情け容赦のない二人
目配せをして足跡の途切れた寮室の入り口、ドアノブのある向かって左側に和人が。右側に綾瀬がそれぞれ扉のサイドに立つ。
手にはホルスターから抜き出した銃が握られている。
綾瀬は両手で構えていた銃を左手に構え直すと、そっと右手をドアノブに添えた。
そして視線に応える様に和人が小さく笑んだのを見計らい、勢いよくドアを手前に引く。
それに伴い間髪入れず和人が左手に銃を構え部屋に踏み込んだ。
までは良かったものの、
『ルク ジャーオー ジャルドバージー カルネー キ ザルーラト ナヒーン ハェ!
(待って、早まんないで!)』
聞き慣れない言語に二人揃ってフリーズした。
部屋を面前に据えた和人と綾瀬の視界には褐色肌の青年が一人。両手を頭に乗せてうずくまっている。
髪は長く、丁寧に編み込まれており前頭部には赤・青・緑のボンボンがついた髪止めからちょびりと毛が一束飛び出その存在を主張していた。
軍服と看てとれなくもないミリタリーじみた深い緑の服は微塵も場に合っていない。
しかし怪しさは文句なしの百点満点だ。
「……、何語?」
「ヒンディー語」
とりあえず、青年の叫んだ言葉について綾瀬が疑問を投げ掛けた。
それに和人が答える。
青年はちらりと二人の様子を伺いはすれど、未だうずくまったままだ。
「ヒンディー?」
「インドの公用語だ」
「おおっ、ナマステー(こんにちは)」
『!、ナマステー(こんにちは)』
お国がわかったところで綾瀬はにっこり愛想良くヒンディー語で挨拶をした。
そんな人の良さそうな笑みにつられ、うずくまっていた青年もにこやかに挨拶を返すも、
「はい容疑者確保ー!」
『Σエェエエェェェ!?』
なんと手錠をかけられまさかの確保。
意表をつく無駄のないプレイに青年は大いに衝撃を受けた。
「お前、日本語は?」
「え、あ、わかるし話せるよ。住んでるもん」
「よし、公務執行妨害及び殺人の容疑で連行」
「ラジャッ」
和人の指示にビッと綾瀬が敬礼をしてみせる。
「ちょちょちょっ待って確かに外の風は俺だけど、中の遺体は関係ないって!」
「へー、本当に関係ないの?全く?全然?これっぽっちも?」
「…え、えーと……」
「嘘ついたら三つ編みの命はない」
「あります!あります!犯人も知ってます!だから三つ編みちょんぱはやめてっ」
どこから出したのかハサミ片手に特有の音を鳴らし三つ編みに和人が狙いを定める。その威圧と脅迫内容に青年はあっさり犯人との関係性を認めた。
「CTねぇ……」
「聞いたことない組織だね」
「だろうねー。で、俺はΧ。コードネームだけどね。役割はまあ、能力者勧誘の下っぱだよ」
寮室の床に静座しながらΧと名乗った青年は和人と綾瀬にニヘラと笑ってみせた。
“CT”とはΧ自身が所属しているテロ組織であり、Χが言うには正式名称であるカタストロフ(Catastorof)の略称であるらしい。
能力者以外の人間を弾圧・支配下に置き能力者中心の政治国家を創ることを目的とし、全ての構成員が能力者に統一されているそうだ。
和人と綾瀬は長年特警に勤めその知識と情報量は相当なものであるが、CTに関しては全く聞いたことも見たこともなかった。
しかしそれも無理はない。
CTは肝心の人員を集めるのに時間が掛かりに掛かり今まで一度もテロリズムらしい行為を行っていない全くの無名な組織である。
その為特警の記録はおろか他の政府機関等の記録にも記されていないのだ。
しかも、能力者のその稀少さは百万人に一人いるかいないかと言われる程高い。
さらには日本人にのみ有されると言う特質を持っており、能力者になり得る可能性を秘めているのは純粋な日本人若しくは日本と外国のハーフに限られている。
全世界中の日本人若しくはハーフの中にいると予測される能力者は多く見積もっても百六十程度。
和人や綾瀬クラスの高い素質を持つ能力者に至っては能力者全体の二十分の一にも満たない。
何より能力者と非能力者とを見分けることは困難を極める。
和人や綾瀬も能力者と非能力者とをただ並べて見ただけではどちらが能力者であるのか全く見分けがつかない。二人が知る者で見分けられるのは上司である浹ただ一人だけだろう。
その事からも予測されるように、能力者だけの組織を創るとなればその基盤となるだけの人員を揃えるのも一苦労どころの問題ではない。
例え浹と同様に能力者と非能力者を見分けられる者が居たとしても、人員確保に相当の時間を有したと言うのは十分に頷ける。
「てかさ、君そんなべらべらしゃべっていいの?」
「いいのいいの。だっておねーさんたち、能力者じゃん?」
「風を起こしてたのはそれを見極めるためか?」
綾瀬に続き和人からの問いにΧは頷くことで肯定を示す。
「見ただけでわかれば必要ないんだけどねー。それに特警だっけ?かなりレベル高い能力者がいるっていうし。でも普段は能力者絡みの事件か余程大きな事件以外は表に出てこないらしいじゃん?だから接触するならこの機を利用しない手はない、てね」
特警は警視庁・法務省等の各省庁と密接な繋がりがある。
その為、協力の要請さえあれば総監である本支部長の判断により可能な限りの協力をしている。
まして殺人事件の現場ともなれば警察が出てこない筈がない。
強力な風を起こすことで一般の警察官を遠ざけ、特警からその風を攻略できるだけの能力者を派遣させ接触を図る。
これがΧの目的の一つだ。
「まあそんなわけでさ、おにーさんたちうちに「行かない」Σ早っ!せめて最後まで言わせてよ!って何その不満げな眼差し…!」
誘いを切り出す前に断りをいれた和人にΧが必死に食らいつく。
しかし至極面倒くさそうに秀麗な顔に憂いを浮かべられ、逆に精神的な疲労を得ることになった。
「じゃ私も」
「えええ!?こっちはこっちで何その軽いノリ!」
しょげたところに時間差でのお断り。Χは驚きと共にその判断基準の適当さにうっかりツッコミスキルを発動したが、
「だって和人いないんじゃつまんないし。わざわざ敵対するなんて馬鹿だね」
「ちゃっかり馬鹿発言ですか。凹むなー」
あっさり返された上に公然と貶され凹んでしまった。
「このくらいで凹んでんなよ。情けない。そんなんじゃここ出るまでにこいつに弄り殺されるぞ」
「あは、死ねばいい。殺ってやる」
「ちょっおにーさん!おねーさん目がマジなん…」
「は?春菜の好きな花?そんなん知るかよ。とりあえず薔薇はやめとけ。お前じゃ確実に消される」
「なんか電話してるし…!!何この二人ついてけないんですけどっ」
助けを求めて和人に視線を向けるとかかってきた電話に対応する和人の姿が映った。
目算通り接触を図れたまではよかったのに、後のペースを持っていかれてばかりのΧはがっくり肩を落とした。
「君のことはもういいや。犯人知ってるんだよね?」
「知ってるよ。一応仲間だし」
「一応?」
電話を終え切った和人は携帯をしまいながら引っ掛かった単語を摘まみ呟く。
「CTの構成員ではあるんだけどね。ここの人たち殺したやつらは目的のためなら殺人や暗殺も躊躇なくやる過激派。人殺しまでは良しとしてない穏健派のボスとは底面下で対立してるんだよ。で、俺はボスと同じ穏健派。だから表面上だけの仲間ってことになるから、一応。…て言ってもテロリストに穏健も過激もない気がするけど」
CT内部にある確執を思い出し、Χが憂鬱になる。
今回のことに至ってはCTとしての組織的な関わりはなく単に犯人たる構成員が任務遂行時間までの暇潰しにと勝手に起こしたことであるらしい。
「ま、仲間には変わりないし。勧誘断った人なんかに教えてなんかあげるわけがないけど?」
言いながら馬鹿にするようにΧが笑ってみせると、
「今人をバカにしやがっただろ。このガキ」
「ふぐぉっ!」
容赦のない和人の蹴りがΧのみぞおちに命中した。
人を馬鹿にするのはいいが逆にされるのは癪に障るようだ。
「やっぱこれ代わりにしよっか?」
「そうだな」
「え!?なんでそうなるの!?」
「めんどくせぇし。めんどくせぇし。つかめんどくせぇし」
「三回言った!」
「連帯責任だ。嫌なら吐け」
「そうそう。素直に吐いた方が三つ編みのためだよ」
そう言った綾瀬の顔は心なしか生き生きとして見えた。その手には和人からパスを受けたハサミがキラリ。不吉な輝きを放っている。
和人の方は本格的に面倒になったらしく無表情だ。
「わかった!言いますっ言います!だから三つ編みだけは勘弁して!」
Χの弱点=三つ編み
和人と綾瀬の中で一つの式が確立した。
「数は二人。うちの組織は幹部より下の構成員は全員二人一組で行動するんだ」
「へー、じゃあお前幹部?」
「Σなんでバレた!?」
「だって一人じゃん」
「他の部屋誰もいなかったしな」
調べるとこはきっちりしてるんですね。
「別に、どうでもいいから続けろ」
「アウチッ暴力反対!」
「公正たる調教だ」
「調教!?俺躾られる覚えn「死ぬか続けるかどっちがいい?」はいっ続けますご主人さま」
たかだか勧誘のために来たばっかりに、こんな理不尽な仕打ちを受ける自分は余程普段の行いが悪いのだろうか。
いやこの二人の質が悪すぎるんだ。自分は悪くない。
三つ編みといい自分といい、今度は脇腹に蹴りが一発。更に銃口を突きつけられた軽いデッド・オア・アライブ真っ只中でΧは自分を勇気づけた。
「名前は忘れた。て言うか知らないんですっハサミを鳴らさないでごめんなさい!」
鼻歌を唄いながらチャキチャキとハサミを鳴らす綾瀬にΧが即座に弁明をする。
切羽詰まってきているのか目尻には微かに涙が浮かんで見えた。
「ただ、任務は盗み聞きしたから何するかはわかってるんだ。確かご主…おにーさんたちの身内にいるSを取引ついでに保護しろってさ」
「あちゃ。双子ちゃんやばくない?」
「静かになっていい、とも言えねぇな」
Sとは情報屋、もぐらのことだ。
現場を押さえると意気込んでいた志紀と彩貴の言動と照らし合わせればそれが犯人たちの目的となるSと同一である可能性は高い。
刑務官は指名手配前の相手であれば犯人付近の刑務官に任務の代行を任せられるのだが、今回は凶悪犯に加え能力者でもある。
志紀と彩貴の手に負えるとは考えがたい。
況してその接触が避けられないとなれば話は百八十度回転。助けに行かなければ被害を被るのは特警側だ。
「取引時間は?」
「知…じゅ、13時前後だと記憶しております」
「あは、よろしい」
言いかけて、背後に感じた冷気にはっとしたΧは直ぐ様訂正を試みた。
和人と綾瀬との対話に慣れ始めた自分の順応性の高さに内心呆れながら。
いや、ここは慣れたらいけないだろうと思いつつも。Χは自分可愛さにすんなり情報を提供した。
「って後一時間もないじゃん」
「チッ…めんどくせぇな」
急な事態にぼやくと和人は携帯を取り出しある番号へ電話をかける。
『はい、携帯久保』
「三村だ。五分以内に双子の現在地を特定して掛け直せ」
「鑑識ももう入れるよ」
『志紀と彩貴の現在地の特定に言伝てですね、了解っス』
「車まで急ぐぞ」
「これはどうする?」
通話を切って携帯をしまい、銃をホルスターへ納めた和人に綾瀬がΧを差し出す。
何を言い出されるのか。予測のつかない和人を前にΧはキョロキョロと挙動不審だ。
「連れてく。弾除け位にはなるだろ」
「Σえええ!?殺生な!」
「残りたいなら残っても構わねぇよ。個人の意思は尊重しないとな。その代わり、お前の命はもって後三秒だ」
「よろこんで弾除けになります。是非とも御供させて下さいご主人さま」
「あは、弾除けゲットー」
後ろから聞こえた綾瀬の明るい声に心底泣きそうになったのは言うまでもない。
和人と綾瀬は弾除けを手に入れた。
2008.5.17