休日出勤再び

都会にそびえ立つビル群の内の一つ。
その六階の空き部屋で水上颯人は不満いっぱいに顔を歪めた。

「なんで僕らの標的が死んでるの」

情報課からの急な呼び出しに、探していた標的が居ると言うからわざわざ出向いてあげたと言うのに。
嗅ぎなれた匂いに違和感を覚え、真っ暗な部屋に明かりをつけた颯人たちを待っていたのは無惨な標的の死体だった。

「みーなったら。殺されたから死んでいるんだよ」

「そんなわかりきってること聞いてないよ」

颯人とは反対に、然して気にした素振りを見せず笑って見せたのは颯人の相方。那智林檎だ。
その女性らしい仕草や中性的な外見から女性に間違えそうではあるが、よくよく見ればそれが男性寄りであることがわかる。
声も相応に低くやはり女性というよりは男性といった方がしっくりくるだろう。
最も、現場は居住用のビルであることから不用意に人目を引かないよう颯人も林檎も現在は隊服ではなく私服。
そのため、しっかりおめかししている林檎に対し“女性”という先入観を持って見てしまうと気付けない可能性が高いのだが。
それもこれも林檎がトランスジェンダー(性同一性障害者)であることに起因している。
又、刑務官部隊では颯人の相方なりたさに、当初維持し続けていたBランク下位からAランク上位まで一気にのしあがる等動機は些か不純であれ、実力そのものは本物である。

「で、何登ってるのさ」

「脚立」

「えーいっ」

「きゃーっ」

回答が癪に触ったらしい。
林檎が登っているのにも関わらず、丁度各部屋の天井裏に張り巡らされた通気路。その入口真下に些か不自然に置かれていた脚立を颯人が笑顔で蹴り倒す。
危うく一緒に倒れそうになったものの、林檎は飛び退けることで危機を脱した。

「もー、短気は損気だぞー。捜査してるに決まってるじゃない」

脚立を元の位置へ戻すと、林檎が再び登り始める。

「それもわかってるよ。だからってなんで脚立に登る必要があるわけ?」

「あったら登りたくならない?」

「全然。全く。これっぽっちも」

「へそくりとかあるかも」

キラリと眼を光らせて林檎が指を指したのは通気路。

「窃盗の現行犯でパクられたいの」

「今日のみーなノリ悪いー!可愛いから全然いいけど」

「はいはい、調べたら真面目にやってよね」

アイサー。といい返事をした林檎は天井に手を伸ばし鉄格子を外すと、脚立を登りきり通気路を覗く。
そして、

「…みーな」

「どうかしたの?」

「私たちへのプレゼントかな。なんか爆弾ぽいのが見える気がする」

「何そのいらない置き土産。海保、聞いてた?」

標的の死体にはた迷惑な土産物。
しかもここ以外の各階層にも空き部屋が1つ2つはある。ともすれば目的によってはそこにも仕掛けられている可能性は十分にある。
威力がどれ程のものか知らないが。
何にせよ住人は避難させなければならない。
面倒事ばかりが増え、半ばうんざりした様子で颯人はインカムに話しかけた。

『は、はいっ』

「悪趣味だね」

『あ、悪…って盗み聞きしてたわけじゃないですよ!?つか颯人さんが通信を切ってなかったからこっち聞こえたんじゃないですか!』

「わざとだよバ海保。大きな声出さないで。煩い」

この人は。

「とにかく、すぐに付近の人間をこのビルから遠ざけて。中は僕らが誘導する」

『了解しました。本部にも連絡を入れておきます』

通信が切れると颯人は脚立から降りてくる林檎に視線を移す。
一段一段降りるのが面倒になったのか。林檎が二段降りた地点で軽やかに床へ飛び降りる。
それを確認すると、颯人は早々に部屋を後にした。




「クリア」

「ここもクリア。外も大体の避難は終わったみたいだね」

六階から三階、そして二階の各部屋を回り人が居ないことを確認し終えて林檎が一息つく。

「僕らも出るよ」

「うん」

「あ、あのー…一体何の騒ぎですか?」

「「…………」」

颯人と林檎が立ち去ろうとした矢先。
ビルの住人と思しきヘッドホンをした男が現れた。

「何、このヘッドホン男。空気読まなさすぎじゃない?」

「きっと大音量で自分の世界に引きこもってたから、リアルについてこれてないんだよ」

「ついてこないで死んでいいから声かけないでほしいんだけど」

「みーな冷たいぞー」

「僕らはちゃんと避難を呼び掛けたよ。勝手に聴覚閉ざして聞いてなかった奴のことまで面倒見切れないね」

掛けられた声に振り返り、男を視界に捉えた颯人がにっこり言い放つ。
相手が健常者である以上、林檎もほぼ同意見である。

「え、だかぶべっ」

「人に話しかける時はヘッドホンを外しな」

状況を理解できないまま放置された男の頬に颯人のビンタが打ち込まれる。
衝撃で男の耳から外れたヘッドホンからは、外部からの音声を遮断するには十分過ぎる程の音量でクラシカルな音楽が流れていた。

「大丈夫?」

「は、はい。それで一体…」

「説明は後。今はここから離れるのが先だよ」

「Σえ、俺殴られ損!?」

説明があると思いきや、即座に省かれ男が驚く。

「殴ってないよ。ひっぱたいたんだよ。間違えないでくれる?不愉快」

「…すいません」

驚きも颯人の冷静な訂正に沈静化。
とりあえず男は素直に謝った。

「ほらほら、遊んで…っ」

事態は一応急を要している。
そして自分たちは今この時も被爆という危機にさらされているわけで。のんびりしている場合ではない。
しかし、林檎が避難を促そうとした丁度その時。
轟く爆音と共に爆風がビル全体を覆った。




【はちみつと林檎】




全面を蒼い煉瓦で構成された美しくも重厚な雰囲気を漂わせる部屋。
左右に設備された水路は涼しげな音を立て清涼感を醸す。
部屋中に咲き誇る四季折々のクレマチスは景観を一層美しく魅せ、代わりに、季節感を排除しまるで時が止まっているかのような錯覚を引き起こさせる。
中央には天井に一つ、明かり取りの為の窓が切り取られ、嵌めこまれた大きな硝子から垂直に落ちる光が真下にある噴水の水飛翔をきらきらと輝かせた。
足元を彩る赤地に黄色の彩飾が施された絨毯は見た目にも豪華だ。
そして、絨毯の先。
噴水の直ぐ手前には精巧で美しい柩が据え置かれていた。


真っ白な花を一輪。
手のひらに納め、和人は柩へと歩んでいく。揺らめく白の花弁は天窓からの陽射しを受けて輝きを増していく。
柩の前まで辿り着くと、和人はすっと膝を折り跪いて中に横たわる女性へと純白の花を手向けた。
普段とは異った朝の冷気のように何処か人を寄せ付けない雰囲気は精練さに満ち、硝子細工の様に精巧で精密で均整のとれた容姿をより目に美しく見せる。
伏し目がちにされた瞼の下から覗く蒼は柩の女性を見ているようで、しかしもっと遠くを見ているような雰囲気があった。

「……、どうした。出掛けるにはまだ早いだろ」

この場に足を踏み入れてから一言も喋らずにいた和人が、その沈黙を破る。

「あは、デートは中止みたい。ご指名で、緊急の入電だよ」

告げるなり、折角の非番なのにな。と子供のように唇を尖らせた綾瀬が、軽い足取りで和人に近寄っていく。
和人の傍まで着くと後ろから覆い被さるようにしてその首筋に腕を絡めた。

「なんかね、水上ちゃんと林檎ちゃんがビルの爆発に巻き込まれて行方不明になってるんだって」

視線は柩の中へ向けながら、綾瀬が電話の内容を告げていく。
心なしか投げやり気味に聞こえるのは気のせいではないだろう。
今日は久しぶりの休日。
しかも出掛け先は全て綾瀬が行きたいと決めた場所だ。
どんな理由があろうと自身の楽しみを邪魔されることを毛嫌いする綾瀬の性質を考えれば機嫌を損ねるのは当然といえる。

「行くの?」

「浹はともかく、蓮音の説教は御免だ」

緊急時、それもご丁寧に指名まであっては行かないわけにはいかない。
大方ビルに倒壊の危険性がある為、能力を使い一定時間当該ビルの安全性を確保しろと言うものだろうが。
重力の能力はこういった時に中々実用性がある。
最も、使う能力者からしてみれば重力を操作する対象が大きければ大きいほど負担も大きくなる為、協力するのは全く構わないがその点に関してはあまり気乗りはしない。
消費量が多ければ比例してオーバーロードの危険性も増すのだから。
が、そんなことよりも蓮音のお説教の方が面倒くさい。と言うか厄介だ。
本部一、得体の知れない浹を瞬時に黙らせられる眼力は相当な威力を誇る。
更に発言の全てに筋が通っており言い返す隙がない。
返したところで非が自らにある以上、完封なきまでに言葉の刃で叩っ斬られるのがオチである。
利口な人間ならばまず、逆らわない。
ついでに颯人と林檎の安否も気になるといえば気になる。

「長いもんね。あー、折角の非番なのにー」

わざとらしく大きなため息を吐いて綾瀬が立ち上がる。

「それはもう聞いた。お前も来んだろ?」

「当然。犯人見つけたらなぶってしばいて土下座させたる。私の楽しみを台無しにした罪は重いんだから」

「じゃ、エンジンかけに行くから鍵閉めて来い」

背中にかかっていた重さがなくなり和人も立ち上がると、綾瀬に向かってカードキーと銀製の鍵を放った。

「あ、現場行くなら迫田さんがいいな」

※迫田さん
綾瀬が勝手に名付けた和人の大型自動二輪のこと。

「ならメット持って来い」

「はーい」

部屋を出ていく和人の背を綾瀬は明るい返事で見送ると、くるりと柩へと向き直した。
そのまま、中を見下ろすこと数秒間。
和人が手向けた白い花の隣に『M.I.』とイニシャルの彫られた指輪を置き入り口へ向かう。
そして、

「BYE-BYE.まつりちゃん」

和人も佳奈も独り占めになんて、させないよ。
とても愛らしく、けれどどこか残酷な微笑みを浮かべて。扉を閉めた。

2008.10.28




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