暗き跫音

「お疲れさま」

朗らかに和やかな面持ちのもと、和人と綾瀬を迎えたのは浹だ。
そこに普段ならばいる筈の健の姿はない。が、席を外す前に用意していったのか周到にもケーキと紅茶がニセット応接用のテーブルに置いてある。

「自供は取れそうか?」

「結構強情そうだったもんね」

ソファに座りがてら和人と綾瀬が言い示したのは先ほど生け捕ったCTの構成員二人の事だ。
Sの男は双子が言い逃れの出来ない程の確証を押さえている。わざわざ訊くまでもなければ担当外の為その必要性もない。

「それなら問題ないよ。春菜が取り調べに出向いてくれたからね」

「うっわあ〜お気の毒様」

「一日持ったら奇跡だな」

意外な人物の名に和人と綾瀬は僅かに目を丸くすると、眉尻を下げてへらりと笑いあう。
その表情には明らかな憐れみが込められていた。
春菜は飴と鞭。その絶妙な使い分けにより担当した相手を確実に落とす無敗神話を持つ取り調べのプロだ。
春菜が特警内や春菜を知る人間の間で密やかに“女王”と称されている由縁の一つでもある。
和人と綾瀬はめんどくささに屈し取り調べと言った類いの公務はしないことから、逮捕後の被疑者を見ることは少ない。
最も取り調べを受けられる被疑者は今回のような特別指名手配を受けていない者に限られるため、特警では取り調べが行われること自体が珍しいのだが。
それでも本支部累計ともなればそれ相応の数にはなるだろう。
その中でも春菜の取り調べを受けた被疑者については記憶に色濃く残っている。
なんといっても、春菜に対する心酔したような眼差しにどん引きしたのだから。

「「あーっまねー!!」」

大きな声と共に本部長室の扉から双子が姿を現した。

「気が付いたんだね。無事でなによりだよ」

「えへー聞いて聞いて和人隊長が助けてくれたんだー」

「かっこよかったよー惚れるかと思った!」

「思った!ていうか惚れた!」

「迷惑」

「「Σガボーンッ!!」」

相変わらず和やかな微笑みを湛える浹へと双子が興奮気味に並べた言葉にすかさず和人のターン。
双子は復活早々精神的ダメージを受けた。
綾瀬は笑っている。

「そう言えばなんで俺らピヨってたんですかね?ダイブったまでは覚えてるんですけど」

「頭におっきなたんこぶもできてたんですよー?」

言って、双子は不思議そうに小首を傾げた。
どうやら何故自分たちが気絶し、更にこぶまで作ることになったのか全く覚えていないようだ。

「勢い余って着地点見誤っただけだ」

和人、なんと双子の記憶がぶっ飛んでいるのをいいことに真顔でうそぶいた。

「その後震動で機材が崩れてきてねー。たんこぶはその時できたんじゃない?」

更に綾瀬が最もらしい後付けにより和人の嘘に援護を加える。
それも、和人が皿を持つ形で差し出されているケーキを平らげながら。
さり気なくを装って見えはするが明らかに買収されている。

「ま、まさか私たちが飛距離を見誤るなんて…っ」

「ダイビングには自信があったのに……!!」

和人と綾瀬の行動に何ら違和感を得なかったのか。
双子は床に膝と両手をつき消沈。落胆の色がものの見事に看てとれる。

「大きな怪我に繋がるかもしれないからね。今度から気を付けて飛ぶんだよ?」

「「うん、気を付ける!」」

それで収めてしまっていいのだろうか。
いや、いいのである。
特警内においては天下の本部長。浹の発言の全てが些細な矛盾や非常識を調和しまかり通るのだ。
浹の逃避行と書いてサボりと読む行為により、帰宅時間が大幅に遅れブチキレた蓮音の前を除いて。

「今日は他に特別厄介な件はないからね。四人とももうあがって構わないいよ」

「え、私たちも?」

「うん。昨日の今日だしね。報告書は明日でいいよ」

意外な言葉に顔を向ければ、そこにはやんわりと浹が微笑んでいるばかりだった。

「ああ、でも和人は少し残ってくれるかな。話があるんだ」

優し気な口調で呼び止められ和人が足を止める。

「およ。じゃあ私、寄るとこあるから先あがるね」

「ん?ああ。迷子になんなよ」

「何それー」

「「あはは、私(俺)たちもお先でーすっ」」

不満そうに頬を膨らませた綾瀬の背を笑顔の双子が押して出ていく。
廊下でぶーぶぶー。と妙な鳴き声や叫びが聞こえた気がしたが慣れた和人と浹が気にすることはなく。
ごく普通に黙殺された。


「それで、話って?」

三人の気配がなくなったことを確認した和人は出入り口の扉へ背をもたれた。

「一つだけ、確かめておきたい」

「なんなりと」

浹が確認したいことに対して心当たりはある。
―の、だが。
正直ありすぎて絞ろうにも絞りきれない。

「君の恋人は、闇の能力者だったのかい?」

「さあな。俺はアンタと違って能力者と非能力者を見分ける力はないんでね。どちらとも断言しがたい」

「そっか。ありがとう」

少しの間も置かずふてぶてしく常と変わらぬ態度で答えた和人に、浹はすんなりと引いた。


「さすが、君が手塩にかけて育て上げただけのことはあるのかな」

和人が退室し一人となった室内で浹は小さく呟くと、ぴたりと閉じられているブラインドの一部を引き、窓の外を見やる。

「どういった意味でだ?」

その呟きを、笑いを含んだ声が問いで返した。
同時に、応接室と繋がる扉が開いていく。
その先に立つのは落ち着いた色合いの和服を身に纏った長身の男。二条飛鳥だ。
片手にはゆったりと湯気をあげる湯のみが握られている。

「真実を言ってるのか、あるいは嘘か。全く判断つけがたい」

「ああ、なるほど。確かに判断つけがたいな」

それでこそ、自身の知り得る全てをあらゆる方法で与え、育てた甲斐があったというものなのだが。
口元を軽く歪め笑い飛鳥は備え付けのソファへと腰を落とした。

「まあ、佳奈に係る件については君たちに任せるよ」

「いいのか?あーやが佳奈を殺さない保証はどこにもないぞ」

なげうたれた言葉に、からかうような口調で飛鳥が言葉を紡いだ。
もとより浹は佳奈に係る件に関し求められない限りは介入するつもりのないことを飛鳥は解している。
最も、それは佳奈に係る件に限られたことではないが。

「君がついているからね。それに、もし、あくまでも和人の恋人が闇の能力者であったことを前提とする僕の仮説が正しいとするなら…綾瀬が佳奈を手にかけることは先ず、ありえない」

「……、そうだな。あの子に佳奈は殺せない。かずを、裏切れないように」

浹の仮説。言われなくても前提、そして結論の一つから内容を想定した飛鳥は同意を示して苦笑した。









『五階です』

躍動のない平淡なアナウンスに合わせて閉ざされた扉が開く。

「社ー長。また颯人いじめたんだって?」

「いじめてねぇよ。少し構ってやっただけだ」

エレベータから降りて早々投げ掛けられた言葉を和人は即刻否定した。
そりゃ失敬。と頭を軽く掻くのは克である。

「いやな、あのグレ方はお前絡みだと思ってなぁ。…いつまで、伝えないつもりなんだ?」

はんなりと、眉尻を下げた克に和人はうんざりしたようにため息をつく。

「教えてやりてぇならお前が教えてやればいいだろ。俺は話すな。なんて言った覚えも、まして強制した覚えもねぇ」

克は颯人の元相方の処分を知っている人間の一人だ。伝えたいと思えばいつでもその事実を伝えられるのだが、

「よく言う。もし言ったら、総隊長を降りる気なんだろ?」

「それが就任する条件の一つだからな」

不服そうに顔をしかめさせた克に対し和人の表情は平然を保ったまま。

「何にせよ、あの件に関して全ての判断を下したのは俺だ。表沙汰になって問題化したなら、その責任は当然負うべきだろ」

「だがお前は俺の「代わりじゃねえ。単に形式が代行だっただけだ。何度言ったらわかる」ああもうこの子ったら。おいちゃんにはその割り切りがむつかしいのよ」

「てめぇの都合なんざ知るか。割り切れ」

「冷たい!」

「結構」

克の叫びを無下もなく一蹴しながら、和人はさっさとその場を去った。


「たく、狡いなぁ」

「あら。気遣いも、度を過ぎれば鬱陶しいだけよ」

克が苦笑混じりに吐いた呟きに涼やかな声が重なる。

「和人にとっては既にケリがついてる事なんだから。未練がましくいつまでも引き摺っている貴方とは違ってね」

「春菜さまー胸が痛いでーす」

おどけながら肩を落とした克にくすくすと笑う春菜の表情は楽し気な色を孕んでいる。
当たり前ではあるが。
和人と克。根本は似ているのに、観念の違いで大きく変わるものだ。

「まあ、この私が惚れたんだもの。そうでなければ困るけど」

思いながら春菜は言葉を続けていく。
同時に意味深に深められた春菜の笑みを見逃さなかった克は、きょとんと目を丸めると浮かんだ疑問を口にした。

「諦めたんじゃなかったのか?」

「まさか。今は危ないから様子を見てるだけよ。知ってるでしょ?私、惚れた男は結婚して幸せになるまで完全には諦めないって。高給取りだし」

「結局行き着く先はソコなのね」

本当、いい女なのにあ。
今までに何度思ったか知れない言葉を敢えて口には出さず克は苦笑を浮かべた。

「そういや春ちゃぶふぉうっ!?」

不意に呼び掛けた克の頬へ春菜が左手の甲を右から左へと振り払う。
そして速やかに払い戻してビンタを一発。

「気安いわ」

更に、あまりの痛さに呻き声を漏らす克へ美しい金の髪を払いながら一言告げた。
どうやらちゃん付けはお気に召さなかったらしい。

「て、訂正します、春菜さま。取り調べは如何したのでしょうか」

「今は食事の時間よ」

そう言って、浮かべた春菜の笑みは壮絶に美しかった。









「何の用なの?」

生活感が殆ど無く、全体的に黒が多いマンションの一室。
キッチンからリビングへ出てきた佳奈は警戒をしながら、けれど不思議そうにソファに座る綾瀬に声をかけた。
その手には紙パックのグレープジュースが一パックと小さなグラスを一つ持っている。

「あは、そんな警戒しないでよ。もう君を狙ったりしないからさ」

確かに、今の綾瀬に以前会って打ちのめされた時のような殺意は感じられない。
向かい合わせに置かれている大きなソファに腰を下ろすと、佳奈はその豹変ぶりに妙な違和感を抱いた。

「で、本題。私と組んで」

「……は?」

いきなり何を言っているのか。予想外にも程がある。
最も、どうやって調べたか知らないが綾瀬が訪れたこと。直也がすんなり通したこと。その全てが不可解であるのだが。

「君が誰なのかは知ってる」

「!?」

自身が何者であるのか。
和人と直也以外に打ち明けた覚えはない。
驚きに真っ直ぐ自分を見つめてくる佳奈を綾瀬は気にかけるでもなくただ平然と見つめ返す。

「だからこそ、君の協力が必要なんだ」

「……協力をしたとして、何のメリットがあるの?」

「君がやむを得ず手放したモノが手に入るよ。それに、和人もね」

「…かず…。貴方、は?」

「もちろん、私は私で欲しいモノを得られるよ。君が乗ってさえくれればね」

君に断る理由はないと思うけど。
にっこりと微笑んだ綾瀬に、佳奈は少しの間を置いて、その薄い唇を開いた。













「あーや、パパのお墓参り行くよー」


「はーい、ママ」


「お線香は、あーやの担当な。落とさないように気を付けて」


「はーい、」


 パ パ 。




2008.6.25




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