過去の不始末

「あれ、颯人?」

専用駐車場から本部正面玄関への道すがら、リンゴを持って歩く同僚の姿に健がきょとんと目を丸める。
健の隣にはうざをを引きずりながら健と手を繋いでいるぴりあの姿。

「健…、にぴりあか。パシり?」

「うっわ、直球。ただのお使いっス」

出会い頭ほくそ笑んで投げつけられた言葉に健が苦笑を漏らす。
馴れているのか、その様子に気を悪くしたような素振りは看られない。

「…颯、人。だっこ、です」

そんな健と颯人を見比べていたぴりあは、繋いでいた手を離し颯人の方へ近づくと服の袖を控え目に引っ張った。
うざをは引きずったままである。

「リンゴ、食べずに持ってられるならいいよ」

健は片手に大きな荷物を持っているからだろう。
ぴりあは普段から何かと人の温もりを求める傾向にあった。
手を繋ぐだけであるより、抱き上げてもらう方がいいと判断するのは自然と言える。

「うざを…。食べたら、もう一緒にブランコ…乗らない、です」

「!!!!!!!!」

ぴりあのブランコ相乗り拒否宣言。
うざをは神速とも言える速さでリンゴに狙いを定め、ちゃっかり用意していたおたまとフォークを口の中へしまい込む。
続けて首から下げていたナプキンで涎もきれいにキュッキュするとビシッと敬礼して見せた。

「いいこ、です」

大きく頷いてぴりあがうざをを抱き抱える。
嬉しそうなうざをの頭を撫でれば大層幸せそうにぴりあの首筋へ顔を擦り寄せた。

「落としたら、君も落とすよ」

颯人の方へ顔を向けたぴりあに颯人がリンゴを渡す。
爽やかな脅しに渡されたリンゴをぴりあがおずおずと心配そうにうざをに持たせたのを見て、颯人は「冗談だよ」とにっこり告げてぴりあを抱き上げた。
その横で二人と一匹のやり取りを見ていた健はというと。
あの目は本気だった。
と胸の内で一人ごちていたそうな。





「相っ変わらずの人気だなー」

本部長室への通路を歩みながら健が白い天井を仰ぐ。

「遠目からただ眺められるのが?」

「あれ、気付いてたんだ?」

颯人の返答に健が意外そうに目を丸める。
部長や隊長クラスの上司と居るときもそうだが寄せられる視線の多さには普段特に感じないことも手伝ってか慣れはせず。
内心驚かされると同時に、少しばかり居心地の悪さも感じていた。
三階までの吹き抜けがあり、人の出入りの激しい正面玄関ホールでは特にだ。
その権威ある肩書きもあるだろうが、持ち前の存在感や見目の良さが注意を惹き付ける一番の要因だろう。
颯人もまた所属以来Sランク程でないにしろ規定数・基準レベルが設けられているAランク、それもSランク昇格の最有力候補であるトップ3以内を維持し続けている。
能力がなければ正直自分も勝てないんじゃないかとさえ思う。
更にその外観は上等な類に入るのだから羨ま…視線が集まるのも頷けるのだが。

向けられた当の本人達はそれらの視線を気にするどころか、まるで気づいた様子を見せてはいなかった。

「気付けない方がおかしくない?」

確かに。
あれだけの視線に気付けないとなると鈍感以前に刑務官として大丈夫なのか心配になる。それもかなり。

「でも気にしたことなかったよな?」

「ただ見てるだけで直接何か言ってくるわけじゃないからね。興味ない」

事実、正面玄関ホールや人目につきやすい場所で颯人に声をかける者はあまりいない。最も、

「颯人には林檎さんがいるからなー。普通に綺麗なだけに結構勇気いるんスよ」

それも当の林檎は颯人への恋愛感情をオープンに示している。
その上必要がない限りはほぼ常に一緒にいるのだ。
恋愛感情を抱いている者からしてみれば声をかけにくいことこの上ないのだろう。
無論、視線の意味が全てそれと言うわけではないが。
大抵会話をしているのだから用もなく割って入るには少なからずとも気が引けるものだ。
挨拶だけなら話は別だが。

「なんで林檎が出てくるの?」

「仲良しさん、です」

うざをの垂れた目を引っ張ってぴりあがぽそりと呟く。

「そうそう、付き合ってるんじゃないかって噂になってるくらいだし」

なー。と健に振られ、ぴりあが頷いて相づちを打つ。
そんな二人に対し、颯人はたいそう冷めていた。

「ふーん」

「反応薄…!」

「だって、付き合ってるも何も林檎が愛してるのは昔も今も…緑子さんだけだよ」

『にゃー、』

「うおっ緑子さんいつの間に?!」

愛らしげな鳴き声につられて健が落とした視線の先では、黒い猫が颯人の足に顔をすり付けてじゃれついていた。
その瞳は珍しく、宝石のような緑色をしている。

「…林檎さん、本命は緑子さんなんスか…」

「なんで気落ちしてるの」

緑子さんを見つめて明らかに気落ちした様子の健に、颯人は煩わしそうに眉を顰めた。

「ライバルが林檎さんじゃ勝算ないだろ」

「猫だよ」

「人間の女は怖いっス」

「フラレたの」

「聞かないでっ」

フラレたの。

「…昨日ビンタ。避けてた、です」

「言わないでっ」

ぐすんとしゃがみこみ健が緑子さんの背を撫でる。と、長い尻尾で叩かれた。
颯人はいいが健はおさわり禁止らしい。

「元気…出す、です」

「同情された…!」

憐れみを含んだようなぴりあの囁きに、小さく衝撃を受け健が手で顔を覆う。
そんな健に緑子さんは至ってすまし顔。
颯人は軽く本部長室の扉をノックしていた。

「本部長、入るよ」

「え、颯人さん放置!?」

「やだな。端から構う気なんかないよ。君、話長いし」

冷たいっスー!と抗議を示す健の声を右から左へ流し、颯人は本部長室の扉を開く。

そして音もなく、閉めた。

「颯人?」

扉を閉め一歩も動かない颯人を怪訝な面持ちで見上げ、健が首を傾げる。


「…、なんで」

「え?」

「なんであんた達がいるのさっ…!」

再び勢いよく開けられた扉の先には、

「よっ、結構早かったな」

「あは、今日はワンピースなんだね。ぴりあちゃん。かわいー」

「ぴりあが?それともワンピースが?」

「もちワンピースがだよ。アミーゴ」

再登場、僕(健)らの隊長ズ。
にこやかに何もかもをスルーして、早くも来訪者をネタに会話を弾ませている。

「あれ、おまえリンゴうざをにやったの?」

「あげてないよ。持たせてるだけ」

うざをが大事そうに抱えるリンゴに気付いた和人の問いを颯人が間髪置かず解消する。
リンゴを抱えるうざをはばっさり断言され残念そうに項垂れた。
ぴりあは浹が見当たらないためか、キョロキョロと落ち着かないものの颯人の腕から降りようとしない。

「それより、質問の解答を貰ってないんだけど」

「二人には、今回の爆破事件の捜査員として来てもらったんだよ。二日間の代休を、あげる代わりにね」

二度目の問いに、どこからか穏やかな声が答える。
しかし声の主の姿はなく、本部長室側の出入口からも隣接する応接室からも現れる気配はない。
代わりにガンッと何かをぶつけたような音とほぼ同時に、「いたっ」と小さな呻き声が浹のデスクから聞こえた。

「……何してるの。本部長」

デスク際を覗けば黒ボールペンを片手に、デスクへぶつけたらしい箇所に手を添える浹が見えた。
黒ボールペンを落とし拾っていた最中だったようだ。

「浹部長!?だ、大丈夫っスか!?」

驚いて、健が慌ただしく駆け寄る。
ぴりあもまた、うざをを置いて颯人から降りると浹の傍へ寄り、心配そうに顔を覗き込む。
残されたうざをは何となしに片耳を折り、こめかみ辺りに手をぽふっと当てて、テヘッ★と颯人相手に可愛らしさをアピール。
しかしそんなうざをのアピールを歯牙にもかけず、颯人は預けたリンゴを手に取ると無情にもうざををゴミ箱にシュートした。
うざをの心に深いトラウマが芽生えた。
和人と綾瀬は我関せず。
将棋を打ち始めている。



「頭、大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。ありがとう」

一応心配してくれたのか。若干別の意味にも取れなくない颯人の言葉を浹はごくごく自然に受け止めて返す。

「それじゃあ聞くけど、あの二人が駆り出されるほどの任務なの?」

「犯人と、その目的が判らない現状では何とも言い難いけど…出来る限りの万全は期しておきたいからね。珍しく、綾瀬も乗り気みたいだし」

「あは、産まれてきたことを後悔させたる」

確かにやる気はあるようだ。滅多に見れないだろういい笑顔に殺る気すら見て取れる気がする。

「相方の方はないみたいだけど?」

対照的に、和人は態度からしてやる気のやの字も見られない。

「何言ってる。大地に芽吹く位のやる気ならあるぞ」

「せめて花咲かせなよ。大体、あんたはまだ能力使えるの?」

「何だその能力使えねぇと役に立たないみたいな言い方。少なくとも双子よりは役立つぞ。分析官として」

「現場出ろよ」

健に差し出された茶菓子を食いがてら言い切る和人に颯人が真顔で切り返す。
能力が使えようとなかろうと、和人が刑務官の中で最も強く有能であることには変わりない。
それは颯人も十分理解している。
颯人が危惧しているのはあくまでもオーバーロードのことだ。
先の爆発現場で鑑識課が撤退するまでの間、能力を使用し続けた上にその対象が対象である。
能力の消費力は計り知れない。いくら素質のある能力者でも余程その扱いに長け、消費限度の幅が広くなければ耐えきれるようなものではない。
加えて和人のオーバーロードを確実に止められるのは特警において浹ただ一人。
それ故に、もし仮に再び能力を使用した際のオーバーロードの可能性について懸念せざるを得ない。
最も、総部隊長の肩書きを持つには十分すぎる素養を備える逸材であり、無茶をするような性格でもないのだから心配はないかもしれないのだが。
人間である以上、絶対、という確実な保証はない。


「失礼。爆弾の解析結果が出たわよ」

通路側の扉が開き、白衣を纏った女性が本部長室へ入ってきた。
爆弾の解析を急ぎたいと自ら科学捜査研究所−通称“科捜研”へ出向いていた西川蓮音だ。

「お疲れさま。随分と早かったね」

「ええ、支部の天才くんが丁度科捜研に顔を出していたから」

餌付けして手伝わせたわ。
そう付けたして蓮音は手にした数枚の書類を浹へ手渡す。

「あら、貴方たちも担当するのね。後始末頑張って」

颯人と林檎の任務中に起きた事件であるため、颯人がいるのは別に不思議なことではないのだが。
視界の角に和人と綾瀬の姿を捕えた蓮音は意外そうな表情を浮かべるも、二人に愛想良く笑いかけた。

「「後始末?」」

何を示唆した言葉なのか。
見当もつかず和人と綾瀬が声を揃えて首を傾げれば、

「解析結果を見れば解るわ。まあ、正確には公安の尻拭いになるんだけど」

ため息をついて蓮音が手にした書類の一部を和人と綾瀬に手渡す。
尻拭いと言うことは捜査対象である被疑者が和人と綾瀬両名と同一であるというだけで、二人の任務に何か不備があったわけではないようだ。

「…、手製だな」

「…、手製だね。ん?あれ、この爆薬の成分…」

「見覚えがあるでしょう?製造者は矢野悟。貴方たちが美術館ごと消し飛ばした被疑者よ。データベースにかけてみたら、過去に押収した即製爆弾と今回使われた既製爆弾の素材全てが唯一、見事に一致したわ」

即製爆弾−有り合わせの爆薬や爆発物と起爆装置等で作られたもので、正規の兵器でない簡易手製爆弾の総称である。
そういえば、特警は矢野の確保又は始末。
公安は矢野が売りさばいた爆弾の行方について非公開にではあるが捜査をしていた気がする。

「あは、美術館にあったので全部じゃなかったんだね」

「死んでまでうぜぇ奴」

もう耳にすることのないと思っていたその名前に、和人と綾瀬はえらく気分を害した。


ていうか公安何してる。

2008.8.3




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