森竹優

爆発の直前。
あのビルで会った時から既に不審に思う箇所ならあった。
なぜ、わざわざ非常口のある方から歩いてきたのか。
そちら側にはエレベーターや公衆電話等はなく、非常口しかないというのに。


「まさか、水瀬さんが警察だったなんて驚いたなー。てっきり高校生くらいに思ってましたよ」

広い大学病院の屋上で、森竹がにこやかに笑う。
屋上には森竹と水瀬と呼ばれた青年以外に人はなく、丁寧に干された何十枚ものシーツだけが風に煽られて小さく音を立てている。

「それ、僕が子供に見えるってこと?」

気分を害したように冷たい視線を向けられて、森竹は慌てたように首を左右に降った。
確かに見た目は幼く、よくて大学生にしか見えないものの、そんなことを言う勇気は無い。

「まあいいや」

「おぷすっ…!」

いいや。と言いながら水瀬と呼ばれた青年−水上颯人が森竹にビンタをかます。
どうやらというか確実に全然よくなかったらしい。
言動が明らかに矛盾している。
水瀬。とは颯人が隊服を着ずに事件関係者等に接触する際、使う偽名の一つだ。

「聞きたいことがあるんだけど、いい?いいよね。あ「ちょ…っ!俺まだ立ち直ってないです!頬がとても痛いd」煩い。黙れ。死んで。あんたには拒否権も黙秘権も人権もないんだよ。顔面の皮剥ぎ取られたくなかったら大人しく質問に答えな」


父さん悪魔がここに居ます。

至極爽やかに可愛らしい笑顔で人権すら否定され、森竹は目の前の颯人に恐怖した。
綺麗な華には棘があるとはよく聞くが彼は棘ではなく、悪魔が中に入っているに違いない。
思い返せば彼の同僚とおぼしき女性。確か瀬戸内といったか。彼女もとんでもない言葉を放っていた。
最近の若い警察官は皆こんなに過激なのだろうか。
森竹はちょっぴり警察不信になった。

「あんた、何であの現場に居たの」

「へ?いや…だから、友達に、」

「会いに行ったわけじゃないでしょ?裏付けの為に居住者全員に確認をさせたけど、君を知ってる人間は一人もいなかったからね」

「……俺、疑われてるんですか?被害者なのに」

送られる冷ややかなその視線に、森竹の表情が曇る。
すると颯人がにこやかに笑った。

「被害者が容疑者になることも、その逆になることも特に珍しいことじゃないよ。まあ、法廷で通用する証拠が揃っているわけじゃないから…、失礼」

バイブレータによる振動を受け着信に気付いた颯人が話を切って、電話に出がてら、森竹との間に一定の距離を取る。

『西川よ。容疑者の特定が出来たわ。名前は森竹優。貴方たちと一緒に、被爆した男よ。証拠の分析も裏付けるには十分な結果を出してる。恐らく、貴方たちの標的も彼が殺ったんでしょうね』

「……、そう…」

蓮音からの報告に颯人はゆっくりと、視線を森竹へ移した。

「もしかして、証拠揃っちゃったんですか?」

颯人の視線を受けて、電話の内容を悟ったのか森竹がその場から一歩踏み出す。
表情には先ほどの曇りはなく、どこか薄気味の悪い薄笑いを張り付けている。

「近寄らないで。虫酸が走る」

通話を切り、数歩下がるとホルスターから銃を引き抜いてその銃口を森竹に向ける。
森竹は向けられた銃に驚いたようだったが、すぐに「ひどいなあ。」と悄気たように肩を落として立ち止まった。

爆弾を仕掛けておきながら、わざわざその現場内に残っていたのだ。
目的は大方の予想が付く。
こんな男、シカトして早々に立ち去るんだった。

「六階の空き部屋で男を殺したのも君?」

「六階…?ああ、あの木偶の坊。あいつ俺が爆弾仕掛けてるとこ見て、黙っててやるから金くれって言ってきたんですよ?人が苦労して盗み出した鍵で開けた部屋に勝手に入ってきといて何様だっつーの」

うざいし邪魔だから、殺っちゃいました。と、森竹はへらへら笑った。

「あ、でも、」

「聞きたいのは殺したかどうかだけだよ。無駄口叩かないで。犯行の目的は?」

そのまま続けようとした森竹の話を颯人が遮る。
颯人にとって重要なのは標的を殺害したか否か。
その答え一つであって、森竹の標的殺害の犯行に係るその他の事項は何の価値も示さない。
標的を殺害した事実がありさえすれば、当該殺人を行った者を殺害された標的に代わる標的として逮捕若しくは一定の条件を満たした場合に合法的に始末することができるのだから。
それが今回の爆破事件の容疑者による犯行であるなら一定の条件は既に満たされていることになる。
意図していようといまいと、既に刑務官である颯人と林檎に対して危害を加えてしまっているのだから。

「大体の予測はついてるんじゃないですか?」

笑みの形を作っているその表情が、とても憎らしく、颯人の不快感を煽る。

「僕が欲しいのは、質問に対する偽りのない答えだよ」

しかし、その不快感を微塵も感じさせず軽い調子で返し、颯人がにっこりと微笑む。
そんな微笑みからの圧力に森竹は小さく息を吐いて肩をすぼめた。


「死にたかったんですよ」

緩やかに吹いた風に、小さく呟かれた言葉が流れた。





「み、三村総隊長!?」

大学病院の職員用駐車場に停車していた情報課の車両。
突然に開かれたドアに目を向けて、車内にいた海保と他の諜報員が驚きの声を上げた。

「今すぐ森竹優の現在地割り出せ。まだ院内に居…、
『死にたかったんですよ』
……誰が、一緒に居る?」

いいかけた矢先、入ってきた音声に和人ははあ、と溜息を吐き俯いた。
被害者や目撃者等から事件の聴取を滞りなく行うため、特警は聴取の対象者に対し、超小型の最新型高性能発信器を秘密裏に設置している。
勿論、聴取が終わり、かつ、容疑がないと断定されれば最後に身体検査等を行い漏れ無く回収がなされる。
しかし、高性能とはいえ、現段階では居場所の特定をするための発信器に過ぎず、音声までが入ってくることはまずあり得ない。
可能性があるとすれば、そこに情報課の通信機材と通信の繋がっている特警の捜査員が居合わせている場合だろう。

「は、颯人さん、です」

「場所は?」

「屋上です。颯人さんの指示で現在封鎖していますし、任務遂行に関して問題はないと思いますが…、」

「そうだな。あるとすれば、森竹が素直に犯行を自供したことだ」

「あ…」

証拠もあがり、逃げられないと悟って諦めたと言うことも勿論考えられる。
しかし実際に自殺を図るために行動を起こし、その過程で殺人まで犯した人間を相手に、現状でそう決めつけるには些か早計だろう。

「ぴりあ」

「ここに……いる、です」

「綾瀬拾って、屋上に落とせ」

「……健、は…」

「要らねぇ」

綾瀬は現在健と行動を共にしている。
ぴりあは特に浹、そして健と共に居ることが多く仲も良好だ。
いきなり一人置き去りにするのはちょっぴり可哀想な気がしなくもない。
そんなぴりあなりに気を回した質問に考える素振りもなく即答し、和人は屋上へと走り出した。


「……、綾瀬。どこ、です?」

「え、ああ、ちょっと待ってて。今特定するよ」

ところでこの子、誰だろう。
ぴりあは様々なところに出没しているようで、実際は特定の人間の前以外は現れない。
又、特に目立つこともしないため特警関係者でも知る者は少なかったりするわけで。
その場に残された誰もが初めましてなぴりあに対して疑問符を浮かべるものの、あの和人と綾瀬と関係性が有ることは先の会話と呼び方で明白。
とりあえず疑問は心の中に。海保たちは綾瀬の所在を特定することに努めた。





朝起きて、バイトがあれば行って、帰って、夕食を食べたらシャワーを浴びて。
特にやることも、やりたいこともなく、ただ眠くなるまで酒を飲んだりテレビを観たりグダグダとしたつまらない毎日の繰り返し。
小さな頃から人生に虚無感を抱いてはいた。
それはとても小さなものだったが、成長するにつれ大きくなり志望していた大学合格とともに目標を見失った時、一気に肥大化した。
何かに生きがいを感じることもなく、夢に向かって努力しようにも肝心の夢が無い。
探そうと思って何かを始めることも以前はあった。
けれど何をやっても、結局行き着く先は同じで、終にはやることの全てが億劫に感じるようになってしまった。
こんな無意味で、つまらない、退屈な人生を送るために生きている訳ではないのに抜け出すことができないのだ。このままずっと、何故、生きているのかもわからない無為で退屈な人生を送り続けるのかと思うとうんざりしてならない。
それで、ふと、思ったんです。
きっとこんな自分は生きていることそのものが間違いなんだ。そうだ、

「死のう、って。でも、独りで死ぬのは寂しいじゃないですか。だから、どうせ死ぬなら色んな人を道連れにしようと思ったんです」

爆弾を使ったのは手っ取り早く不特定多数の人間を巻き込んで死ぬことが出来ると思ったから。
あの居住用ビルを選んだのは居所からそれなりに近く、他所に比べセキュリティも甘い場所だったから。
一切の悪びれもなく。
時折笑みさえ浮かべて森竹は淡々と犯罪に至った動機を話した。


何のために生きているのか、わからない。
最近増えてる理由のない自殺願望だろうか。
この手のケースは専門家でさえ治療が難しいらしいことを聞いたことがある気がする。
……何にせよ、

「あんたの勝手な願望のために殺されるなんて最悪だね。いい迷惑。大体、何人他人を巻き込んで死んだって、結局あんたが独りであることに変わりないだろ」

人間は様々な理由で死にたがる。
ほんの些細な問題であっても当人にしてみれば極めて重要な悩みである事くらいはわかるが、それに赤の他人でしかない自分や林檎、他の被害者が関わらなければならない義理など何処にもない。
況してや無理矢理に人生を奪われるなんて真っ平ごめんだ。

「ぶった切るなあ。水瀬さんらしくていいですけど」

付き合ってられない。

能天気に笑う森竹に、いい加減煩わしくなった颯人は視線を落とし、構えていた銃を降ろした。

「あれ、撃たないんですか?まあ、撃ったところで、俺も水瀬さんも助かる見込みなさそうですが」

「何言って……っ」

続けられた言葉に再び上げた視線の先にあるモノに、颯人の表情が強張る。
森竹が、着ていたジャケットのジッパーを降ろした中に、複数の爆弾が貼り付けられていた。

「…まだ、持ってたんだ」

「十個セットでお得な安売りしてたんで」

安売りて。

「最初はどうせなら大勢。て思ってたんですけど、ここに搬送されてから気が変わったんですよね。知らない人数十人より、水瀬さんと死にたいな。って」

「僕は誰とも死にたくないよ。巻き込まないで。人様に迷惑かけるな。って教わらなかったの」

「やだな。見た感じ、水瀬さんも結構かけてるんじゃないですか?」

「僕はいいんだよ」

「自己中…!」

完全に自身を棚に上げてみせた颯人に、森竹は驚愕に声を上げた。
開き直るにしても堂々過ぎる。

「大体、何で僕なの。マゾなの?」

「一緒に死ねるならマゾでもいいですよ」

うわあ。

真顔で答える森竹に颯人が真面目にドン引く。
そこは否定するかスルーして欲しかった。

「水瀬さんと話するの、楽しいんですよね。何だかんだ言って、構ってくれますし」

颯人の胸中を知る由もなく、森竹は言葉を続けた。

逃げ道はない。
院内への階段は近いが辿り着くよりも前に森竹が起爆することは必至。
飛び降りるにもここは二十階建ての大学病院。
ノーロープバンジーをするにはあまりに無謀だ。
会話の最中も回避策に思考を巡らせていた颯人は、逃場のない現状に小さく舌打ちをした。


「大丈夫、これだけの距離。即死は確実ですから、」


痛くなんて、ないですよ。


その言葉を皮切りに、軽いスイッチ音が耳に届く。その直後。
大きな爆発音と、自身の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。

2008.12.1




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