選手交替

「あは、死んだ」

「死んだ…ってええええ!?ええええぇえええ!?」

和人に少し遅れて倉庫へ入り一部始終を見終え、冷静沈着に双子の死を告げる綾瀬にΧが動揺と戸惑いの入り交じった声を上げる。
てっきり和人と綾瀬は志紀と彩貴を助る目的でいたと思っていたのに、これではピンチの双子にトドメを刺しに来たようなものだ。
酷い、と言うか惨い。
思いながらΧはもはやピクリとも動かない志紀と彩貴に心の中でお悔やみを申し上げた。

「てめぇ、そいつから足ィ退けやがれ!!」

「…お前がSか。見たことある顔だな」

「昨日の売人の一件でもサポートに就いてたね」

「無視かよ!?」

火の玉男の後ろで座り込んでいたスーツの男に和人と綾瀬が視線を移す。
興味の範疇から漏れたものへのスルーはもはやお約束となりつつあるようだ。

「くっそ!何なんだこいつら…って…か、Χ、様?」

「テヘ☆」

「な、何でここに!?つか何でその白い連中と一緒!?」

「いやーなんか捕まっちゃってさー。不可抗力だよ、不可抗力」

「弱肉強食は世の常だからな…」

「そうですね、ご主人さま」

CTの構成員を束ねる幹部の一人であるΧが、CTの構成員を踏みつけている男の仲間と思しき女と一緒にいるのだ。
火の玉男が驚くのも当然である。この状況下で突っ込まない方がおかしいだろう。
そんな火の玉男にΧは乾いた笑いを漏らし、和人の言葉にちょっぴり泣いた。

「ま、まあ…今はどうでもいい!」

いいんですか。

「そこの白いの!早くその足を退けろ!」

「退けろだと」

「はーい」

「お前じゃねぇええ!!」

注目を頂いたところで火の玉男が再び要求を口にしたのだが、個人を指名しなかったのが失敗だった。
火の玉男の声を聞き届けたのは同じく白いのに分類される綾瀬。ひょいっと足元にある鉄骨からその足を退けた。
結果、火の玉男が助けたかった刀の男は変わらず和人の足の下でもがいている。

「男の方!男の方ー!!」

「ああ?この俺に退いてほしけりゃ地面に額擦り付けて土下座しながら誠心誠意、心を込めて頼んで見せろ」


何様俺様和人様。
あまりに不遜極まりない返答に一同(綾瀬を除く。)、唖然。


「こ、ここまでくるとなんか尊敬の念すら抱ける気がする」

「Χちゃんて順応性あるよねー」

呆気にとられながら呟いた一言を綾瀬が笑い飛ばす。
この刑務官にしてあの刑務官。
Χは和人と綾瀬が何故組んでいるのか、その理由を察せた気がした。

「なめやがって…まとめて火だるまにして「ま、待て!相手が悪すぎる…!」ああん!?」

「ひっ…!むむ、やみにその二人をしっ刺激しないでくれ…!」

「は、こんな奴等に何ビビって「そうだよ。雑魚がむやみやたらに意気がっちゃダーメ」な…!」

何者か知らないが。和人と綾瀬の存在に怯えきっているSの男を火の玉男が鼻で笑おうとしたその隙を突き、距離を詰めた綾瀬がその喉元に銃口を宛がう。

「君たちを生かしてるのは単なる気紛れなんだから」

綾瀬の大胆不敵な笑顔とは正反対に、火の玉男は表情を引きつせて息を飲む。

「君もだよ、もぐらくん。逃げたりなんかしたら、うっかり頭に風穴開けちゃうかも」

「ひ…ははいぃおお大人しくしてますっ」

「く、くそ…っ」

Sの男の情けない態度に、火の玉男が悔しげに顔をしかめるが現状は不利な方向へ傾くばかり。
刀の男も気力を使い果たしたのか静かに和人に踏まれていて最早どうにもならない。

「おい、こいつも一緒に繋いどけ」

「よかったねー、本部までは三人仲良く繋がってられるよ」

力尽きた刀の男の髪を掴んで綾瀬の近くまで引きずった和人は、ポイッと手錠と一緒に綾瀬の方へ放った。
綾瀬は足元へ落ちた刀の男の右手を掴むと手錠の片輪をその手にかけ、もう片輪を火の玉男の左手にカチャリ。
そして次にSの男を手招きしその左手にまた別の手錠の片輪をかけて残りの輪を火の玉男の右手にカチャリ。
さらに今度はSの男の右手に和人が放った手錠の片輪を、もう片輪を刀の男の左手にカチャリ。
互いに背を向け合う状態で三角形になるように見事三人の男を手錠にかけた。

「ふいーお疲れだね」

「そうだね。おにーさん、おねーさん」

「「!」」

一息ついたかに思えた間際、背後からかけられたΧの声に和人と綾瀬が即座に後ろを振り向く。

「野放しにしちゃダメだって。俺も、CTの人間なんだから」

「ああ、」

「そういえば」

「…もしかしなくても、忘れてたんですね…」

それはもうすっかりと。

そんなこと言ってたねー。的なあっけらかんとした和人と綾瀬の反応に、Χはガックリ頭を垂れた。
二人にとって自分の存在はかなり小さいらしい。
会ったばかりで仕方がないといえば仕方がないがあれだけ粗末に扱われたのだ。
少しくらいマークしていて欲しいといってもわがままではないと思う。

「まあいいさ。俺はここで引かせてもらうよ。手土産も出来たしね」

そう言ったΧの手にはSの男から双子へ渡った筈のディスクが握られていた。
未だ気絶したままの双子からちょろまかしたのだろう。
和人としてはそれなりに手加減をしたつもりであったのだが。
思いの外頭をぶつけたショックが大きかったのか双子は目覚める気配すらない。

「ま、待って下さいΧ様っ俺たちは…」

「んー?データなら代わりに届けてあげる。けど、後の事は一切関知しないよ。俺の部下でもなければ、ボスの言い付けも守れない奴の面倒なんか見る義理もないし?務所入って精々更正に励みな」

すがるように訴えてきた男たちをΧが冷たく突き放す。
そんなΧにぐうの音も出せず、火の玉男はただ俯き歯ぎしりをした。

「そうだ。おにーさんたち、うちへの転職考えといてね」

「あは、時間の無駄だね」

「そんなこと言わないでさ」

さらりと返される辛辣な言葉にΧは眉尻を下げて小さく笑った。
そして能力を使い、ふわりと高く積み上げられた機材の上へ軽やかに移動する。

「どうする?」

「そうだな…Χ、一つだけ言わせてもらいたいことがある」

「ん?何、おにーさん」

和人の呼び掛けにΧはかなり目線を下げて和人の顔を見る。
丁度目が合ったところで和人は些か躊躇いがちに、爆弾を投下した。

『トゥムハーリー ナーク カ バール バーハル ニクラー フアー ハェ(あの、鼻毛出てますよ)』

「うっそまじで!?どどどこどこ!!?」

「えーいっ」

バキュン☆
−パキンッ

「あ」

「ナイスショット」

「Oh サンキュー、サンキュー」

なんと和人の、それもご丁寧にも流暢なヒンディー語による衝撃発言にΧが気を取られた隙に、綾瀬がΧの手の内にあるディスクを狙い撃ち。
百発百中。見事撃ち当てディスクを壊した。
それを見届けた和人と綾瀬は和気藹々と互いの右手をパンッと軽く叩き合わせる。

「セ…、セセセセコっ!!セコぉおおっっ!!!」

「そう誉めんな。引っ掛かる方がバカなんだ」

「ふふはははバカめ!」

ディスクのデータ漏洩元は特警である。
その漏洩元側の人間である和人と綾瀬にとってしてみれば、ディスクを保護する必要等どこにもない。
取り返したところで再び持ち出される危険性がないとは言い切れないことから、それを完全に防ぐ為に結果として破棄することには変わりないのだから。
況してや取り返すことが困難ともなれば相手の隙をついてディスクを破壊してしまう方が手っ取り早い。
もちろん、それが可能であるならばの話だが。
今回は運良く可能なケースであったらしい。

「うわぁぁあボスーっ!」

いい加減我慢の限界か、その場からΧは泣いて逃げ出してしまった。

「こいつらどうやって運ぶ?」

「トランクには詰めきれねぇしな」

そんなΧのことには目もくれず、和人と綾瀬は逮捕者三名に負傷者二名の処遇に頭を悩ませた。

かくして、女子大生殺人事件と情報屋に係る任務は双子の犠牲と、犯人確保。そしてΧの涙によって幕を閉じたのだった。



任務を完遂しました。

2008.6.15




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テーマ「人外ファンタジー」
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