。
起爆させた爆弾はジャケットに貼り付けて確りと固定していた。
使用したのは先に起こした爆破事件と同型の爆弾。
威力についてはありすぎる程で何ら問題はない。
爆発がなされれば確実にこっぱ微塵になっている。
筈なのに――

「簡単だよ。君は被爆出来なかった。ただそれだけ」

「せ、瀬戸内さん…」

声の方へ振り向けば階段のある院内と院外とを隔てるその場所の上に、自身を見下ろしながら瀬戸内と名乗った女性は座っていた。
森竹が爆弾の起爆スイッチを手にした丁度その時に、ぴりあによって屋上へと落とされた瀬戸内こと綾瀬は
森竹の姿を捉えて直ぐ、森竹の体にその身を保護する水の障壁を発現していたのだ。
そのまま、プラプラと足を遊ばせて綾瀬は軽い調子で言葉を続けていく。

「こっちは休日潰れてブルー入ってるのに、その原因作ってくれたゴミの望みをみすみす叶えてあげるわけがないじゃん?その願望が叶っちゃったら罰にならないもんね。だから、私が被爆を回避させてあげたの。君にはこれから先、今までよりもつまらない、自由すら制限された人生を送り続けてもらうよ。君が殺した男に代わって、一生塀の中、でね」

座っていた場所からふわりと飛び降りて綾瀬がその距離を詰める。コツ、コツ、と音を鳴らす歩調はゆったりとして一定のリズムを刻む。
思考は混乱したまま未だに現状を理解できず、森竹はただ唖然と綾瀬を見つめる事しか出来なかった。


「ああ、でも、心の底から生きていたくなったら、」



  殺してあげる。



放つ言葉とは裏腹に悠然と微笑んだ綾瀬のその貌を目の前に、森竹は言い知れない狂気と、それ故の恐怖を感じた。



森竹が起爆スイッチを手にした間際、綾瀬同様屋上へと着いた和人は颯人と森竹の姿を確認して直ぐ様颯人の元へ再び走った。
咄嗟の行動が幸を成し、爆発の直前に颯人と自身の前に強固な障壁を発現して爆発による爆風や衝撃波等の直撃を防いだ。
のだが、
二十階建てともなると階段は真面目につらい。
体力にはかなりの自信がある。とは言っても全速力で屋上まで駆け登るとなれば話は別だ。
しかもノンストップ。
さすがに本気でしんどい。
その過程に当の和人は疲労困憊。あがった息を整えながら、今日の夕食は外食にしようと心に決めた。

そんな、和人に

「何、してるの」

海底のように深く蒼い瞳は、あくまでも険しく。
けれども動揺の色を滲ませて、颯人が訪ねる。
それに対して、和人は嫌になるくらい端麗で、男前な顔にきょとんと疑問符をうかがわせる事で答えた。

「…っ、あんな状況で飛び込んでくるなんてどうかしてる…!あんた、自分がどれだけ特警にとって重要な立場にいるのかくらい解ってるだろ!?僕なんか庇って…もし、」

「無事だったろ」

俺も、お前も。
先に投げ掛けられた問いの意図を解し、和人は涼しげに微笑んで、颯人の言葉を遮った。

確かに、結果として被爆は回避され、どちらも怪我一つしていない。
しかし、もし、障壁の発現が間に合わなかったら。
間に合ったとしても、その強度が爆発の威力に劣っていたら。
お互いただで済まされる筈がない。
本部長室を出る前、先の著しい能力の使用に伴い、広範囲に渡る規模の消費値の高い能力は使用しないよう浹に言われてもいた。
危険なギャンブルであることは判断出来ていた筈だ。

「助けて、なんて言ってない」

「そうだな」

「っ、…刑務官になる。そう決めた時から、死を受け入れる覚悟だってある」

どんなに理不尽なものであっても。
刑務官である限り、それが、任務に従事している上で降りかってしまったものであるのなら。
だからこそ、そうならないよう日頃から出来うる限りの事をしているし、
何にも揺るがされず、惑わされず、躊躇わず、確実に任務を遂行してきた。


「ああ、知ってる」

蒼い眼が、じっと自分を見つめる。
強く透明にも似た、何もかもを見透したかのようなその蒼に、颯人は顔を歪めた。
自ら求めたりせず、許容も慰めも一蹴して自らの意志を通すその誇り高さは、今も、昔も、記憶の中の彼と良く似ている。
決然とした瞳で、意志で、常に自分を守ってくれていた、彼と。
そして自分はいつまでたってもあの日のまま。
大切な人を止めることも、守ることもできず、自分の非力を思い知るばかりで。
何一つ、変わっていない。


「っ…だったら何で僕を助けたのさ!?わざわざ高いリスクを負ってまですることじゃない!なのに、」

違う。

その先を紡ぎかねて、颯人は無理矢理に高ぶった感情を抑え込んで俯いた。
助けられたことが嫌だったわけではない。ただ、

「お前に目の前で死なれたら後味悪くて仕方ねぇし」

言いかけたまま、言葉をつぐんだ颯人に和人が口を開く。

「助けるだけの価値があるからな」

任務を行う上で、それが最も確実で、効率的な策であるのなら多少の犠牲を伴うことなど意に問わない。
しかし係るリスクと秤に掛けた時、そのリスクを裕に上回るだけの価値があったのなら話は別だ。
実力や実績だけで見ても明確であるし、何よりも
刑務官が行う任務、と言う公務。
その行為が何であるのか。
刑務官の中でもそれを客観的に捉え、理解して、尚、そののし掛かる重みに押し潰されず、確と地に足を付けて歩くことが出来る者は少ない。
そんな数少ない逸材の一人でもある。
易々と見殺しにするには勿体ない。

なんて。

実のところは単に助けたかったから助けただけ。と思い切り直情的な理由の方が占める割合が大きかったりするだが。
言ったらふりだしに戻りそうなので言わないでおくことにした。
和人は少し空気が読めるようになった。
KY値が7下がった。

「それに、」

もたれた背を放し、項垂れた颯人の頭に和人が手を伸ばす。

「お前からかうのおもしれぇしな」

あんま煮詰まんなよ。

軽いスイングでチョップをかまして、和人はそう付け足した。
和人の手は男性特有の薄い骨張った手で、私服のため手袋がないこともあってか頭に当たると普通に痛い。骨が。
颯人が伏せた顔を上げると、和人は既に背を向けて院内へ歩き出していた。
片手をそっと叩かれた患部に添える。


「……ご、め…ごめん、なさい」

和人なりに認めてくれていたのだと今更ながら気が付いて、涙腺が弛んだのも、鼻の奥がツンとなったのも実感して。か細い声で颯人が呟く。

「嘘、だよ。あんたのこと認めてないなんて。ひーのことだって、本当に、どうしても聞き出したかった訳じゃない。事実を話してもらえずに知らないことで、結果として護られていることが嫌だった」

他の、どうでもいい部類の人間であったなら、寧ろ自分を守るために平然と利用することもできたのに。
いつだって自分本意で、彼とは少し違ったけれど。
彼と同じように、殺人事件の被害者として保護されて家族も、記憶もなくした自身に暖かな日々を与えてくれた。特別な存在で。
初めて会ったときから子供とは思えない化け物じみた強さは健在だった彼を、護りたい。
とはさすがに思えなかったが。せめて何かの役に立てるようにはなりたかった。
そんな彼に、役に立つどころか、面倒なリスクを負わせてしまったことが本気で悔しかった。
そんな自分への苛立ち。
至って涼しい顔をしている彼を見る度、沸き上がるそれを抑えきれずに当たっていたのだ。

「この間なんか名前間違えるし」

「あれは忘れてただけだ」

「余計質悪いよ!」

黙って聞いていた和人のフォローにすかさずツッコむ。
何故だか人の名前をろくに覚えない彼のこと。東北での長期任務で一ヶ月近く会っていなかったのだから仕方がないのかもしれない。がやはり納得はいかない。

「第一、下の名前で呼んだら怒ってただろ」

イエス。
確かに馴れ馴れしいと切り捨てていた可能性は否めない。むしろ確実だろう。
和人に当たる様になってから、呼ばないで。と言ったのは自分自身だ。
と言うことはそちらは覚えていたと言うことか。

「あ」

「あ?」

思いながら、視界の隅に映った看護師と車椅子の人に颯人が気の抜けた声を漏らした。
釣られて、その視線の先を辿った和人は、

「ダ・ア・リ・ン。みーな泣かしたら怒っちゃう。って、いつも言ってるよね」

綺麗な笑みを浮かべた車椅子の人に自然と顔を引きつらせた。

2008.12.6




「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -