いつだってマイペース

爆発が起こったビルの前に一台の車が止まった。
ビルは倒壊まではしなかったものの相当なダメージを受け、そこかしこに亀裂や破損がみられ壁が崩れ鉄骨がむき出しになっているヶ所も少なくはない。
駆け付けつけた特警関係者等により周辺全域には黄色い規制線が張り巡らされている。


『…プルルルル、プルルルル』

ピッ。

怪我人の手当て等の作業に騒然とする現場で、蓮音は携帯の待ち受けを睨み付け口許を歪めた。
颯人のも林檎のも、携帯は生きている。
しかし当の持ち主が出ないことには何の役にも立ず、又、捜索に入ろうにも倒壊の危険性が比較的高く安全が確認できないことから被害を増やさないために慎重にならざるを得なく。
未だ本格的には行えていない。

「思ってたより、負傷者は少ないんだな」

「こっちにとっては大きな痛手になるかもしれないけどね」

警察手帳と車の鍵をポケットへしまいながら周囲を見渡し近づいてきた佐山に蓮音が肩を落として見せる。

「あー…、那智と水上か…。まだ捜索には入れないのか?」

「残念ながら。和人が来れば見通しも立つんだけど」

そう言って、苦笑して見せた蓮音に佐山が首を傾げる。

「ああ、深い意味はないわ。気にしないで」

特警に所属する人間の情報は厳重に保護され基本的に外部者が知り得ることはない。
況して手配犯と直接的に対峙する刑務官及び異質な力とされる能力所持者の情報についてはより厳重な保護がなされている。
更に刑務官に至っては任務及び勤務中における外部者との接触に際し顔の半分以上を隠すマスクの着用が義務付けられ、内部の者以外にその素顔をさらすことは原則禁止されていることから外部者がその素顔を知り得ることはなく、かつ、直接的に接触できるものも比較的口が堅く信頼のおける人間に限られている。
最も、外部者はもちろんのこと、内部の者でさえ、住所等の個人情報は個人的に教えてもらう他に知り得ることはできない。
特に和人の所有する重力の能力に関しては四大能力の一つである為か、内部の者の中でも更に限られた人間しかその所有の事実を把握していない程である。
和人と接触の多い佐山も和人が火と土の能力を所有していることは知っているものの、重力の能力の所有に関してまでは知らず。
又、知られるわけにもいかない。

首を傾げたままの佐山に視線を移し、蓮音が端的に会話を切って軽く微笑みかけると、丁度、二人の耳に比較的高音質で澄んだエンジン音が聞こえた。




白と銀色の無機質な空間。


「…本当に、いいのか?」

「ああ。臓器移植の受者はただでさえ大きなリスクを背負うんだ。俺が提供者なんて事、伝える必要なんてない」


優しいあの子には、重荷になりかねないだろう。

そう続けた甘やかな声の主を視界に捉え、俯いた黒い隊服を身に纏った少年の目許をさらりと揺れた長い前髪が隠す。

「なぁ、和人」

「…何だよ」

「感謝してる」

あっさりとそう言ってのけてくるその人に和人は薄いくちびるを歪める。

「俺を止めてくれただけじゃなく、我が儘まで聞いてくれて」

色の白い男の顔は更に血の気をなくし、青ざめているが確かな光を帯びる碧と金の眼はじっと黒を捉え新たに言葉を紡いでいく。

「お陰でただ死ぬ訳じゃない。あの子が、俺の心臓一つでこの先の未来を生きられる…その為に今死ねるんだ。こんな喜ばしい最期はないよ」

「…、そうか」

負の影を一つも見せず。
男の浮かべたあまりにも穏やかで幸せそうな微笑みに、和人がぎこちなく笑み返す。
そして手にした銃の口を男へと、向けた――。




「…ひ、ぃ……」

心臓移植を受けて以来度々見る記憶にはある筈のない、夢。
そのまどろみから目覚めた颯人が居たのは爆発の影響により変わり果てたビルの通路だった。
崩れた壁や天井等の瓦礫が散乱しているものの、幸いにも颯人自身は瓦礫の下敷きにはならなかったらしい。


 颯人。


ドクン、と心臓が大きく脈打つ。


 解ってるよ。


懐かしい、温かな気配に颯人は心の中でだけで返した。


「…っ、」

暫くして、完全に意識が覚醒した颯人は上半身を起こした際の鈍痛に僅かに顔をしかめた。
…打ち身の痛みはあるけど怪我らしい怪我はしてない、か。
ついているんだか、ついていないんだか。
何にせよ、いつまでもこのままでいるわけにもいかない。
瓦礫を支えに立ち上がった颯人は強い目眩に一瞬ぎゅっと目をつぶる。
天と地が反転するようなそれをやり過ごし若干フラつきながら周囲を見渡してみたが、林檎の姿はなく、通路の片側は積み重なった瓦礫によって塞がれていた。
当然、選択の余地もなく進行方向が決定。
颯人は塞がれていない反対側へ歩いた。


…す……て、


林檎を探しながら歩き始めてすぐ小さな呻き声が聞こえた気がした。
が、林檎の声とは全く似つかない。=気のせい。
なんともあっさり自己完結し、颯人は声のしたらしき方へ目もくれないばかりか歩みすら止めずに過ぎることにした。

「いやっ!待って、そこスルーするところ!?」

まさかの素通りに元ヘッドホンの男が真面目に驚く。
男は瓦礫と瓦礫との間に足がハマってうまく身動きがとれずにいた。

「チッ…話しかけないでよ。鬱陶しい汚らわしい。て言うか何でまだ生きてるの」

通路に横たわり騒ぐ男を颯人が心洗われるような清々しい笑顔で見下ろす。

「いい笑顔ですっごい言い種!俺何かしました!?」

「それ…、本気で言ってるなら目玉えぐるよ」

「ごめんなさいっ!」

爆発に巻き込まれた原因であることは認めているらしい。
笑みはそのままに。背後に漆黒のオーラを纏って自身を見下ろす颯人に元ヘッドホンの男が陳謝する。
一気に周囲の気温が下がったように感じるのは気のせいではない筈だ。
どうして高校生位の少年にこんな悪寒が走るほど冷たい笑みが作れるのだろうか。
選択肢ひとつ間違えれば本当に抉られかねない。
とにかく男は必死に頭を下げた。下げ続けた。


「はあ…、助かった…」

瓦礫にハマっていた足が抜け、男が安堵の声を漏らす。
必死な謝罪が幸をなし目玉は両方とも無事だ。
うんうん、と頷いて瞼を撫でると男は服に付いた汚れを払っている颯人の方へ振り返った。

「ありがとうございます。えー…、と…」

「人に名前を聞きたいならまず自分が名乗りなよ」

言いたいことは察してもらえたが颯人の口から出た言葉は何とも刺々しい。
節々から話しかけんなとばかりのつんけんな雰囲気が漂っているようにすら男には見えた。

「そ、そうですよね。俺は森竹優、フリーターです」

「ふーん」

「Σもしかしなくても名乗り返す気なし!?…って聞いてすらない…!」

気の抜けた声に目で颯人を追った森竹が目にしたのはその後ろ姿だった。
いい加減時間の無駄。とよく喋る森竹の声を左から右へ流して颯人は林檎探しを再開していた。

が、

「?、どうし…ひっ!」

急に足を止めて立ち竦んだ颯人の先に見えた光景に森竹は小さく悲鳴を漏らしその場に座り込んだ。




わかってはいた。
ビルを一つ瓦解しかけさせる程の爆発に巻き込まれたのだ。
自分と森竹がほぼ無傷でいたのは偶々、本当に、運がよかっただけ。
本来ならば起こりえない事で。
そんな奇跡が、三度も続く等そうそうある筈がない。

白を浸食する赤を一目見た瞬間に颯人は心拍数が上がり、呼吸が不規則になるのを感じた。
どんなに空気を吸っても酸素が肺に入っていっていない気がして身体は芯まで冷たく冷えていくようだ。

「っ…、どこか外と連絡が取れるところを探して救助、呼んで」

混乱する思考を押し退け、颯人はぐったりと横たわる林檎の隣に跪く。

「え…あ、ああ。き、君、は?」

颯人の声にいくらか冷静さを取り戻した森竹は少しばかり不安気に問いかける。

「彼女を看てる」

「だ、大丈夫…なの?」

「少なくともあんたよりずっと、適切な応急措置ができるよ」

緊急時でも少年は顔に似合わず刺々しいです。
心にダイレクトに響く言葉の刃に負傷しつつ、森竹は救助を求めその場を離れた。


「本当、勘弁してよ」


他人の傷は、癒せないのに。


立ちのぼる、血液の匂い。
内臓へのダメージの有無は分かりかねるが頭部、その他所々に軽い裂傷と打ち身。
右肩から胸元まで走る大きな傷は出血の程度に比べそう深くはないようで、外傷だけであれば然程重篤な状態ではないように看られる。
とはいえ、放っておいては助かるものも助からなくなる。
人間はそう簡単には死なないものだが、意外とあっけなく死ぬものだ。
思考に沈みながら、けれども手早く颯人は手持ちの道具で出来るだけの処置を施していった。




「行き止まり、か」

ぽつりと呟いて、森竹は失意に立ち尽くした。
その目に映ったのは天井を突き抜けて積み重なる瓦礫。
大きさからみても並の人間にどうにか出来るようなものではない。

「くそ……!」

悔しさに俯き、力強く瓦礫を叩いて直後。

「うわあ!?」

「……へ?」

聞こえた騒音と悲鳴に顔を上げた森竹は目を丸めた。
叩いた衝撃で上の方の瓦礫が向かい側へと崩れたのだ。

「やったなー!死ね!」

「(死ね!?)ってギャー!!」

再び声がしたと思えば、今度は残っていた瓦礫の山が森竹目掛けて崩れてきた。
咄嗟に頭を抱えてうずくまるも、森竹はそのまま瓦礫に埋もれてしまう。

「えっへんどうだ。参ったか!」

そんな崩れた瓦礫を前に、誇らしげに仁王立つのはご存知。片倉綾瀬。
その手には何故か金属バットが握られていた。
ご機嫌よろしく金属バットで肩を軽く叩いていると、

「何遊んでんだよ」

後から来た和人に生ぬるい目で見られてしまった。
最も、そんなことで綾瀬が動じる筈もなく。

「あは、生存者一人見つけたよ。反応的に素人だね。一般人」

今度は鼻歌混じりにブンブン素振りを始めた。
二人は単なる手伝いかと思って来てみたところ、綾瀬がいるなら二人で十分だろう。と颯人と林檎の捜索員に強制抜擢されてしまい今に到っていた。
無論任命者は天下の浹も黙る西川蓮音。
利口な二人でさえイエス。以外の返答は見つからなかった。
蓮音たち鑑識課は和人が能力を発動していられる内にと爆弾のあった現場へ入っている。

「居住者は全員無事が確認されたんじゃなかったか?」

「誰かのお友達なんじゃない?」

「ふーん。……で、どこに?」

「ここ」

小首を傾げる和人に、綾瀬がバットで指し示す。

「……俺にはヘポニャの残骸にしか見えないが?」

※ヘポニャ
某有名テーマパークの人気沸騰中マスコットキャラ。

「ありゃ?幻聴だったのかな。ヘポニャ可哀想」

ぱちくり瞬きをして、綾瀬がぼろぼろになったヘポニャのぬいぐるみ(中サイズ)を拾い上げる。同時に、

「下っっ!!」

勢いよく瓦礫をはね除けて森竹が自力で起き上がった。

「…って、あれ。軽い?じゃなくてあ、あの!!」

予想外にあっけなく脱出できたことが気にかかりつつも、森竹は和人と綾瀬の方へ顔を向ける。
しかし、森竹の声は和人と綾瀬には届かなかった。

「ねえねえ、ヘポニャ持って帰っても平気かな」

「ぼろぼろだしな。別にいいんじゃね?」

「聞ーいーてー!」

今日も今日とて絶賛マイペースな二人は過失か故意か。
気付く気配すらない和人と綾瀬に森竹は精一杯の声で呼び掛けた甲斐あり、颯人と林檎について伝えることに成功した。

2009.3.25




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